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第12話 深まる誤解

 日が沈み、異世界名物ふたつのお月さまが夜空を飾るころ。

 夕食を食べ終えたドロシーさんと俺は、


「野営とはいえ……と、殿方と寝床を共にするのははじめてですわぁ」


 錦糸町から持ってきたテントのなか、背中合わせで横になっていた。

 持ち運びに便利なコンパクトテントは、畳一畳分のサイズしかない。


 そんな狭いスペースにふたりが寝たらどうなるか?

 答えは簡単。体がとても密着することになるのだ。

 かくて、俺とドロシーさんは狭いテントの中、背中をぴっとりとくっつけっこ状態で横になっていた。


 なんでこんなことになったんだろう?

 俺がテントをドロシーさんに譲り、外で寝ようとしたら、


「いけませんわぁ。それでは貴方に迷惑がかかってします」

「え? でもさすがに女性と一緒に寝るのは……ちょっと、ねぇ?」

「あらぁ、わたくしたちは仲間じゃなかったんですのぉ?」

「それはまぁ……仲間ですけど」

「でしょぉ? ならなんの問題もありませんわぁ。仲間(・・)なんですからぁ」


 と、やたら『仲間』の部分を強調され、こうして一緒に寝る運びになった次第だ。

 若い女の子と狭いテントに二人きり。

 中島に見られたら、なにを言われるかわかったものじゃない。


 てかこれ、うっかり寝返りでもしようものなら、ドロシーさんの体に腕を回すことになっちゃうんじゃないか?

 やべぇ。それはやぜぇぜ。

 そんなん褥瘡ができるの覚悟で、同じ向きで寝るしかないじゃんね。


 とか悩んでいたら、


「すー……すー……」


 あらびっくり。

 背後から可愛らしい寝息が聞こえてきたじゃありませんか。

 無傷での勝利だったとはいえ、ゴブリン軍団との戦いで疲れちゃったんだろうな。


 俺が貸した寝袋を使いミノムシとなったドロシーさんは、ちょっとやそっとじゃ起きなさそうなぐらい、ふかーく夢の世界へと旅立ったご様子。


「俺も寝るか」


 目をつむり、ベタに羊の数なんかを数えてみる。


「羊がワン……羊がツー……羊がスリー……」


 羊さんの数が順調に積み上がり、あと少しで200の大台に到達しようとたときだった。


「マサキ! 起きてるかっ!?」


 突然テントが開けられ、ムロンさんが顔を中に入れようとして――


「――っと、す、すまねぇ! まさか貴族の嬢ちゃんとそこまで仲良くなるなん――」

「ちょいちょいちょーい! 言っときますけど、俺はやましいことなんてひとっつもしてないですからね!」


 慌てて俺たちから顔を逸らすムロンさんに、渾身のツッコミを入れさせていただく。


「それよりどうしんたんですか、こんな夜中に?」


 俺は誤解が生んだ謎の気まずい空気を払拭するかのように、ムロンさんに問いかける。


「それなんだがな、ちとまずいことになったんだ」

「まずいこと……ですか?」

「そうだ。ここじゃなんだ、外で話せるか? 嬢ちゃんは……」


 ムロンさんがミノムシの化身と化したドロシーさんを一瞥。


「すー……すー……」


 気遣いが一切存在しないボリュームで会話してたのに、ドロシーさんは起きる気配がまるでなかった。


「……そのままでいいからよ」

「わかりました」


 俺はドロシーさんを起こさないよう気を使いながら、テントから出る。


「それで……なにがあったか聞かせてもらえますか?」

「ああ」


 ムロンさんは頷き、俺にだけ聞こえるように声を潜める。


「マサキ、どうやら森にゾンビの群れが出やがったようなんだ」

「えぇっ!? ゾンビですって?」


 異世界だけではなく、錦糸町界隈でも超有名な存在、ゾンビ。

 歩く腐乱死体であるゾンビが、いま俺たちがいる森に出たとムロンさんは言っているのだ。

 異世界でパンデミックスとか、マジ勘弁だぜ。


「な、な、な、そんなのちょーやべぇじゃないですかっ!? す、すぐにここから逃げないと――」

「逃げるだぁ? お前ほどの実力者がなに言ってんだよ」


「ムロンさんこそなに言ってんですかっ!? ゾンビですよ、ゾンビ! 噛まれたり引っ掻かれたりするだけで自分たちもゾンビになっちゃう、あの(・・)ゾンビが出たんですよっ!!」

「噛まれるとゾンビになるだって? いったい誰からんなこと聞いた?」


「聞くも何も、そんなの常識じゃないですか!」

「…………ちっと待ってくれマサキ。えーと……ゾンビに噛まれると、どうなるんだ?」

「ゾンビになります!」


 俺は1秒の間も開けずに、自信を持って回答。

 一方でムロンさんは、眉間に手を当て困り顔。

 いまは一分一秒を争う事態だってのに、そんな悠長に構えてていいのかな?

 パンデミックスは初動が大事なんですよ。


「あー、マサキ、」

「はい」

「あそこにいる戦士を見てくれ」

「あの槍を持った男性のことですか?」

「そうだ」


 今回の昇級試験では、夜中でも対象モンスターを探す冒険者は多い。

 視線の先にいる戦士の彼も、そんななかのひとりなんだろう。


 右手で槍を持った戦士さんは、右肩を空いた左手で押さえ顔を歪ませている。

 仲間の薬師っぽいひとが治療してるから、怪我をしたのかもしれないな。


「彼がなにか?」

「アイツな、森の奥でゾンビに襲われ……噛まれたらしい」

「なんですってぇぇぇぇ!?」


 俺の絶叫がキャンプ地に響き渡る。

 いまの絶叫で目を覚ましちゃったひとがいるかもしれない。

 でも、声のボリュームなんか押さえてる余裕なんかない。


 ゾンビに噛まれるとゾンビになる。

 そんな基本的なことは昔からゾンビ映画を観て、数年前から世界中で人気があるアメリカのゾンビドラマ、『ウォーキング・死体』を欠かさず視聴している俺からすれば常識的なことだ。


 俺は戦士さんに顔を向ける。

 傷口を押さえ、苦痛の表情を浮かべる戦士さんと、その戦士さんを囲む仲間らしきひとたち。

 きっといまあそこでは、戦士さんと仲間たちが最期のお別れをしているに違いない。


「あのひと……噛まれちゃったんですか……。そんな……まだ若いのに」

「ああ。夕方に森の奥でアンデッドの群れに出くわし、ゾンビに襲われたんだとよ」


「夕方……となると発症までに時間がかかるタイプだな」

「発症? 誰か病気にでもかかったのか?」


「そうですね。ある意味病気かもしれません」

「マサキ、お前がか?」

「なに言ってるんですか。彼が、ですよ」

「え?」

「え?」


 なんかいまいち会話がかみ合わない。


「マサキ、ちっと話を整理するぞ」

「はい」

「まず最初に言っておくがな、ゾンビに噛まれてもゾンビにはならないぞ」

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「どわぁっ!? な、なんでそこで驚くんだよ!」


「だってゾンビですよ! 噛まれて増えなかったらそんなのゾンビじゃないじゃないですか!」

「噛まれて増えるゾンビこそどんなゾンビだってんだよ! いいかよく聞け、ゾンビってのはな――――……」


 ムロンさんが異世界におけるゾンビ事情を説明してくれる。

 その説明によると、ゾンビは行き場をなくしたモンスターやひとの魂が死体に乗り移り、生者を求めて彷徨い歩くアンデッド系モンスターらしい。


 魂が乗り移って動くモンスターなため、噛まれても傷を追うだけで、いわゆる感染的なリスクはまったくないそうだ。


 ゾンビ好きが聞いたら激高しそうだけど、しょせん現実ってこんなもんだよね。

 そもそも心臓が動きを止めた時点で生命として終わってるのに、ウィルスのせいで死後も動き続けるなんて設定にムリあるよね。そんなんマジでファンタジーすぎるっての。


 俺は華麗に手首を回転させ、あっさりと手のひらを返す。

 ムロンさんが説明を終えるころには、


「へー、そーなんですねー」


 って塩っぽい返事しちゃうぐらいには現実と向き合っていた。


「理解したみてぇだな。なら話を戻すぞ?」

「はい」


 俺が頷き、ムロンさんはやっと本題にはいれるとばかりに表情を引き締める。


「実はな、ゾンビが一体や二体現れることはそう珍しくもねぇ。森でドジ踏んだ可哀想なヤツの死体に、別の魂が乗り移っただけだからな」

「あれ? でも森に出たのって『集団(群れ)』だったんですよね?」


「そうだ。通常、墓地や迷宮なんかを除けばゾンビが群れで現れることはない。ただひとつの例外を除いてな」

「……その例外を聞かせてもらえますか?」

「おう。元からそのつもりだったからな」


 ムロンさんは、声を潜めようとして……まわりにいる冒険者のみなさんが俺とムロンさんをめっちゃ注目し、聞き耳をたてていることに気づく。

 なかには眠い目をこすりながら、テントから這い出てきたひとも。


 さっき俺が「なんですってぇぇぇぇ!?」とか、「はぁぁぁぁっ!?」と絶好調に絶叫をあげた結果だ。

 ムロンさん、正直ごめん。


「いまさら隠そうとしてもムダか。……はぁ、いいぜ、お前らもよく聞きな」


 ムロンさんはこの場にいる冒険者のみなさんにも聞こえるよう、よく通る声で話を再開した。


「この森にゾンビの群れがあらわれやがった。墓地でも迷宮でもねぇ森なんかにゾンビの群れが現れる理由なんかひとつっきゃねぇ」


 一度そこで言葉を区切り、ムロンさんは周囲の反応を窺う。

 受験中の冒険者のみなさんは、緊張した面持ちで続く言葉を待っている。

 俺を含めたみなさんの視線を正面から受け止めたムロンさんの、続く言葉は衝撃的なものだった。


死霊使い(ネクロマンサー)だ。死霊使いが現れたに違いない」


 俺を除く冒険者のみなさんの反応は顕著だった。


「な、な、な、なんだとっ!?」

「うそでしょ……死霊使いの術は禁忌指定されてるんじゃなかったの?」

「他国の術師か? いやでも、いまはこのことを街に知らせないと……」


 ムロンさんの言葉を聞いたみなさんは大いに驚愕し、一瞬でこの場が騒然とする。


「つーわけでだ、正直昇級試験なんてやってる場合じゃなくなった。念のため各自戦闘に備えておけ。それと……マサキ、」

「はい、なんです?」

「悪ぃがこのキャンプ地の指揮を任せていいか? オレはいまから森に入り、戻ってきていないひよっ子どもを連れ帰んなきゃならねぇんだ」


 なるほど。

 わざわざムロンさんが俺を起こしにきた理由がこれか。


 今回の昇級試験に、同行している試験官はムロンさんひとり。

 いまみたいな想定外な事件が起きた場合、その対処を現場の責任者であるムロンさんがひとりで決めないといけないのだ。


 幸い、ゾンビの群れが出たのは森の奥の方だという。

 森の浅いところにあるこのキャンプ地まで、ゾンビの群れがくる可能性は低い。


 そこでムロンさんはキャンプ地の指揮を、自称魔法戦士で他の受験生より戦闘経験がちょっこし豊富な俺に任せ、自分は森に残っている受験生を探しに行こうとしているわけだ。


「頼めるかマサキ?」


 ムロンさんが訊いてくる。

 俺は数秒考え込んでから、首を横に振った。


「ムロンさん、他の受験生を探しに行くなら役割を変えましょう」

「代えるだぁ? まさかマサキ、お前……」


 俺はムロンさんに、右手の親指を突き立てにやりと笑う。


「俺が戻っていない受験生のみなさんを探しに行きます!」

「ダメだ! お前にそんな危険なことさせられねぇ!」

「まーまー、ひとまず俺の話を聞いてください。ゾンビって物理攻撃が効きにくいですよね? そもそももう死んでるわけなんですから」

「……まぁな」

「でしょ?」


 ムロンさんが頷く。

 よーし、ここまでは俺が持つゾンビ知識と一緒だ。


「ムロンさんは剣も弓も腕は一流ですけど、ゾンビとは相性が悪いと思うんですよね」

「……相性が悪ぃのは否定できねぇな」」

「でしょ? でも俺なら回復魔法も攻撃魔法も、ぶっちゃけターンアンデッド(死者還し)の魔法も使えます!」

「なっ!? マサキお前、ターンアンデッドまで使えるのか?」

「ええ、実は使えました」

「なんてやつだ……」


 ムロンさんには内緒にしてるけど、購入前のムロンさんの家に住み着いてた悪霊を祓ったのは、ターンアンデッドの魔法を駆使した俺の寺生まれプレイの結果だ。


「いま言ったように、俺はゾンビへの攻撃手段をいくつも持っています。ゾンビが彷徨い歩く森で受験生を探すのに、俺以上の適任者はいないと思うんですけど……どうでしょう?」

「…………」


 しばしの間考え込んでいたムロンさんは、やがて「ふぅ」とため息を吐き、


「わかった。頼めるかマサキ?」


 と言ってきた。

 答えはもちろんイエスだ。


「はい! 任せてください!」


 俺が自分の胸をどんと叩いたとき、


「おーっほっほっほ! 話は聞かせてもらいましたわぁ!」


 テントからお嬢様がお出ましになられたのだった。

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