第30話 アンデッドとの戦い
路地から湧き出るアンデッドたち。
フラフラと近づいてきては、近くにいるひとに襲い掛かる。
「おらよ!」
ムロンさんがゾンビの首を刎ね飛ばし、返す刀(剣)で胴を薙ぐ。
アンデッドが出たといっても、街の門の外にいる大群みたいに津波のごとく襲いかかってくるわけじゃない。
それぞれが単発に、バラバラとなって襲いかかってくるもんだから、連携して各個撃破することは難しくなかった。
「へへへ、アンデッドも大したことがないってばよ」
「バカね。マサキさんの補助魔法のおかげだってこと忘れちゃだめよ」
「わかってるってばよ」
俺の魔法の影響か、冒険者のみなさんの士気は高い。
このままいけるんじゃないか?
誰もがそう思った時だった。
「まずいぞマサキ……アンデッドが増えてきやがった」
路地から湧き出るアンデッドの数が、明らかに増えはじめたのだ。
いったいどこに潜んでいたのやら。
いや、いまはそんなこと考えている場合じゃないか。
「避難状況はどうです?」
「もう少しで終わりそうです」
俺の問いに答えたのは新人冒険者の女の子だった。
女の子は、俺のそばに立って槍を振るっている。
なるほどね。遠間からの槍攻撃は、アンデッド相手にはいいチョイスかもしれない。
「ありがとう」
「いいえ。あと少しです。がんばりましょうマサキさん!」
「だね。お互いがんばろう!」
後方から、ドロシーさんの住民を急き立てる声が聞こえてくる。
それから永遠にも感じれる数分が経ち、
「マサキさぁーん! 住民の受け入れは終わりましたわぁ!」
ドロシーさんの声が響き渡る。
住民の避難が完了した。
すぐに反応したのはムロンさんだ。
「マサキ! 魔法はまだ使えるかっ?」
ムロンさんが間髪入れずに訊いてくる。
「モチのロンです!」
「ならデカいのを頼まぁっ」
「おっす! ターンアンデッドォッ!」
扇状に聖なる光が照射され、範囲内にいたアンデッドたちが崩れ落ちていく。
アンデッドと冒険者たちとの間に、数メートルの空間がぽっかりと出来た。
「そら、引き上げるぞ!!」
ムロンさんが号令を発し、戦っていた冒険者全員が回れ右して走り出す。
「そらそら、もっと速く走らねぇとゾンビに尻を齧られちまうぞ! 急げ急げ!」
とか言いながら、しっかり殿を務めるムロンさん。
こういった行動が、ギルドの頼れる鬼教官として冒険者たちの信頼に繋がっているのだ。
冒険者たちが次々と中央区画の門をくぐる。
俺も中央区画に入り、最後にムロンさんがスライディングしながら滑り込む。
「いまです! 門を閉めてください!」
「門を閉めなさぁい!」
俺とドロシーさんが同時に叫び、兵士がガッシャンと分厚い両開きの門を締めた。
門の扉に空いた覗き窓の向こうでは、
『あ゛あ゛あ゛……』
『うぅぅ~~………あぁぁ……』
『ぽぽ、ぽぽっ、ぽぽぽぽ……』
次々とアンデッドたちが扉に取りついてくるのふが見える。
門の扉は金属製で厚みもあるから、そうそう破られることはないと思うけど……やっぱり不安は残る。
それはムロンさんも同じだったらしい。
「いまから交代で門に近づくアンデッドをぶっ倒すぞ」
「「「「えーーーー?」」」」
これには一戦終えた冒険者のみなさんから不満の声があがった。
「……おいおい、んな顔すんなよ。なにも門の外に出て戦えってんじゃねぇ。塀の上から門に近づくアンデッドをつついて倒してきゃいいだけだ。簡単だろ?」
中央区画は250センチほどの高さがある塀に囲われている。
塀の厚さも1メートルぐらいあり、上に立って歩くことができるように造られていた。
「ムロンさんムロンさん、それって槍とか弓で塀の上の安全圏から攻撃する、ってことですよね?」
「おう。マサキの言う通りだ。槍がなきゃそこらの棒っ切れに包丁でも括りつけりゃいい。肝心なのは安全な場所から一体一体確実に仕留めていくことだ」
説明を受け、新人冒険者のみなさんもやっと理解できたらしい。
それなら自分にもできそうだ、みたいな発言がポツポツとあがった。
「パーティ組んでる奴らは仲間と一緒に固まっとけ。それ以外は手をあげてくれ。職業に合わせてオレが編成を考えるからよ。それとマサキ、」
「なんでしょう?」
「お前は休んどけ。いざってときはお前の魔法が頼りだからな」
つまりは魔力の回復に努めろってことか。
「わかりました。すみませんが少し休ませてもらいますね」
「おう」
お言葉に甘え、よっこらしょと地面に腰を下ろす。
ムロンさんは冒険者たちを編成し、門を護るための順番を決めていた。
「お疲れ様ですわぁ、マサキさん」
ドロシーさんが俺の隣に腰を下ろす。
高価なお召し物が汚れるのなんか、まるで気にしていないご様子。
「ドロシーさんこそお疲れさまですよ。本当に助かりました。ありがとうございます」
「お気になさらないでくださいまし。当然のことをしたまでですわぁ。むしろ、チャイルド家の者として役人の暴挙に気づけず、申し訳ない気持ちでいっぱいなんですからぁ」
「あはは、それこそ気にしちゃダメですよ」
「……そうでしょうかぁ?」
「そうですよ」
「…………」
「…………」
俺とドロシーさんは見つめ合ったまま、しばし黙り込む。
そして――
「……ぷっ」
「……うふふ」
こんな状況だってのに、声を上げて笑いあったのだった。
「……あー、おかしかった。まー、笑ってる場合じゃないのはわかってるんですけどね」
「わたくしもですわぁ。ところでマサキさん、」
「なんでしょう?」
ドロシーさんが真剣な表情に戻る。
「なぜ街の中にアンデッドが出たのかしらぁ?」
「……すみません。俺もわかりません。でも、俺の予想でよければ」
「構いませんわぁ。聞かせてください」
「わかりました」
俺はコホンと咳ばらいをし、ドロシーさんを見つめ返す。
そして率直に。
「あのときのネクロマンサーが関わっているんだと思います」
昇級試験の時に森で出くわした、ネクロマンサー氏。
アンデッドを操る存在なんて、そう何人もいちゃ困る。
かなりの高確率で、今回の騒動はあのネクロマンサー氏がかかわっているに違いない。
そしてドロシーさんも俺と同じ考えだったらしい。
「やっぱりマサキさんもそう思いますのねぇ」
と同意を示した。
「ええ。死霊術のことは詳しくありませんけど、魔法使いとしての意見を言わせてもらうと、魔法を行使するには術者の魔法の範囲内にその対象がないといけないんですよ。今回の場合ではアンデッドがそれにあたります」
そこで一度区切ってドロシーさんの反応をお伺い。
ドロシーさんは目で続きを促してきた。
俺は説明を再開する。
「ですから、ネクロマンサー氏はまず外でアンデッドを作り出し……違うな。森でのことを考えると事前に作っていたのか」
ドロシーさんに説明をすることによって、俺の頭のなかがどんどん整理されていく。
ネクロマンサー氏は、アンデッドを引き連れて森を進んでいた。
いま思えば、『この時』のために用意していたんだろう。
「外のアンデッドは、あらかじめ受けていた命令に従いズェーダを目指した。そして――」
「その動きに合わせて街の中のアンデッドを動かした、あるいは作り出した、そういうことですわね?」
「はい。そうだと思います」
「でしたらネクロマンサーの居場所は限られてきますわねぇ」
事前に作っていたにしろ、騒動に合わせて作ったにしろ、大量のアンデッドだ。
アンデッドの置き場所(?)は限られてくる。
そして死体があってもおかしくない場所なんて、街の中では数えるほどしかない。
そして――
「地下墓地か」
「地下墓地ですわねぇ」
俺とドロシーさんが同じ結論に達した。




