第23話 ドロシーへの結婚オファー
その日の夕方、俺はドロシーさんと依頼を終え、チャイルド家ご自慢の薔薇園でお茶を愉しんでいた。
「マサキさん、南のサンク王国から取り寄せた茶葉のお味はいかがかしらぁ?」
紅茶といえばティーバッグやコーヒーショップしか知らない俺に味を訊かれても、わかるはずがない。
したがって俺の回答はこのようになった。
「えと、そのですね……香りが芳醇で口に含んだ時に広がる香りがもう何というか言葉では言い表せなくてですね……つ、つまり、香りの宝箱とでも言いますか、と、とても美味しゅうございます」
「まぁ、そんなに喜んでいただけるなんて、わざわざ取り寄せた甲斐がありましたわぁ」
自分でも意味不明な回答となったけど、ドロシーさん的には望んだ以上の感想を返せたようだ。
こんど食レポの番組でも見て勉強しとこっと。
「今回の依頼も簡単でしたわねぇ」
薔薇を視線で愛でながらドロシーさんが言う。
さっきまでやっていた依頼は、農場の近くに現れたイノシシ型モンスターの討伐だ。
このワイルド・ボアと名付けられたモンスターは、畑を囲う柵を壊して作物を食べちゃったり、番犬として飼われていたワンコをどつき回して大けがさせたり(俺が瀕死のワンちゃんを回復魔法で治した)と、農家のみなさんを大いに困らせていた害獣ならぬ、害モンスターだったのだ。
モフモフした動物を愛してやまない俺だけど、農家のみなさんの生活と、なによりワンコの幸せな日々を守るためには戦闘は不可避。
俺は心をオーガにして、ドロシーさんと共にワイルド・ボアを討ち取った次第だ。
おっさんと一緒に戦っていた可愛い女の子が、領主のご令嬢だと知った瞬間、農家のみなさんはやりすぎなぐらいドロシーさんに感謝した。
その結果、過剰なまでに感謝されて気分がアゲアゲになったドロシーさんは、依頼達成後、俺の手をグイグイと引っ張り、
「お祝いをしましょう」
と言って、俺を薔薇園へと連れてこられたのだった。
以上、回想終わり。
「そうだマサキさん、こんどわたくしの両親と一緒に食事なんていかがかしらぁ?」
「はい? ドロシーさんのご両親とですか?」
「ええ」
ドロシーさんが優雅に頷く。
ちょっと待ってよ。ドロシーさんのご両親って、領主とその夫人てことじゃんね。
パパさんにはちらっとだけ会ったことあるけど、さすがに食事を共にするのは庶民の俺にはハードルが高すぎるぜ。
「えーっと……。そうですねー」
「お父様もお母様も、わたくしとパーティを組んだマサキさんと、一度話してみたいそうですわぁ」
「わーお」
断り理由を探している間に、より詰められてしまったぞ。
お年頃の娘さんを持つ親として、どこの馬の骨ともわからないメンズと一緒にパーティを組んでるとか、心配して当然だよね。
うん。仕方がないか。
なら一度しっかりご挨拶してた方がよさそうだな。
とか考えていたときのことだった。
「ドロシー、ここにいたか」
「あら、お父様」
ドロシーさんのパパさんが薔薇園に登場したじゃありませんか。
え? もう? もう一緒にお食事する流れなの?
「おや、マサキ君もいたのか。これは都合がいい」
どう都合がいいんですか?
予期せぬ遭遇に身構えていると、パパさんはとんでもない爆弾を投げ込んできた。
「ドロシー、お前の結婚が決まった」
「「………………え?」」
俺とドロシーさんの声がハモる。
「お、お父様……い、いまなんとおっしゃいましたの……?」
「……お前の結婚が決まったと、そう言ったのだ」
「そ、そんな――」
ドロシーさんが椅子から立ち上がろうとするも、ショックが大きすぎたため崩れ落ちそうになる。
「おわっと」
慌てて手を伸ばし、ドロシーさんをなんとか支えることに成功。
ドロシーさんは俺の手を借りながらパパさんに縋りつく。
「お父様……先日は『お前に相応しい相手がいない』と、そうおっしゃっていたじゃありませんか! それなのに……それなのになんでいま結婚を……」
「すまぬ。……こんなに早く決まるとは私も予想していなかったのだ。申し出を断れぬ非力な父を赦してくれ」
「申し出?」
「ああ。お前の結婚相手は兄が見つけてきたのだ」
「シャリア伯父様が……」
愕然とするドロシーさん。
パパさんも顔に感情を出さないようにしてはいるけど、その声には悔しさが滲んでいる。
きっと、貴族にしかわからない苦悩があるんだろう。
「ドロシーさんしっかり。俺を支えにしていいですから」
「マサキ様、ドロシーお嬢様はわたくしたちが」
「あ、はい」
全身の力が抜けてしまったドロシーさんを支えていると、その役目をばあやさんとお付きのメイドさんが引き継いでくれた。
結婚が決まったいま、冒険仲間でしかない俺が体を密着させているのは世間体が良くないからだろう。
「赦せ娘よ。これも貴族として生まれた者の定めなのだ。お前ももう大人だ。政治はわかるな?」
「……はい」
弱々しい返事をするドロシーさん。
「うむ。ならお前の『冒険者ごっこ』も今日までだ。これからは相手に嫁ぐまでの間、花嫁修業に入ってもらう。そしてマサキ君、」
パパさんが俺に顔を向け、続ける。
「いままで娘が世話になったね。急なことで申し訳ないが、ドロシーとのパーティは解散してもらう」
「…………」
「君を振り回してしまったことは謝罪する。しかしこれはチャイルド家の――」
「ドロシーさんが結婚するのはわかりました」
「む?」
俺は顔をあげ、正面からパパーさんを――ポケットゥの領主を見つめる。
「でも、俺とドロシーさんはずっと『仲間』です。たとえ離れ離れになったとしても、俺たちはずっと仲間です。」
「マサキさん……」
俺の言葉を聞き、ドロシーさんが口元を両手で覆う。
その目はまっちゃウルウルしていた。
しばしの間、俺とパパさんは見つめある。
やがて、
「……そうか」
と言ってパパさんは小さく笑う。
「ありがとうマサキ君。ずっと娘の仲間でいてやってくれ」
「もとよりそのつもりです」
「そうか」
「そうです。じゃあ俺、行きますね。ドロシーさん、お元気で」
「マサキさ――……。はい。マサキさんもお元気で」
こうして、俺は領主のお屋敷をあとにした。
去り際に振り返るも、いつも門まで見送りに来てくれるドロシーさんの姿は最後まで見えなかった。




