第15話 年上のひと
ジャイアント・ビーの巣のまわりは、いま多くのひとで溢れかえっていた。
「おいムロン、こりゃあ……とんでもねぇぞ」
と言ったのはムロンさんの友人、ジャルムさん。
目を大きくして、山となったジャイアント・ビーの死骸を見ている。
ジャイアント・ビーの死骸一つひとつが金貨一枚に変ると言っていたから、いまジャルムさんの目には金貨の山に見えているんだろうな。
「どーだ? すげぇだろジャルム。マサキが退治したんだぜ」
「……言葉もねぇな。あー、マサキよぉ、」
「なんです、ジャルムさん?」
「その……ホントにおれたちも分け前をもらっちまっていいのか? この数だ。3割っつっても、金貨2~300枚にはなっちうぞ」
「もちろん構いませんよ。そもそもジャルムさんのおかげでジャイアント・ビーの存在を知ることができましたし、これをぜんぶ運ぶとなると、俺たちだけじゃどーやってもムリですからね」
俺とムロンさんはジャイアント・ビーを金貨に換えるため、ファスト村のみなさんに協力を頼むことにしたのだった。
運搬するための男手と馬。ジャイアント・ビーの卸先となる行商人の手配など、俺とムロンさんのふたりだけではどうしても手が回らないからだ。
だから、それらすべてをまるっとファスト村のみなさんにお願いすることにしたのだ。
報酬はジャイアント・ビーから得られた利益の3割。金貨数百枚に及ぶだろう。
そんなこんなで、降って湧いた特需に、いま村全体がお祭り騒ぎになっていたのだった。
おかげで、なんとか3日間で全ての作業を終えることができたぞ。
「いやー、マサキさん。あなたのおかげで村が潤うことができます。村長として礼を言いますぞ」
白髪が素敵なおじいさんが、ニッコニッコしながら礼を言ってくる。
このおじいさんはファスト村の村長さんで、ジーンさんという。
ジーンさんは男手を集めてくれたり、一番めんどくさいであろう、商人との交渉や、村のみなさんへの配分もお願いしてある。
村の男のひとたちは、ジーンさんにいいところを見せようと、やたら張りきって作業してくれた。
そしていま、やっと全てのジャイアント・ビーを村の広場に運ぶことができた。
脅威の対象でしかなかったジャイアント・ビーが、村に莫大な富をもたらしてくれるんだ。
村がどんちゃん騒ぎになるのも仕方がない。
運び終えて汗だくなった男たちの元に、村の女のひとたちが水や食べ物を運んでいる。
酒場からはお酒が持ち出されたから、このまま大宴会になるのも時間の問題だろうな。
イザベラさんはムロンさんとおしゃべりしていて、リリアちゃんは村の子供たちと走り回って(圧勝してた)いる。
あとは村長のジーンさんが行商人と交渉して終わりだ。
そんじゃま、俺もお酒を飲んじゃおうかな?
酒場から持ってきた果実酒を、俺はぐいとあおった。
酸味が効いた液体が喉をうるおし、胃の辺りがぽかぽかしてくる。
うん。相変わらずぬるいけど、気分がいいからか美味しく感じるぞ。
俺が木製のジョッキを空にすると、村の若い女のひとたちが俺のほうにやってきた。
いったいなんの用だろ?
なんで目がギラついてるんだろ?
「あなたがマサキさんですね、どうぞ飲んでくださいな」
「ちょっとどいて、あたしがマサキさんにお酌するの。あんたはひっこんでなさいよ!」
「あんたこそどきなさいよね! さあさあマサキさま、あたしのお酒をどーぞ!」
俺の空いたジョッキを巡って、女のひとたちが争いはじめたぞ。
困った俺はムロンさんに視線で助けを求めたけど、ムロンさんはニヤニヤとひとの悪い笑みを浮かべているだけ。ならばとばかりにジャルムを見るも、ジャルムさんは唇を噛みしめた悔しそうな顔を俺に向けていた。
「マサキさんのお相手はあたいがするのさ!」
「あたしよ!」
「あんたたち向こういきなさいよねっ。わたしがマサキさんとお話できないでしょう!」
俺の目の前で女の戦いがはじまってしまった。
そこで俺は、なんでこのひとたちが自分を取り合っているのか考え、少ししてやっと合点がいく。
なんとも簡単な話だ。
ジャイアント・ビーの利益で俺は大金持ちになるらしい(ムロンさん談)から、そんな俺をこのひとたちは狙っているのだ。
つまり、日本で婚活してる女のひとが、『相手への希望年収は1000万以上』っていってるのと同じパターンなのだ。
まいったなぁ。
「えーっと……」
困っている俺を助けてくれたのは、天使だった。
「お兄ちゃんからはなれてよっ!」
ほっぺを膨らましたリリアちゃんが声をあげる。
突然の可愛らしい乱入者に、女のひとたちは困惑するばかり。
「お兄ちゃんはリリアといっしょに遊ぶの! だからあっちいって!」
「はははー。リリアちゃん、俺と一緒に向こうへいこうか? なにか食べよ」
「うん!」
ナイスタンミングだぜリリアちゃん!
俺はリリアちゃんの手を握り、その場からそそくさと立ち去る。
一度だけ振り返ると、女のひとたちはみんな肩を落としていた。
「がはは! マサキ、村の女たちにモテモテだったな。どうだ? 好みのヤツはいたか?」
「いやいや、冗談はやめてくださいよムロンさん。みんな目が怖かったんですよ。俺、食べられるかと思いました」
「まあ、大変でしたねマサキさん」
「がはは! 『食べられる』か。ちげぇねぇ。女たちはみんなマサキのカネ目当てだろうからなぁ」
リリアちゃんと一緒に女の戦場から脱出した俺は、ムロンさんとイザベラさんのところへ移動した。
ムロンさんは大爆笑。イザベラさんも、ちょっとだけいたずらっ子みたいな笑みを浮かべている。
「いやー、でも助かったよリリアちゃん。ありがとね」
「んーん、それよりお兄ちゃん、」
「お、なんだい?」
リリアちゃんが上目づかいに俺を見あげてくる。
「お兄ちゃんは、リリアとしか遊んじゃダメだよ」
「えー? どうしたの急に? なんで?」
「なんだぇリリア。マサキに嫉妬してたのか?」
「だってリリア、お兄ちゃんのお嫁さんになるってきめたんだもん」
リリアちゃんのひと言は、この場の時間を止めた。
俺の思考はフリーズし、ムロンさんは笑顔のまま固まり、イザベラさんだって口に手をあてて驚いた顔をしている。
「………………え?」
長い長い静寂ののち、俺はそう返すのが精いっぱい。
「リリアね、お兄ちゃんのお嫁さんになりたいのっ!」
まずい。
ムロンさんの顔が鬼の形相に変化してきた。
これは早く動かないと――死ぬ。
「り、リリアちゃん、」
「ん?」
俺はムロンさんの拳が飛んでくるより速く口を開き、言い聞かせるように説明をはじめる。
「俺はね、リリアちゃんと結婚はできないかなー」
「……なんで?」
泣きそうな顔で小首を傾げるリリアちゃん。
「だってほら、リリアちゃんはまだ子供だし……」
「リリアすぐおとなになるもん! だからそれまで待っててお兄ちゃん!」
「いや、リリアちゃんが大人になるころには、俺はもっと年とってるし……」
「あと10ねん――んーん、あと7ねんだけまってて! リリアおとなになるから!」
7年たってもリリアちゃんはまだ12歳。
日本だったら、通報どころかその場で射殺されかねない。
「いやね、あと7年たったら、俺40歳になっちゃうんだよ」
「……え?」
リリアちゃんがポカンとする。
「…………は?」
「…………まあ!?」
隣では、ムロンさんとイザベラさんも大きく口を開けていた。
「ま、マサキ、お前さん歳はいくつなんだ?」
「あ、俺ですか? 33ですよ」
「はぁ!? そのツラでオレより年上だとぉ!?」
ムロンさんは信じられないとばかりに首を振る。
まあ、日本人て実年齢より若く見られることが多いしね。
そのうえ俺は童顔だから、神さまのおかげで薄毛が治ったいま、日本でも若くみられることが多い。
ムロンさんが驚くのもムリはないか。
「へー、ムロンさん年下だったんですか。おいくつなんですか?」
「……28だよ。イザベラは25だ。」
うーわ、ムロンさんたらめっちゃ老け顔。
てっきり40ぐらいだと思ってたよ。イザベラさんは年相応だけど。
「リリアちゃん、わかってくれたかな? 7年たったら俺はもう人生の折り返し地点を越えてるから、リリアちゃんをお嫁さんにもらうわけにはいかないんだ。リリアちゃんは俺なんかじゃなく素敵なひとを見つけて、幸せになるんだよ」
「………………」
そう言って頭をなでる。
リリアちゃんは目に涙をいっぱいに溜めて、ずっと俯いていた。
ジーンさんから伝言を預かった若者がきたのは、そんな時だった。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
全力で走ってきたからか、若者の息は荒い。
「ま、マサキさん、村長がすぐに来てくれって言ってました」
「ジーンさんが? なんで俺を」
「そ、それが……ジャイアント・ビーが、行商人の奴が急にジャイアント・ビーを買わないって言い出したんです!」
「な、なんだってぇー!?」
俺は若者について行き、交渉が行われているジーンさんの家に向かって走りだすのだった。




