幕間
マサキがどこかへと消え、半日が経った。
アンデッドとの戦闘は途切れることなく続いている。
ムロンは剣を振り、塀に手をかけるアンデッドを食い止めていた。
「ケガ人を後ろに下げろ! ゲーツ、ゴドジ、ここを任せられるかっ?」
「もちろんだぜ兄貴!」
「旦那に頼まれちゃやるしかねぇなぁ」
増え続けるアンデッド。
いくら倒しても戦闘の激しさは増す一方た。
「ちっきしょうめ」
ムロンが悪態をついた。
塀と門に押し寄せるアンデッド。
いまは6人がかりで体を張り門を抑えてはいるが、いつ破られてもおかしくはない。
それほどまでに事態はひっ迫していた。
「マサキが戻ってくるまであと半日か。……へっ、なげぇなあオイ」
陣頭でムロンが、後方でギルドマスターのヘンケンが冒険者たちに指示を出す。
防衛線を辛うじて維持できているのは、この二人の存在が大きかった。
「チッ、ロザミィ! ゴドジを援護しろ!」
「わかったわ」
ゲーツたちハウンドドッグが連携を取り、アンデッドを屠っていく。
「ミャムミャム! アタイらもやるよ!」
「うにゃ! やっつけるにゃー!!」
鍛冶師のライラと冒険者ミャムミャムも奮戦する。
「風の精霊よ! 矢を運び穿て!」
「土の精霊ノームよっ。ソシエたちに力を貸してくださいっ」
キエルが風の精霊の力を借り、矢の威力を増す。
隣ではソシエが土の精霊ノームを召喚し、塀を強化していた。
「えーい! えーい! あっちいけー!!」
リリアだって負けてはいない。
石ころを拾っては豪腕を振るい、アンデッドの頭部を粉砕していく。
凄まじい威力と制球力だ。
アンデッドの侵入を防ごうと、皆が必死だった。
それでも、それでもだ。
状況は紙一重。
冒険者ギルド黒竜の咆哮が長、ヘンケンは状況を冷静に見極める。
もうすぐ日が沈む。
いまは辛うじて士気と戦線を維持してはいるが、どこかひとつでも綻びが生まれれば、あっというまに瓦解してしまうだろう。
「ゲーツ! ゴドジ! ふたりともがんばって!」
「チッ、言われるまでもねー!」
「おれがケガしたらヒールを頼むぜロザミィよう」
ロザミィが励まし、ゲーツとゴドジが応じる。
「うにゃー! うにゃー! あっちいくにゃーー!!」
「ハンッ、死人共がっ。あたいのアクスでさっさと寝ちまいな!」
ミャムミャムとライラが、塀から転がり落ちてきたアンデッドを仕留める。
「風よ! 矢を運べ!」
「ノームよっ! 亡者に安らぎをお与えくださいっ」
エルフ姉妹が精霊の力を借りる。
「やー! さー! このー!」
リリアの投石は、一投ごとに一体を確実に打ち倒す。
だが、疲れ知らずなアンデッドとは違い、人は――生ある存在である以上、疲労は確実に溜まっていく。
「うわぁぁ!?」
門を押さえていた大男が叫んだ。
見れば門の一部に穴が空き、そこからスケルトンが剣を突き入れているではないか。
大男は腹を切られたのか、どうと倒れ込む。
即座にゲーツが叫ぶ。
「ロザミィ! そいつにヒールを!」
治癒師として後方にいたロザミィが駆け出し、大男に回復魔法をかける。
「急いで穴を塞ぐのだ!!」
ヘンケンが指示を出す。
しかし、
「この、やめ――放せって!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ぐぅぅぅもう持たねぇぞ!!」
間に合いそうにはなかった。
塞ごうにも、亡者の群れは門に空いた僅かな穴から剣や槍を差しこむ。
近づくに近づけない。
門は外側から激しく打ち付けられている。
元々が街の住民用に造られた門だ。耐久力はそれほどない。
その上――
「クソが……」
その上、ムロンは塀の上からそれを見つけてしまった。
「ネクロマンサーのクソ野郎がぁ。いったいどこであんなモンこさえやがったんだぁ」
アンデッドの群れに、牛頭の魔物が混じっていた。
冒険者なら誰もが知っている魔物、ミノタウロス。
あの恐ろしい牛頭の怪物が、よりによってアンデッドとなって向かってきているのだ。
人族の倍近い体躯を誇るミノタウロスが、同じぐらい大きな戦斧を担いで近づいてくる。
『ウゥゥモォォ……モオォォォ……モ、モ、モ……』
体躯故にゆっくりと近づいてくるように見えるが、実際は違う。
もう門まで幾ばくも無い。
「門から離れろ! いますぐだ!!」
ムロンが叫ぶ。
直後のことだ。
ミノタウロス・ゾンビが戦斧を振りかぶり、
『ウモモ……ウゥゥゥッ!!』
門へと叩きつけた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「…………っ!?」
「~~~~~~~~~ッ!!」
「がはっ!!」
叩きつけられた方は堪ったものではない。
門は跡形もなく吹き飛び、全身を使って門を押さえていた5人全員も重傷を負ってしまった。
「冒険者たちよ! 後方へ退け!! 殿は私が務める!!」
ヘンケンが叫ぶように言う。
そして腰の剣に手を伸ばし、ミノタウロス・ゾンビと相対した。
『ブモゥゥ……ウゥゥ……』
相手はミノタウロス・ゾンビ。
しかも、破られた門から次々とアンデッドが入ってくる。
「アンデッドめ。ここより先へは行かさんぞ。この先には私の家族がいるのだからな」
ヘンケンは覚悟を決めた。
不退転の決意を以て、覚悟を決めたのだ。
そんなヘンケンの隣にムロンがやってくる。
「しゃーねぇ、付き合うぜボス」
「ムロン……」
愛する娘が、弟分たちに連れられていくのを見たムロンは言う。
「がはは! お互い嫁に子供までいんだ。ここは退けねぇよなぁ。退けるものかよ」
「……ふっ。そうだな」
笑いあうムロンとヘンケン。
「さて、敵はミノタウロスのアンデッドだ。どうするムロン?」
「さあな、取り合えず両足と両腕をぶった切ればなんとかなんじゃねぇか?」
「なるほど。実にお前らしい作戦だな。だが……それしかなさそうだ」
『ブモォォ……』
ミノタウロス・ゾンビはふたりを最初の獲物としたようだ。
アンデッド特有のもたくさとした歩みで近づいてくる。
「ムロン! ここで時を稼ぐぞ! 一刻でも――一秒でも多く!!」
「おおよ!」
目前に迫ったミノタウロス・ゾンビが戦斧を振り上げる。
門を破ったときのように力任せに叩きつけるつもりなのだろう。
そして戦斧が振り下ろされようとした、その時――
パラリラパラリラ~♪
後方から奇妙な音楽が聴こえた。
次いで――
「ムロンさん! ヘンケンさん! どいてくださいっ!!」
その声が耳に届くや否や、ムロンとヘンケンは弾かれたように左右へと跳ぶ。
刹那の間もない直後、鉄でできた馬車が恐ろしい速度でふたりの間を通り過ぎ――
「あばよ涙アターーーーーーーーーーック!!」
ミノタウロス・ゾンビへ強烈なぶちかましを決めたのだった。




