第32話 信頼と真実と
「ただいまっ!」
錦糸町の自宅に戻ってきた俺。
現在の時刻は――
「2時40分か……」
深夜も深夜。ちょー深夜だ。
いくらサタデーナイトととはいえ、こんな時間まで起きてるヤツはパーリーピーポーぐらいなもん。
もちろん、お店だってコンビニやディスカウントストアのサンチョホーテぐらいしかやってない。
俺に残された時間は丸1日。
24時間をフルに使い、対アンデッド大軍団に備えねばならない。
口で言うのは簡単だ。
Butしかし、実行に移すとなると圧倒的に時間が足りていない。
それでも、それでも――
「やるしかないじゃんね」
俺は深呼吸からのヨッシャと気合を入れ、スマホを操作する。
やることはいっぱいあるけど、まずは一番やっかいな問題を先に片付けよう。
こんな真夜中に起きてるとは思っちゃいないけど、いまは少しでも時間が惜しい。
あとでどんな目に遭おうとも、相手が出てくれるまでかけ続ける所存だ。
そう。鬼だ。俺は鬼電の鬼になるのだ。
とか思いつつ画面のコールボタンをタップすると、
ぷる――
『ああッ!?』
一瞬でお出になったじゃありませんか。
まさかこんなに早く繋がるとは思ってなかったからビックリだぜ。
こんな時間まで起きてるのはパーリーピーポーぐらいだと思ってたのに。
「あのっ、近江です! すーぱー夜分遅くにすみません! でも……どうしてもお願いしたいことがあったんです! どうか……どうか俺のお願いを聞いてもらえませんかっ」
俺は電話にもかかわらず居住まいを正し、続けた。
「武丸先輩!」
◇◆◇◆◇
「ふぅ……。こんなに神経使った電話ははじめてだぜ……」
武丸先輩との電話を終えた俺は、椅子に座ったまま脱力。
脱力しすぎてずるずると体が床に落ちていった。
「おっといけない。次だ次」
冷蔵庫を開け、ゼリー飲料を取り出す。
10秒で飲み干し、ブロックタイプの栄養食をモグモグしながらパソコンの電源を入れる。
「まずはアレをどこで買えるかだよな……」
ネットの海を華麗にサーフィンし、目的の品がある都内の店を何件かピックアップする。
どの店もオープンは10時。
全ての店を回る最適なルートを割り出したころには、もう朝のニュース番組がはじまっていた。
「そろそろ電車が動く時間だな」
俺は荷物をまとめ、錦糸町駅へと向かう。
武丸先輩が住む横浜までは、総武快速で一本だ。
◇◆◇◆◇
電車で1時間ほどのところに、武丸先輩が経営している中古車ディーラーはある。
「すみません武丸先輩。こんなに朝早くから来てしまいまして……」
俺は武丸先輩にぺこりと頭を下げる。
真夜中に電話をかけてその日の朝にはもう対応してくれてんだから、ホントいい先輩だよね。
「いいってことよぉ。俺とお前の“仲”じゃねぇか」
「あはは、そう言ってもらえると気持ちが軽くなります。でも夜中に電話して迷惑だったんじゃないですか?」
「クックック……それこそ気にしなくていいぜ。昨夜は“祭り”だったからなぁ。“一晩中”はしゃいでいたのよぉ」
「へええ。武丸先輩もパーリーピーポーみたいなことするんですね。こんど俺もそのお祭りに呼んでくださいよ」
「近江ぇ……お前も“祭り”が好きなのか?」
「ええ。こー見えて俺、お祭りじゃよく神輿担いでたんですよ」
俺は袖をまくって力こぶを作ってみせる。
竹丸先輩は、そんな俺を見てニタァと笑う。
「そうか。そんなに“参加”したいか。なら次は近江も“呼んで”やるよぉ。一緒にはしゃごうぜぇ」
「やったー! 約束ですからね!」
「おう。武丸さんに“二言”はねえよう」
会話がひと段落したところで、俺は本題へと斬り込む。
「ところで武丸先輩、お願いしたモノを見せてもらっていいですか?」
「おう。“こっち”だ」
武丸さんがついてこいとばかりにアゴをしゃくる。
そうして案内された先は、シャッター付きのガレージだった。
「近江の言った条件に“ピッタリ”な車は、“コイツ”だ」
武丸先輩がガレージに置かれた車のフロントをポンと叩く。
「わーお。凄い車ですね。左ハンドルってことは外車ですか?」
「そうだ。“アメリカ軍”が払い下げた“軍用車”を現地で買い付けて“輸入”してきたのよぉ」
「軍用車! すげー!」
俺が武丸先輩に頼んだことは、ただ一点。
運転しやすくてすーぱー頑丈な車があったら売ってください!
ということだった。
結果は御覧の通り。
なんと、武丸先輩は米軍で使われていたマシンを俺のために用意してくれていたのだ。
軽く弾痕らしき跡が見受けられるあたり、頑丈さはお墨付きなんだろう。
「“コイツ”は全てが“防弾仕様”になってる。そこらの“大型車”なんかよりよっぽど“頑丈”に出来てるぜぇ」
「わざわざ俺のためにありがとうございます。それで……お、おいくらですか?」
俺は恐る恐るハウマッチ。
輸入してまで仕入れていた車だ。
安いわけがない。
しかし――
「近江ぇ……その前にお前がなんで“コイツ”が欲しいのを“聞かせて”もらおうじゃねぇか」
「へ?」
「“理由”を言えっつってんだよ! “頑丈”な“マシン”が欲しいだぁ? テメェいったい何に使う気なんだよ?」
「そ、それは……」
「テメェが“話す”まで“コイツ”は売らねぇ」
「そ、そこをなんとか!」
「アアッ!? 俺を“舐めて”んのかっ!」
武丸先輩が俺の胸倉を掴む。
でも、凶悪な人相とは裏腹に、その目には俺を心配する光があった。
「テメェ……“コイツ”でカチコミに行くつもりなんだろ?」
「――うっ」
あながち間違っていないから言葉に詰まってしまう。
なぜなら、俺は頑丈な車に乗って地下墓地まで乗り込もうと考えていたからだ。
ゾンビの群れを車で突っ切るのなんか、ゾンビムービーじゃ基本中の基本だもんね。
「さあ、“話し”な。じゃねぇとゼッテーに売らねぇからな!」
「…………」
武丸先輩にまっすぐに見据えられ、俺は続く言葉に迷うのだった。




