第27話 予期せぬ障害
ズェーダ防衛戦がはじまった。
新人冒険者は住民の誘導。
中堅冒険者はズェーダ中央区画でバリケード造り。
ゲーツさんたち腕利きの冒険者たちは街の門へ走り、門番さんたちの加勢及び、時期を見て中央区画への撤退。
俺とムロンさんは、拠点となる中央区画へと向かっている真っ最中。
「みんなここは危険でーす。街の中央に向かってくださーい!!」
防衛拠点となる中央区画に向かいつつ、俺は声を張り上げた。
周囲では、
「早く避難しろー!」
「ここは危険だってばよ!」
「女子供を優先しろ! 動けないじいさんばあさんがいたら俺たちに声をかけてくれ!」
新人冒険者が避難誘導をしている。
住民のみなさんもいまが非常事態だと理解したのか、素直に従っていた。
よーし。いい感じだぞ。
「あ、マサキさん!」
冒険者の女の子が声をかけてきた。
装備を見る限り、まだ駆け出しなのかな?
俺は面識ないんだけど、向こうは俺を知っているようだった。
「このあたりはもうすぐ避難が終わりそうです」
「ありがとう。避難が終わったら君たちも中央区画に向かうんだよ」
「はいっ」
「じゃあここは任せたよ」
そう言って駆け出そうとした俺の背中に、
「あ、ま、待ってください!」
待ったがかかった。
「ん?」
「あのっ。そのっ……」
振り返ると、女の子はもじもじと。
指をくっつけっこしながら俺を見たり、目線を外したり。なんだか恥ずかしそうだ。
「えーっと、どうかした? 俺になにか用かな?」
「用じゃなくて……あの、」
やがて、女の子がぎゅっと拳を握り締め、強い意思を宿した瞳を向けてくる。
「ま、マサキさんと一緒にズェーダを護れるなんて……こ、光栄ですっ」
「………………へ?」
「アタシ、精一杯がんばります! アタシに出来ることがあったらなんでも言ってくださいね! じゃ、じゃあ、失礼しますっ」
女の子は俺にペコリと頭をさげると、顔を手で覆い「きゃ~」とか言いながら走り去っていってしまった。
残された俺はただただポカン。
そんな俺の肩を、ムロンさんがポンと叩く。
「嬢ちゃんたちには黙っててやるよ」
「へ? いや、ぜんぜん意味がわからないんですが……?」
「……そうか。嬢ちゃんたちの苦労が知れるな。まあいい。行くぞマサキ」
「おっす!」
俺たちは走った。
走りながらムロンさんが説明してくれたことによると、いまの俺はギルドの中じゃ一目も二目も置かれている存在らしい。
特に、新人冒険者たちにとっては憧れの存在なんだとか。
ギルドで冒険者のみなさんが俺の話を真剣に聞いてくれていたのも、そういった理由からだったそうだ。
つまり、先ほどの新人冒険者さんは、信じられないことに憧れの存在である俺(33歳独身)と話すことができて気持ちが昂ってしまったわけだ。マジかよ……。
「癖の強いヤツが多い冒険者連中が話を聞いてくれんのはよぉ、実力を認められた証拠だぜぇ」
「ん~、俺的にはまだまだ新人のつもりなんですけどねー」
「マサキ、寝言は寝てから言うもんだぜ」
冒険者になって数か月。
まだまだ新人のつもりだったけど、俺はいつのまにか上位ランカー認定されていたようでした。
◇◆◇◆◇
街の中央区画へ到着。
住民の避難は順調かなと思いきや、まったくの逆だった。
ぜんぜん避難出来ていなかったのだ。
中央区画へと続く門は固く閉ざされ、避難してきた人たちが締め出されている。
おかげで道はひと、ひと、ひとの大渋滞。
あちこちから「門を開けろー!」とか、「中にいれてー!」などの怒声や悲鳴が飛び交っているぞ。
「こいつぁどういうことだ?」
ムロンさんが言う。
「ちょっと見てきます」
「オレも行くぜ」
人波をかきわけ、俺とムロンさんが門の近くまで行くと、
「も、戻れ戻れ! ここはお前たちが入っていいような場所ではない!」
役人さんかな?
ちょっと偉そうな服を着たおじさんが、ツバを飛ばしながら避難してきた住民のみなさまを追い返そうとしていた。
おじさんの両隣には、完全武装した騎士の姿もある。
槍の穂先を住民のみなさんに向け、威嚇しているぞ。
「すみません。いったこれはどうしたことです? なんで中にいれてもらえていないんですかね?」
俺は近くにいた冒険者にそう声をかける。
「んぁ? おおっ! マサキさんにムロン教官! 聞いてくださいよ。そこの――」
冒険者の青年が偉そうなおじさんを指で指し示し、続ける。
「ハゲ役人が、避難してきた奴らを中央区画に入れてくれないんです」
「なんですって!?」
門番さんが偉い人に話を通してくれたんじゃなかったのか?
俺とムロンさんは、冒険者の青年に詳しい話を訊く。
それによると、こういうことだった。
門番さんは街の守備を担当している一番偉いひと、つまり守備隊長に中央区画を住民のみなさんに開放するよう進言した。
守備隊長はこれを了承。
すぐに受け入れるよう指示を出したそうだ。
中央に残っていた守備隊の方たちは急いで中央区画をフルオープンし、避難してきた住民のみなさんを受け入れようとして――ストップがかかった。
守備隊長よりもっと上の権力を持つ、街の役人さんによって。
役人のおじさん曰く、中央区画に住む住民は他の住民とは『価値』が違う。
育ってきた環境はもちろん、収めている税金だって違うし、所有する財産も外の住民とは比べ物にならない。
どさくさに紛れて盗みに入られでもしたらどうするだ?
など、云々かんぬん理由をつけて、中央区画への住民の受け入れを拒否したのだ。
青年冒険者が言うには、もっともらしい理由を並べちゃいるけど、用は自分の家がある中央区画に他のエリアに住む住民を入れたくないだけらしい。
さーてこれは困ったぞ。
こいつは予想外だぜ。
ズェーダの危機だってのに、まさか一役人の言葉によって防衛計画が頓挫するとは思ってもみなかった。
役人のおじさまは、避難してきた住民のみなさんに帰れ帰れと叫んでいる。
そんななか、鎧を着こんだ壮年のおじさまが役人のおじさんに話しかけた。
「アジス殿、どうしても住民を受け入れること、敵いませんか?」
「ならぬ!」
「しかしズェーダの民を護るには、この中央に集めるのが最も護りやすいかと某は愚行するのですが……」
「ええーい! くどいぞブラン! 貴様は守備隊長なのに何を言う!! 何度も言ったであろう。ズェーダを護りたいと言うのであれば、ほれ、貴様が門に行きアンデッド共の侵入を防いで来い。一匹たりともアンデッドを入れなければズェーダは守られるのだからな」
「くっ……」
守備隊長――ブランさんは黙ってしまった。
ブランさんは役人のアジスさんを何度か説得しようとしたみたいだけど、けっきょく失敗に終わってしまったみたいだな。
行政において役職の地位が絶対なのは、異世界でも同じらしい。
「おい! 中に入れろよ!!」
「そーだそーだ!」
「アンデッドが迫ってるのよ! 中にいれてよぉぉ!」
「俺たちだってズェーダの住民だろうが!」
避難して来た住民と冒険者のみなさんが声を荒げる。
状況は一触即発。まさにパニック寸前って感じだ。
このままじゃ暴動が起きて、アンデッドが侵入してくる前に内部から崩壊しちゃいそうな勢いだぜ。
「くそ! どうすりゃいいんだ!」
ムロンさんが悪態をつく。
その気持ちはよくわかる。
こんな状況だってのに、お偉いさんのひと言でピンチにならないといけないなんて――――――ん?
…………お偉いさん?
瞬間、俺の脳裏にキュピーンと稲妻が走った。
「あ、あ、あああーーーっ!!」
「おわっ!? ど、どうしたマサキ? 急に叫んだりして」
「ムロンさん、この状況を打破するには偉いひとの命令があればいいんですよね?」
「そうみたいだな。だがよぉ、そこのお偉いハゲ野郎はオレたちを中に入れる気がないみたいだぜぇ」
ムロンさんがアジスさんを憎々し気に睨む。
「ええ、そうですな。それなら、もっと上から命令を出してもらいましょう」
「……もっと上だぁ?」
「そうです」
俺はそこで区切り、続けてこう言うのだった。
「ドロシーさんですよ! ズェーダを治める領主のひとり娘で貴族のドロシーさんだったら、あのハゲ散らかした役人も住民の受け入れを否とは言えないはずです!」
ムロンさんが俺の言葉にはっとした顔をし、叫ぶ。
「それだっ!!」
「俺、ちょっとドロシーさんのところへ行ってきます!」
「頼んだ。こうなっちゃズェーダの命運はマサキにかかったてる。頼んだぞ!」
「おっす!」
こうして、俺はドロシーさんのお屋敷目指して駆け出すのだった。




