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第24話 密会

 ドロシーさんの婚約宣言から、一週間がすぎた。

 あの日から、ドロシーさんは冒険者ギルドにも来なくなった。


 自分では気づかなかったけど、俺の落ち込みは見てわかるぐらいだったらしい。

 俺が落ち込んでいることを見かねたキエルさんが、なんとドロシーさんのお宅を訪ねたそうだ。

 でも、


「ドロシーお嬢様は留守にしておられます」


 と婆やさんに言われてしまい、ドロシーさんに会えなかったそうだ。

 ドロシーさんの意思か、はたまたパパさんや婆やさんの判断なのかわからないけど、あれだけ冒険者ギルドに出没していたドロシーさんが、自宅にいないなんてまずあり得ない。

 近江シェアハウスに戻ってきたキエルさんは、帰宅早々に、


「あれは居留守だと思います」


 と言ってきた。

 そのことを聞いた俺は、


「そりゃ嫁入り前の娘さんが、一般ぴーぽーな男と一緒に冒険していた過去なんか消したいですよねー」


 と、ついついそんな愚痴をこぼしてしまったわけだ。


「大丈夫ですか、マサキさま?」


 そんなキエルさんの気遣いが嬉しい。

 俺は大丈夫ですと答え、立ち上がる。


「しゃーない。気晴らしを兼ねて、いっちょソロで依頼でも受けてきますね」

「あ、マサキさま! それならわたしも一緒に――」


 俺は「うっし!」と気合いを入れ、家を飛び出す。

 路地を全力ダッシュし角をいくつか曲り、もうすぐで冒険者ギルドだぜといったところで――


「道を空けよ! 朱薔薇騎士団が通るぞ!」


 街の大通りに大きな声が響き渡った。

 見れば、完全武装した騎士団のみなさまが、大通りを威風堂々と進んでいる姿が。


 人数は300ってとこかな?

 馬に騎乗した騎士たち(全体の3分の1ぐらい)が先頭グループで、そのあとを歩兵の方々がついていく。

 掲げられている旗がチャイルド家のものってことは、彼らたちはチャイルド家お抱えの騎士団ってわけか。


 錦糸町からやってきた俺には、この300人が戦力として多いのか少ないのかわからない。

 こんどムロンさんにでも訊いてみよっと。


「道を空けよ!」


 騎士団が俺の目の前を通り過ぎていく。

 隣のおじさんが、珍しいものを見たって顔をしていたから、


「すみません。あの騎士団はこれからどこに行くんですか?」


 と質問してみたところ、このような答えが返ってきた。


「ん? ああ、あの朱薔薇騎士団のことか。なんか隣の領地の騎士団と合同訓練するらしいぜ」


「へええ。合同訓練かー。ちょっと見てみたいな」


「見たいだって? だっはっは! やめとけやめとけ。酒場で飲んでた兵士の話じゃよ、ズェーダから移動だけで3日はかかる場所で訓練するらしいぜ。3日だってよ、3日。わざわざそんな遠いとこで訓練しなきゃならねぇなんて、騎士団の連中もとんだ災難だよなぁ。ま、領主様が断れなかったって話だけどな」


「パパさん――じゃなくて、カロッゾさんが?」


「おう。合同訓練の話を持ちかけたのは、領主様の兄君、シャリア伯爵らしいからな」


 俺の脳裏に、先日お会いしたドロシーさんの伯父さん、シャリアさんの顔が思い浮かぶ。

 なるほど。あのひとのことだ。

 また居丈高な命令口調で言ってきたんだろうな。カロッゾさんも大変だな。


「いろいろと教えていただき、ありがとうございました」


 俺はおじさんに礼を言い、冒険者ギルドへと向かうのだった。



 ◇◆◇◆◇



 冒険者ギルドに入ると、


「あら、マサキじゃない」


 ロザミィさんがカフェスペースで寛いでいた。

 午後のひと時ってやつだ。


「どーもロザミィさん」

「ひとりなんて珍しいわね」

「そうですか?」

「そうよ。だって、」


 ロザミィさんは唇を尖らせ、


「最近のマサキったら、あのドロシーって娘と一緒んなんですもの」


 拗ねたように言う。


「あはは……それなんですけど、パーティは解散することになっちゃいまして……」

「……え?」


 俺が力なく笑うと、ロザミィさんが驚いた顔をする。


「どういうことなの?」

「実はですね……」


 俺はロザミィさんに、ここ最近の出来事をお話する。


 ドロシーさんがなぜ冒険者に憧れていたのか。

 あれほどまでに『仲間』に強い拘りを持っていた理由。


 パーティを結成し、いざこれから名を高めていこうとした矢先にドロシーさんの結婚が決まってしまったこと。


 それに伴ってパーティの解散をパパさんから告げられたこと。

 一週間ドロシーさんに会えていないこと。


 などなど。

 ロザミィさんは黙って聞いてくれた。


「……そうだったの」


 と全てを聞き終えたロザミィさんが、テーブルに視線を落とす。

 その表情は暗い。

 歳の近い女の子として、なにか思うことでもあるのかもしれないな。

 やがて、


「……貴族って、大変なのね」


 と誰ともなく呟く。


「そうみたいですね」


 俺は頷き、同意を示す。


「……」

「……」


 しばしの沈黙。

 やがてロザミィさんが顔をあげ、励ますように俺の肩を叩く。


「あたしたちが思いつめたってどうしようもできないわ。それより、まずはパーティを解散してしまっても、マサキがひとりでやっていけるってところを見せるべきじゃないかしら? マサキだけでも大丈夫だって、彼女が安心できるように。……どう?」


 ロザミィさんが小首を傾げて訊いてくる。

 なるほど。確かにそうかもしれない。


「ドロシーさんが名付けたパーティの名を高めて、有名にするのもいいかもしれませんね。パーティの創始者であるドロシーさんが貴族の方々に自慢できるぐらい有名に」

「ふふ、大きくでたわね。うん、でもそれをしたら彼女も喜ぶと思うわ? だって、冒険者への想いをマサキに託したんですから」

「ロザミィさん……」


 ドロシーさんのことを想って話すロザミィさんの優しさに、不覚にも涙腺が緩んでしまう。


「そういうわけだから、がんばってねマサキ」

「はい!」


 俺はロザミィさんに気づかれないよう、目の端に浮かんだ涙を拭い、


「それじゃ俺、なんか依頼を受けてきますね!」


 と言って受付へ移動するのだった。



 ◇◆◇◆◇



「ふぃー、ハッスルしすぎて疲れちゃったぜ」


 その日の夜、俺はズェーダの自宅へと向かって歩いていた。

 あのあと、割と難易度高めの依頼を受け、これをひとりで完遂。

 報酬を受け取り、家路へと就いてる次第だ。


「けっこー遅くなっちゃったな……ん?」


 家に着くと、門の前に見覚えのある女の子の姿が。


「あのすーぱーゴージャスなドレスはまさか――」


 駆け出し、女の子のところまで行くと、


「……お久しぶりですわ。マサキさん」


 俺に気づいたドロシーさんが微笑んできた。

 近くに馬車はなし。まさか歩いてきたのかな? それに語尾が伸びていないってことは、マジモードってことだよね。


「ドロシーさん……どうしてここに?」

「うふふ、マサキさんにお別れを言いに来たんですの」

「お別れですって? それって――」


 ドロシーさんが人差し指を俺の口にあて、続く言葉を遮る。


「わたくしの夫となる殿方は王都に居を構えておりますの。ですから……わたくしも王都へ行くんですわ。ふふふ……嫁ぎに、ね」

「…………」


 ドロシーさんは、俺の口元から指を離す。


「兄上は騎士団を率いて伯父様の騎士団と合同演習へ向かいましたの。お父様とお母様もわたくしの夫となる殿方のもとへ挨拶に行きましたわ。ですから……」


 どこかいたずらっ子のような笑みを浮かべたドロシーさん。


「わたくし、マサキさんにお別れを言うために屋敷を抜け出してきましたの」

「……あはは、これはまた無茶しましたね」

「ええ。わたくしも冒険者でしたから、見張りの目を逃れて屋敷を抜け出すぐらいわけないですわ」


 ドロシーさんが得意げに胸を張る。

 冒険者でしたから……か。


 もう過去形になっちゃってんだな。

 俺の胸を寂しさが襲う。


「無茶して抜け出してきたんです。俺の家でお茶でも飲んでいきます? とっておきのお菓子もつけますよ」


 俺のお誘いにしばし悩んだ後、ドロシーさんは首を横に振った。


「せっかくの申し出ですが、やめておきますわ」

「あはは、こんな時間に一緒にいたら誤解されちゃいますもんねー」

「誤解されたらマサキさんに迷惑がかかってしまいますわ。それに、婆やならわたくしがここにいることにすぐ気づくと思いますの」

「ああ、婆やさん優秀な方っぽいですもんね」

「ええ、とても。いまごろこっちに向かってきてると思いますわ」

「わーお」

「本当に、わーお、ですわ」


 ドロシーさんが俺の声真似をする。

 俺とドロシーさんは顔を見合わせ、同時に笑った。


「あはははっ。ひどいなードロシーさん、俺の真似なんて恥ずかしいからやめてくださいよー」

「うふふ、冗談ですわ」

「まったくー」


 しばらく笑い合い、再び顔を見合わす。


「……そうだ、マサキさんにわたくしから贈り物がありますの」

「へ? なんです?」

「これですわ」


 ドロシーさんはそう言うと、俺に愛用のレイピアを差し出してきた。


「これって……」

「わたくしが使っていたレイピアですわ。もうわたくしが使うことはありませんから、マサキさんに受け取ってもらいたいんですわ」

「そんな、こんな大切なもの受け取れませんよ。それに、いつかまた冒険するときがくるかもしれないじゃないですか!」


 そう言うも、ドロシーさんは首を横に振るだけ。


「わたくしの冒険は……もう終わってしまいましたわ。諦めによって心もおれてしまいましたの。さ、マサキさん、レイピアを」


 ドロシーさんが強引にレイピアを俺の手に握らせる。


「そのレイピアをわたくしだと思ってくださると嬉しいですわ。わたくしの代わりに……ずっとそばに置いてあげてください」


 ドロシーさんの目に涙が浮かびはじめ、すぐに涙腺が決壊。

 地面にポタポタと雫が落ちる。


「ドロシーさ――」

「ドロシーおじょーーーさまーーーーーっ!!」


 涙を流しはじめたドロシーさんに言葉をかけようとした瞬間、道の向こうから婆やさんの叫び声が。

 すぐにすーぱーゴージャスな馬車が颯爽と現れ、中から婆やさんが降りてくる。


「はぁ、はぁ、はぁ……探しましたよ、ドロシーお嬢様」

「婆や……もう見つかってしまいましたか」

「当たり前です。この婆や、ドロシーお嬢様の居場所なんてすぐにわかりますとも」


「うふふ……昔からそうでしたわね」

「さあ、馬車へ」

「ええ。ではマサキさん、」


 ドロシーさんは両手でドレスの裾をつまみあげると、片足を引いて膝を曲げ、優雅にお辞儀する。


「ごきげんよう」


 そして馬車に乗った。

 婆やさんは俺に顔を向け、


「マサキ様、もう二度とドロシーお嬢様とお会いしないでください」


 と言ってから馬車に乗り込んだ。

 御者が馬車馬の手綱を操り、馬車が走り出す。


 馬車が道の向こうに消える。

 でも、俺はずっと馬車が消えた方を見ていた。ドロシーさんに渡されたレイピアを握りしめ、ずっと。


 屋敷を抜け出し、わざわざ俺に会いに来たドロシーさん。

 顔には泣きはらしたあとがあり、いつもは生気が満ち希望に光り輝いていた瞳は哀しみに沈んでいた。


 この一週間、ずっと泣いていたんだろうな。

 ずっとずっと泣いて、心の整理をつけようとしてまた泣いて、それで心がぽっきりと折れてしまったんだろう。


「ドロシーさん……。こんなのってないよ。クソッ!」


 俺が道ばたの石ころを蹴飛ばしたときだった。


 ――カンカンカンカンッ!!


 街に警戒を知らせる鐘の音が鳴り響いた。

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