幕間
死霊術師のマシュマーはズェーダの地下墓地にいた。
ズェーダの領主であるカロッゾの兄、シャリアの力を借りたからだろう。
いま地下墓地には馬鹿みたいな数の死体と、それに倍する人骨が集められていた。
「征け、亡者共よ。この街にある全ての命を刈り取るのだ」
マシュマーが命じると、右手に持つ宝玉が妖しく光る。
この宝玉は古代遺跡から発掘された魔道具で、魔力を蓄積することが出来る。
マシュマーは20年以上もの間、この宝玉に魔力を込め続けてきた。
むくり、むくりと死体だったものが、人骨だったものが体を起こして動き出す。
魔法使いとしても、死霊魔術師としても上位の力を持つマシュマーが20年以上も魔力を込め続けてきたのだ。
魔力の貯蔵は十二分にある。アンデッドなんか、いくらでも動かせるのだ。
「征け、征け、亡者共よ。すべてを奪い、すべてを喰らい、生者を黄泉へといざなえ」
『が、あ……が……う、う、う、』
『あぁぁぁ……あぁぁああぁぁぁぁぁ……』
『が、が、ぎ……ぎ……』
アンデッドが次々と地下墓地を出ていく。
「……外に置いた亡者共が門を破り、街に入ってくる頃合いか。……くくく、ヘンケン、まずは貴様からだ。貴様とカロッゾの娘からだ。くくくくく……。足掻いてみせろ。あの時の私のように。必死になって」
暗い地下墓地のなかで昏い眼をしたマシュマーは、ぽつりと、
「さあ、復讐のはじまりだ」
◇◆◇◆◇
ムロンは冒険者を率い、ズェーダ中央区画を死守していた。
なんせ相手はアンデッド共だ。
疲れをしらないアンデッド共だ。
当然、真夜中だろうが早朝だろうが構うことなく攻め立ててくる。
「土嚢を積み上げろ! いざというとき役に立つ!」
冒険者たちが交代で休みを取るなか、ムロンだけは一睡もせず指示を出し続けていた。
理由はいたって簡単。
他にまとめられる者がいないからだ。
「ムロンさん、少しは休んでください。いまあなたに倒れられでもしたら……。代わりの者はいないんですよ?」
「うるせぇレコア。オレがここを離れている間に門を破られたらどうすんだ? 誰がオレの代わりに指示を出せる?」
「それは……」
問われたレコアが言葉に詰まる。
「だろ? なんだぁ、その顔は? ひょっとして心配してくれてんのか? がはは! 大丈夫だ。オレは銀等級の冒険者だったんだぜ? 2、3日ぐらい寝なくったって余裕だぜぇ」
「ムロンさん……」
「オラッ、気を緩めるんじゃねぇぞ! ここが踏ん張りどころだろうがっ! 気合入れていけ!!」
休息を薦める同僚の手を振り払い、ムロンは指示を出し続けた。
自ら先頭きって槍を突き出しアンデッドを仕留め、心が折れかかっている者がいれば励ました。
いま中央区画の防衛を支えているのは、ムロンに他ならなかった。
アンデッドの数は多い。
倒しても倒しても、どこからか湧き出てきて数を増やしていく。
まずいな、とムロンは思った。
このままじゃ何日も持たねぇ、とも。
「さあて、どうしたもんかねぇ」
ムロンが僅かに気を緩めたそのとき、
「きゃぁぁぁぁっ!」
槍使いの女冒険者が悲鳴をあげた。
見れば、アンデッドの一体が塀をよじ登ってきているではないか。
おそらくは打ち倒したアンデッドが躯の山となり、塀の高さを埋めつつあるのだろう。
アンデッドが女冒険者の体を掴み、顎を開く。
「ちっくしょうがっ!」
ムロンは女冒険者の手を引き、無理やりアンデッドから引き離す。
力任せに引っ張られた女冒険者は、そのまま塀から落ちていった。
「あうっ」
女冒険者が塀の内側に落ちる。
『うぅぅ……うぅぅ……あぁ……』
女冒険者を掴んでいたアンデッドも、引っ張られた勢いで内側に落ちてきた。
「そいつを仕留めろ!」
即座にムロンが叫んだ。
ムロンはまだ塀の上にいて、躯の山を登り塀に手をかけるアンデッドを蹴り飛ばしていた。
『うぅぅ……あ』
起き上がったアンデッドが、痛みで動けずにいる女冒険者へと近づいていく。
まわりにいた冒険者が駆け出すが――僅かに遅い。
「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『あ、あ、あ……』
アンデッドが女冒険者の髪を掴み、噛みつこうとして――
「えーーーいっ」
その頭が吹き飛んだ。
目の前でアンデッドの頭が吹き飛んだのだ。
理解が追いつかない女冒険者が呆然とする。
そんな女冒険者に、小さな影がとことこと近づいていく。
「だいじょーぶお姉ちゃん?」
「……え? ……は?」
「リリアだよ」
小さな影はリリアだった。
リリアは女冒険者の顔を覗き込み、いつも正樹にやってもらっているように、よしよしと女冒険者の頭を撫でる。
「あなた……が、た、たすけてくれた……の? いったいどうやって……」
「んとね、こうやってね、えーいって石をなげてやっつけたの」
リリアが手に握る石ころを誇らしげに見せる。
正樹が、ムロンが手を焼くほどの身体能力を持つリリアは、なんと石を投げただけでアンデッドを倒したと言っているのだ。
これには女冒険者も苦笑い。
「あ、ありがとう」
「ん。お姉ちゃんもまちをまもってくれてありがとう。リリアたちをまもってくれてありがとう」
リリアはにっこりと笑い、次いで塀の上を見あげた。
塀の上では、リリアの父親であるムロンが奮戦している。
「おとーさんがんばってー!」
「リリアかっ!? なんでここにいる?」
「レコアお姉ちゃんにきてって言われたの」
「んん? レコアに?」
「ん!」
リリアの隣には、いつの間にかレコアが立っていた。
そばには妻のイザベラと、エルフ姉妹のキエルとソシエもいる。
「レコアさんがあなたの体を心配してわたしたちを呼んだんですよ。『私が言っても聞いてくれないので一緒に来てくれませんか』と」
イザベラが窘めるように言う。
ムロンはばつが悪そうに、
「んなこと言われてもなぁ」
と頭を掻いた。
「おとーさん、ちゃんとやすまないとメッ、なんだよ」
「そうです。少しでいいので休んでください」
「でもよぉ、オレがいねぇと指揮するヤツがいねぇんだ」
ムロンがそう言うと、不意に近くから、
「ならば指揮は私が引き継ごう」
「アンタは……」
ムロンが驚いた顔をする。
なぜななら、声の主は黒竜の咆哮のギルドマスター、ヘンケンだったからだ。
ヘンケンの両隣には、精霊使いのダークエルフとシーフの技能を持つハーフリングが立っていた。
どちらもヘンケンの部下で、かなりの実力者だ。
「なんでアンタがここに? 東門の防衛に行ったはずだろ?」
「ふっ。私を見くびるなよムロン。死霊術師とは過去に戦ったことがあってね。アンデッドの『いなし方』も十分に心得ている。姿隠しの魔法と気配を消しながら街中を進み、ここまで来たのさ」
「ったく……もっと早く来やがれってんだ」
「そう言うな。道中で『拾いもの』もあったからな」
「拾いものだぁ?」
「ああ、彼らだよ」
ヘンケンが視線で後ろを指し示す。
そこには――
「兄貴!」
「ムロンの旦那ぁ!」
「マサキは? ねぇマサキは?」
ハウンドドッグをはじめとした、街の門の防衛にあたっていた冒険者たちの姿があった。
「理解してもらえたかな? ここは私たちが受け持つ。ムロン、君は少し休むんだ」
「おとーさん、やすんで」
「あなた……」
上司であるギルドマスター、最愛の妻と娘。
こうも言われてしまっては、さすがに意地っ張りなムロンといえども、首を縦に振らざるを得なかった。
「わーったよ。ここは任せたぜギルドマスターさんよぉ」
「ああ。任されよう。さあ、守るぞ! 私たちの街を!!」
ギルドマスターが声を張り上げ、
「「「おおーーー!!」」」
冒険者たちが吼えた。
ムロンは腕利きの冒険者と代わるようにして塀から降り、ひとり笑みを浮かべた。
まさか門を守ってた連中が来てくれるとは思ってなかった。これでもうしばらくは持ちこたえられるだろう。マサキとの約束を果たせそうだ。
安心したのか、急に眠気が襲ってきた。
ムロンはあくびを噛み殺しながら、即席の休憩場になっている家に入ろうとして……その肩をがしっと誰かに捕まれた。
振り返れば、そこにはロザミィの顔が。
「ねぇ旦那、マサキはどこなのよ?」
その真剣な顔を見て、ムロンは深くため息をつくのだった。
世間ではバレンタインなる行事の日らしいね(´;ω;`)




