第26話 ズェーダ、団結のとき
街中に鳴り響く鐘の音。
「ムロンさん、いま俺めっちゃ嫌なこと想像しちゃったんですけど……」
「奇遇だな。オレもだよ」
「おー、すごい偶然ですね。いっせーので話してみます?」
「……いや、せっかくだがやめとくぜぇ。想像したことが同じだったら、笑えねぇだろうからなぁ」
俺はムロンさんと顔を見合わせる。
すぐ近くにいる門番さんたちも、真っ青になった顔を付き合わせていた。
もし予想通りなら、いま俺たちがいる南門以外でも同じことが起きていることになる。
つまり、アンデッドの大群がズェーダにある全ての門を目指し、四方から攻めてきているってことだ。
ぶっちゃけかなりヤバイ。
あのとき逃がしたネクロマンサー氏がやっているのか?
いや、いまはそんなことを考えている時間はない。
自分に出来ることをするだけだ。
「隊長さん!」
俺は近くにいた門番のリーダー的存在、隊長さんの肩をぐわしと掴む。
「な、なんだ?」
「住民に避難指示を出すよう、いますぐ隊長さんの上司に進言してください!」
「避難指示だと? 他の門にもアンデッド共が迫っているかもしれんのだぞ。住民をいったい何処に逃がせと言うのだ」
「ズェーダの中央部には富裕層が住む区域がありますよね? あの区域は塀に囲まれているから、少ない人数でも守りやすいはずです」
ズェーダの人口は6000人ほど。
住民のほとんどが街の西エリアに住んでいるけど、お金持ちだけは塀に囲まれた中央部に居を構えていた。
もともと塀は下々の者たちを寄せ付けない為に作ったそうだけど……こんな状況だ。
庶民の方々の反感を買いまくってる塀を、こんなときぐらいは有効活用させてもらおうじゃないですか。
「少ないとは言っても、10や20で守れるわけではないぞ。それに金持ち共がなんと言うか……」
「富裕層の方々を納得させるためにも、隊長さんの上司に進言して欲しいんです。行政からの命令だったら、さすがにお金持ちさんたちも否とは言えないでしょう?」
「そうかもしれん。だが、仮に上からの命が出たとしても、我々守備隊だけでは限界がある。ただでさえ門の守りで手一杯なのだ。その上、街の中にも陣を構えるなど……不可能だ」
隊長さんが首を振る。
確かに、全員を守るには門番さんたちだけでは足りない。ぜんぜん足りない。
「ええ、不可能でしょうね。あなた方だけでは」
「なら――」
何か言おうとする隊長の言葉を、俺は右手をあげて制する。
「足りないなら協力者を募ればいいんです。こんなときだからこそ、俺たち冒険者の出番だと思いません? そうですよね、ムロンさん?」
「おう! マサキの言う通りだ。オレが冒険者連中のケツを蹴っ飛ばしてでも動かしてやる。あんたらは限界まで門を守っててくれ。その間に冒険者をかき集めてくる」
「――っ!?」
隊長さんは目を大きく見開いたあと、
「いいのか?」
訊いてきた。
俺とムロンさんは同時に頷く。
「ズェーダの中央部に篭って防御を固めます。なにもアンデッドを殲滅する必要はありません。騎士団が戻ってくるまで耐えればいいんです!」
俺の言葉を聞き、隊長さんの目に希望の光が灯る。
「そうか……い、そうだ。その通りだ!わかった。我々はここで限界まで粘ろう。上へ住民の避難要請も出す。だからお前たちは冒険者を集めてくれ」
「わかりました!」
「任せな!」
隊長さんが部下の一人に指示を出す。
伝令に行かせるためだ。
それを確認した後ムロンさんは、
「オレはギルドに行くぜ」
と駆け出し、俺は一度後ろを振り返り、
「みなさんがんばってくださいね! これは俺からの贈り物です。そーれ! 肉体強化!!」
門番さんたちに肉体強化の魔法をかけてから、ムロンさんの後を追うのでした。
◇◆◇◆◇
「マサキです! 入れてくださいっ!」
俺はムロンさん宅の扉をノック。
すぐに中から鍵を外す音が聞こえ、扉が開かれた。
「お兄ちゃん! はいってはいって」
リリアちゃんがお出迎え。
俺は中に入り、後ろ手で扉を閉める。
「マサキ!」
「マサキさま……」
ムロン宅のリビングでは、ロザミィさんとキエルさん、それとソシエちゃんにイザベラさんの姿が。
街中に響く鐘の音を聞いて、みんな緊張した顔をしている。
ロザミィさんとキエルさんが冒険者装備になっているのは、もしもに備えてのことだろう。
ホント、準備がいいぜ。
「マサキさん、いったいなにがあったのですか? それに夫は……」
イザベラさんが訊いてくる。
ムロンさんがこの場にいないことが心配なご様子。
「大丈夫ですイザベラさん。ムロンさんはいま冒険者ギルドに行っているだけです」
「そうなんですか。……良かった」
「マサキ、説明してくれるわよね?」
ロザミィさんの言葉に俺は頷く。
「もちろんです。いまズェーダの外には――――……」
みんなに状況を説明した。
アンデッドの大群が四方から攻め込んできていること。
ズェーダの中心部に住民を避難させようとしていること。
ムロンさんが冒険者の助力を仰ぎに行ったこと。
引きこもって騎士団の帰りを待つこと。
などなど。
「――というわけなんです」
「状況はわかったわ。それでマサキはどうするの?」
「もちろんアンデッドと戦います。俺みたく死人返しの魔法を使えるひとは少ないでしょうからね」
「そうね。その通りだわ。ならあたしも一緒に戦うわ」
ロザミィさんもターンアンデットの魔法を使える。
いまの状況じゃ貴重な戦力のひとりだ。
「マサキさま、わたしもご一緒させてください」
キエルさんがそう言ってくれたけど、俺は首を横に振った。
「すみませんが、キエルさんにはここに残ってリリアちゃんたちの護衛をお願いしたいです」
さすがにリリアちゃんとソシエちゃんのちびっ子コンビと、イザベラさんだけを残していくのは気が引けるし、なにより心配だ。
いくらリリアちゃんのフィジカルが大人より強いとはいえ、まだまだ子供。
物理攻撃に強いアンデッドと戦わせるわけにはいかない。
そんな俺の考えを察してくれたのか、キエルさんは、
「わかりました。ではここの護りは私に任せてください」
と言ってくれた。
「ありがとうございます。キエルさんがみんなを護ってくれるなら俺も安心できます」
弓の名手で精霊魔法まで使えるキエルさんは、冒険者ギルドでも一目置かれている実力者だ。
物理と精霊魔法のふたつを使えるキエルさんなら、安心して任せられるってもんだぜ。
「姉さまソシエもっ! ソシエも姉さまと一緒に戦いますっ!」
「ありがとうソシエ。ふたりでリリアとイザベラさんを護りましょうね」
「はいっ」
「あははは、ムリしないでねソシエちゃん」
「いいえっ。姉さまが戦いになられるのでしたら、ソシエも隣で戦いますっ」
「わーお」
ソシエちゃんの瞳が闘志の炎で燃え上がっているぞ。
これはまずい。
だって、
「リリアもたたかう!」
ほらね。
仲良しなソシエちゃんに触発されて、リリアちゃんまで瞳を闘志の炎で燃やしはじめてしまった。
「ダメですよリリア」
「おかーさん……」
「リリア、あなたまで戦うとお父さんもマサキさんも、心配してここを離れられなくなってしまいますよ。そうなると、本来救われるはずだった人々が助けられなくなってしまいます。わかりますね?」
イザベラさんに諭され、リリアちゃんが渋々と言った感じで首を縦に振る。
「……ごめんなさい」
「わかってくれればいいの。戦うのは、リリアがもう少し大きくなってからにしましょうね」
「はーい」
さすがイザベラさんだ。
リリアちゃんが素直に言うことを聞いているぞ。
これでもう大丈夫だ。
そう思ったのは俺だけじゃなかったみたいだ。
「マサキ、行きましょう」
ロザミィさんが言ってくる。
「ですね。行きましょう」
おれはロザミィさんと一緒に冒険者ギルドを目指すのだった。
◇◆◇◆◇
「チッ、めんどくさいことになったもんだな。ゴドジ! ちんたらしてないで走れ」
「待ってくれよぉ。はぁ……はぁ、これでも走ってんだよぉ」
「もうっ、だらしない生活してるからそうなるのよ!」
「だからいま頑張って痩せようとしてんじゃねーか」
ギルドへと向かう道中でゲーツさんとゴドジさんに声掛けさせて頂いた。もち、戦力としてだ。
状況を説明したところ、こうして同行を申し出てくれた。
ゲーツさんは凄腕の剣士。
一方で、絶賛ダイエット中のゴドジさん。
ピーク時よりいくらか痩せたっぽいけど、体型はまだまだ力士。
ロザミィさんはゴドジさんが戦力として微妙と思ったらしく、来なくていいと言ったんだけど、
「いざってときはこの体を使って盾になってやるよ」
との強い熱意を示し、こうして一緒に来てもらった次第だ。
「チッ、ぶくぶく太りやがって。戦闘になったら泣き言なんか言ってられないんだからな」
「おれだってわかってるぜそれぐらい……」
ゲーツさんに小言を言われ、軽く落ち込むゴドジさん。
そんな不毛な会話を続けているうちに、俺たちはギルドへと到着。
扉を開けて中に入ると、
「おおっ!? ちょーいっぱいいる!」
ギルドがパンパンになるぐらい冒険者のみなさんが集まっていた。
「来たかマサキ。ゲーツたちを連れてきてくれたんだな」
「ムロンさん! この冒険者はムロンさんが集めてくれたんですか?」
「いいや、オレが来たときにはもう集まってやがった。それも装備を整えてな。ったく、愛すべき馬鹿野郎どもだぜぇ」
みんな鐘の音を聞き、自発的にギルドへと集まってきたらしい。
こういうの、なんか嬉しいじゃんね。
ムロンさんは冒険者のみなさんを見回し、パンパンと手を叩く。
次いで、冒険者のみなさんの視線が集まったところで、ギルド中に聞こえるよう大きな声をだした。
「さーて、いまズェーダがやばい状況だってのはみんなわかってるだろうよ。でも、どうしたらいいかわからない。そうだな?」
ムロンさんの言葉に、冒険者のみなさんから「当たり前だー」とか、「だからここに来たんだってばよ!」などの言葉が返ってくる。
「ああ、わかったわかった。ちっと静かにしろ。……いいか、オレとここのマサキは街の外を直接見てきた。だからこそ言うがな、いまズェーダはかなりまずい状況にあるぜぇ。聞いて驚け、なんと街の四方からアンデッドの軍団が攻め込んで来てるんだ」
冒険者のみなさんからざわめきが起こった。
「アンデッドの軍団だと。数はどれぐらいなんだ?」
フツメン冒険者が訊いてくる。
ムロンさんは即答する。
「数えんのも馬鹿らしいぐらいだよ」
「んなっ!? ど、どうすればいいんだ?」
「それをいまから話す。いいか、よく聞けよ、」
そこで間を開け、ムロンさんは全員の顔を回し見る。
「これからお前たち冒険者がやるべき事を、ここにいるマサキが指示してくれる!」
ムロンさんが俺の肩をバシンと叩く。
「……へ? え、え、ええーっ!? ちょ、ムロンさん! ふつーそこで俺に振ります!? 俺聞いてないですよ!」
「聞いてなくても状況はわかるだろ。それにやることもだ。さあ、マサキ、こいつらにどうしたらいいか話してやってくれ」
「はぁ……。わかりましたよ」
俺は住民を街の中心部に避難させ、騎士団が戻るまで守りに徹することを伝える。
冒険者だけあって、みなさんそれが最善手であることをあっさりと理解してくれた。
そこから集まった冒険者のみなさんを、門への援軍に向かうチームと、避難誘導するチームと、中心部で守護るチームの3つにわける。
戦闘に自信のあるひとたちは援軍や中央部の守護に、新人や戦闘向きじゃないジョブのひとたちは避難誘導へ、といった感じだ。
短い時間の中で、それぞれができることを話し合い、チームをわけたつもりだ。
うまくハマるといいな。
「それじゃあみなさん、各自ができることをし、ズェーダのためがんばりましょう!」
「「「「「応っ!!」」」」」
こうして、ズェーダ防衛戦ははじまったのだった。




