第16話 報告
昇級試験のキャンプ地へ戻ると、
「戻ったかマサキ!」
ムロンさんをはじめ、多くの受験生のたちに囲まれることとなった。
俺とドロシーさんを囲む受験生の中には、さきほどゾンビの群れから助け出したラシードさんたちの姿もある。
よかったー。無事にここまで戻れたんだな。
「近江正樹、ただいま戻りました」
「よく戻ってきた。そいつから――」
ムロンさんが近くにいるラシードさんを視線で指し、続ける。
「話は聞いたぜ。ゾンビの群れと一戦交えたそうだな。ったく……相変わらず無茶しやがって。コイツめ!」
ムロンさんが俺の首に左腕を回し、空いた手で髪をくしゃくしゃにしてくる。
「ちょっ、やめてくださいよー」
毛根がしっかりしてるフサフサのいまだから笑ってられるけど、薄毛時代の俺だったら散り征く髪たちに嗚咽を漏らしていたことだろう。
「なんにせよ無事でよかった。それでマサキ、それにドロシーさまよ、オレたちにも詳しい話を聞かせてくれねぇか?」
俺の首から手を離したムロンさんが訊いてくる。
周囲にいる受験生のみなさまも、ゾンビの群れがどうなったのか聞きたそうなご様子。
俺はドロシーさんと顔を見合わせ、同時に頷く。
「もちろんです」
「よくってよぉ」
そして俺たちは語りはじめた。
「森を徘徊していたゾンビの群れなんですが、ムロンさんの予想通りネクロマンサーが操っていたようです」
「クソッ。やっぱりか」
「はい。その場にいたゾンビはドロシーさんの活躍により倒したんですが、そのあと悪霊が出てきちゃいまして――――……」
ゾンビの群れとの戦闘に、隠れていたネクロマンサー氏の存在。
俺は情報共有の意味も込めて、みなさんに余すことなくお伝えさせて頂いた。
「そうか……。ゾンビにレイス。おまけにネクロマンサーときた。ったく……よく無事に戻ってこれたな」
ムロンさんの発言に受験生のみなさんがうんうんと頷く。
なんか、俺とドロシーさんに尊敬のまなざしを向けてくるひともいるぞ。
そんな熱い眼差しを向けられたら照れちゃうぜ。
「さすがマサキだ。捜索をマサキに任せて正解だったな」
「いやー、きっと俺ひとりだけだったら、いまごろゾンビの仲間入りしてたと思います。でも、俺の隣にはドロシーさんがいましたからね。ドロシーさんがいてくれたからこそ、ゾンビもレイスもやっつけることができたんですよ」
「ほう。やるなドロシーさまよ」
ムロンさんが感心したように言う。
「あらぁ、わたくしひとりだったらアンデッド相手に何もできませんでしたわぁ。わたくしの隣に頼りになるマサキさんがいてくれたからこそ、ふたりで力を合わせて乗り切ることができたんですのよぉ」
「だってよマサキ」
「あははは、そゆこと言われると照れちゃいますね」
「もう……照れなくてもいいですのにぃ」
ドロシーさんも俺同様照れちゃっているのか、ほんのり顔が赤いように見える。
キャンプ地を照らす松明のせいで赤く見えてるだけかな?
「それよりムロンさん、」
「ぁん? なんだ?」
「昇級試験って、けっきょくどーなるんですかね?」
アンデッド部隊を操るネクロマンサー氏が現れたことにより中断しているけど、俺たちは昇級試験の真っ最中。
俺の質問は、受験生全員の想いを代弁したものであった。
「それなんだがなぁ……」
ムロンさんは腕を組み、複雑な表情を浮かべる。
「ギルドに戻ってからでないと確実なことは言えねぇが、すでに対象モンスターを狩り終えてるヤツらは合格。それ以外は昇級試験の費用なしで再試験ってとこで落ち着くと思うぜ」
「なるほど」
受験生のみなさまの一部はほっとした顔をしてたけど、大半は悔しそうな顔をしていた。
俺とドロシーさんのように、一日で対象モンスターを狩り終えた受験生は少数派だったんだろう。
「ま、すべては明日ギルドに戻ってからだな。今日は交代で見張りを立ててる。休めるヤツは今のうちに休んどきな。マサキ、お前さんとドロシーさまもだ。馬車が来るまで体を休めておいてくれ」
ムロンさん自身は最初から休むつもりなんかなかったらしく、見張りの選出や見張り場所、交代の順番なんかをテキパキと指示していた。
捜索に協力した俺とドロシーさんは、見張りのメンバーには入ってないらしく、朝までテントで寝とけとのこと。
「わかりました。それじゃ先に休ませてもらいますね」
「おう。捜索ありがとな。お前さんがいてくれて助かったぜ」
「なんのなんの、困ったときはお互い様ですよ。それじゃ先に休ませてもらいますね」
「ああ」
こうして、俺とドロシーさんは、
「お、お休みなさいドロシーさん」
「……え、ええ。お互いゆっくり休みましょう」
再び狭いテントの中、背中をくっつけっこして眠りに就くのでした。
◇◆◇◆◇
翌日、俺たち受験生一同は、キャンプ地までやってきた馬車に乗りギルドへと戻っていた。
ムロンさんが日が昇ると同時に緊急時用の伝書鳩を飛ばしていたから、俺たちがギルドに戻るころには、森にネクロマンサーが出たことはギルド中に知れ渡っていることだろう。
馬車に揺られ、道を進む。
ズェーダの門をくぐり、ギルドの前で停車。
馬車から降りた受験生のみなさまの前に、疲れ顔のムロンさんが立つ。
「まずモンスターの数が足りなかったヤツ。中止になっちまって頭にくるとは思うが、冒険者はてめぇの命こそが最大の財産だ。すまねぇがまた試験を受けに来てくれ。ま、それも今回の騒動が収まってからだけどな。そんで――」
ムロンさんが俺やドロシーさんに視線を移し、続ける。
「討伐対象を狩り終えたヤツらは、明日の昼からギルドで面接だ。遅れずに来いよ。そんじゃ今日はこれで終いだ。お疲れさん」
その言葉を受けて、受験生のみなさんが解散する。
ギルドに入っていく者。
家に帰る者。
飲みに行く者など、様々だ。
俺はというと、
「マサキ、このあと時間あるか?」
「俺ですか? ありますけど……?」
「ならよかった。今回の件をレコアやギルドマスターに報告するのに付き合ってくれ」
「あ、そゆことですか。わかりました」
ムロンさんに呼び止められ、ギルドへ報告しに行くことに。
「あらぁ……試験官さん、わたくしは同席しなくても良いのかしらぁ?」
「っ……」
ドロシーさんの言葉を受けて、ムロンさんのお顔が僅かに歪む。
「あ、ああ。ドロシーさまはもう帰っていいぜ。あとは報告だけだからな。こっから先はオレとマサキに任せてくれ」
「ふぅん……マサキさんはどうお思いかしらぁ?」
ドロシーさんの視線が水平移動。
ムロンさんの隣にいる俺を、バッチリ捉える。
「報告なら俺だけでもできます」
「だろ? そうだろマサキ? もっと言ってやって――」
「でも!」
「……でもぉ?」
ドロシーさんが続きを促す。
「なんかあのネクロマンサー、ドロシーさんのご実家と関係がありそうなこと言ってましたからね。もしもまだお時間をいただけるのなら、ドロシーさんもギルドマスターへの報告に付き合ってくれませんか?」
俺がそう言うと、パアァッとドロシーさんの表情が輝く。
「もちろんですわぁ。だって『仲間』なんですものぉ。喜んでマサキさんとお付き合いしますわぁ」
ムロンさんはげんなりしてたけど、俺とドロシーさんは共に死線を潜り抜けた仲間。
臨時パーティとはいえ、どうせなら今日ぐらい最後までご一緒したいよね。
「さあムロンさん、ちゃっちゃっと報告しちゃいましょう!」
「はぁ……わーったよ。オレについてきな」
俺とドロシーさんは、ムロンさんに連れられギルド2階にある応接間へと移動。
はじめてギルドマスターさんとのご対面を果たす。
「ギルマスさんよ、マサキたちを連れてきたぜ」
「待っていたぞ」
応接室のソファに座る金髪のおじさま。
その隣にはレコアさんも座っている。
「マサキさん、それにドロシーさん。お疲れのところ申し訳ありませんが、少しだけお話を聞かせてください。さあ、こちらへ座ってください」
レコアさんに促され、俺とドロシーさんは対面のソファに腰かける。
ムロンさんは壁にもたれかかり、腕を組んでこちらを見ているだけ。
どうやら報告には参加しないようだ。
「私が『黒竜の咆哮』でギルドマスターを任されているヘンケン・ベッドナーだ」
ギルドマスターのヘンケンさんは、40代ぐらいのおじさまで、口ひげとあごのラインに沿って生やしたおヒゲがとてもダンディだった。
体格も良く、まさに古強者って感じだ。
「はじめましてヘンケンさん。俺は――」
「我がギルドに君を知らない者はひとりもいないよ。やっと会えた。君がマサキ君だね」
「は、はい。正樹です」
「君の活躍はよく報告にあがっている。今後も頼むよ」
「あはははは、ど、どーも」
ヘンケンさんはクールに笑い、次にドロシーさんに視線を移す。
「ドロシー君、剣の腕はお父上譲りと聞いている。もっとも、冒険者になるとは思ってもみなかったけどね」
「あらぁ、お父様を知っていますのぉ?」
ドロシーさんの質問に、ヘンケンさんはこくりと頷く。
「ああ、君のお父上――カロッゾと私は古い友人でね。昔はいろいろとやんちゃをしたものさ」
「へぇ……知りませんでしたわぁ。いったいどんなことをなさっていたのか訊いてもよろしいかしらぁ?」
「ふふふ。カロッゾも私も責任ある立場になったからな。何をしていたかは言えんよ。おっと、話が逸れてしまったな」
ヘンケンさんは真面目な顔になり、
「では、森での話を聞かせてもらえるか?」
本題へと入った。
俺とドロシーさんは、森であったことをヘンケンさんに話す。
黙って聞き入っていたヘンケンさんとレコアさん。
やがて、
「そうか。ネクロマンサーがこの街の近くに……。それもチャイルド家の名を出していたのか……」
とため息とともに言い、椅子に深く座る。
「早急に対策を立てねばならんな。それとカロッゾ――領主への報告もか」
「あらぁ、それならわたくしがお父様に伝えておきますわぁ」
「ふむ。なら頼んでもいいかな? いちおう、私からも使いの者を出してはおくが」
「構いませんことよぉ」
ヘンケンさんの頼みをドロシーさんは快く承諾する。
「すまんな。それなら……」
ヘンケンさんは羊皮紙にさらさらとインクをつけた羽ペンを走らせた。
インクを乾かしくるくる丸め、ロウを垂らす。
最後にハンコのようなものをペッタンして封の完成だ。
「これをカロッゾに渡してもらっても良いだろうか? 私の名を伝えればわかるはずだ」
「ふぅん……承知しましたわぁ」
ドロシーさんはヘンケンさんが書いたお手紙を受け取り、失くさないよう胸に抱く。
「では貴重な情報を感謝する。有事の際には協力を求めるかもしれんが、そのときはまたよろしく頼む」
「はい。俺にできることならいつでも声をかけてください」
「おーっほっほっほ! わたくしもよくってよぉ」
俺たちは応接室を出た。
ギルドマスターである、ヘンケンさんへの報告を無事に終えた俺とドロシーさん。
まだ日は高いとはいえ、昨夜の戦いで体はへとへとだ。
明日は面接があるそうだし、今日のところはお互い家に帰ることに。
「マサキさん、ではまた明日お会いしましょう」
「ですね。一緒に面接通って昇級しちゃいましょう!」
「ええ。それじゃ……名残惜しいですが、お先に失礼いたしますわぁ」
そう言って、ドロシーさんはすーぱー煌びやかで豪華な馬車に乗ってお家(きっと領主邸)へと帰っていった。
俺は「うーーーん」と大きく伸びをしてから、
「俺も錦糸町へ帰るか」
二日ぶりに錦糸町へと帰るのでした。




