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第11話 マサキの誤算

 冒険者ギルドのキャンプに戻ると、ムロンさんが心底安堵したような顔をしていた。


「マサキ、貴族の嬢ちゃん(ドロシーさん)をよく連れ帰って来てくれた。それで……首尾はどうだったんだ?」


 俺の首に腕を回したムロンさんが小声で訊いてくる。


「バッチリですよ。これを見てください」


 革袋からゴブリンの耳がぎっしり詰まったジッパロックを取り出して見せると、ムロンさんは「ピュ~♪」と口笛を吹いた。


「かなりの数だな。嬢ちゃんを守りながら狩るのは大変だったんじゃねぇか?」

「いやー、それが思いのほかドロシーさんが強くて、ピンチ(危機)らしいピンチはなかったんですよねー」

「ほう。お前さんにそうまで言わせるたぁ、あの嬢ちゃんもやるもんだな」


 そう言い、俺とムロンさんはキャンプの端っこに座り込むドロシーさんを横目でチラリ。

 すると、ドロシーさんもこっちを見ていたのか、俺と目が合う。


「あ、どもー」


 せっかくだからひらひらと手を振るも、ドロシーさんはまたプイと顔を逸らしてしまった。

 うーん。こりゃー、俺とドロシーさんの間に入った亀裂は深刻っぽいぞ。


 せっかく仲良くなれたと思っていたのに、どうやら片思いだったみたいだ。

 おっさん哀しいよ。


「なんだぁ、嬢ちゃんのあの態度は?」

「んー、途中までは上手くいってたと思うんですけどねー。なんか俺、嫌われちゃったみたいです」

「へー、珍しいな。お前さんが嫌われるなんてよ」


 ムロンさんと会話してる間にも、ドロシーさんはチラッ、チラッとこちらを見ていた。

 そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。

 ちゃんとふたりでゴブリンを倒したって申告してますから。


「あの嬢ちゃん、なんかこっちを……っつーか、マサキを気にし過ぎじゃねぇか?」

「俺をですか?」

「ああ。……やっぱりだ。あの嬢ちゃんマサキを見てるぜ」

「ゴブリンを倒した手柄を独り占めにしようとしてるか、心配してるとか?」

「いや、あのキッツイ性格だ。もしそうだったらチラチラ見てねぇでこっちくるだろ。ん、待てよ。あの顔は……ははぁ。そういうことか」


 ムロンさんが、突然したり顔で頷く。


「んん? さてはムロンさん、なにか気づいた感じですね? ずばり、どーゆーことですか?」

「がはは! そうかそうか。なるほどな。あの嬢ちゃんも可愛いとこあるじゃねぇか。なるほど。そうきたか」

「ちょっとムロンさん、ひとりで納得してないで俺にも教えてくださいよ」

「悪いなマサキ。そいつぁ俺の口からは言えねぇ。いやー、そうかそうか。がはははっ!」


 ムロンさんは大笑いしながら、俺の肩をバシバシ叩く。


「ちょ、痛いですって」

「おおっ、悪ぃ悪ぃ。がはは!」


 ムロンさんの笑いは止まらない。

 いったい何事なんだ?


「ま、鈍感なマサキには一生気づけないことだよ」

「なーに言ってんですか。俺、めっちゃ察しがいいって仕事仲間から評判なんですよ?」

「そうか。なら察しの良いマサキさんよ、嬢ちゃんの態度が変わった理由に気づいたら教えてくれや」

「だから、それは俺がどっかで彼女の触れちゃいけない部分に触れてしまったとでも言いますか……あー、もういいです。それよりムロンさん、」


 俺はムロンさんから聞き出すことを諦め、代わりに、


「これでドロシーさんも俺も昇級試験は合格ですよね?」


 合否の結果について訊く。


「ああ、実技・・試験は合格だ」

「……へ? 実技ってことは……まさか他にも試験が?」

「言ってなかったか? いや、試験はこれで終いだ。あとはギルドに戻ってからオレら職員と面談して、昇級するかどうかが決まるのさ」

「あー、なるほど」


 俺はポンと手を叩く。

 試験と面接のコンボなんて、なんか就活時代を思いだしちゃうよね。

 俺の時はギリギリ就職氷河期で、しんどかったなー。


「マサキもあっちの嬢ちゃんも面談は問題ないだろうから、昇級は決まったようなもんだ。心配しなくて大丈夫だぞ」

「よかったー。あれ? でも昇級試験って明後日までですよね? 対象モンスターを狩り終えた俺たちもここに残った方がいいんですか?」

「一応規則でな、明日の朝ギルドの馬車が森まで来るから、それまではいてくれないと合格をやれないんだ」

「あ、さては森で一晩過ごすのも試験のひとつだったりするとか?」


 俺がそう訊いてみたところ、


「いや、日が落ちるとモンスターが活発化するからな。勝手に帰らせて途中でお死んじまったら、ギルドの評判が落ちちまうだろ? だから、わざわざ高い金を払って馬車を用意してんだと」

「へええ。いろいろ気を使ってんですね」

「わかってくれたか。オレらギルドの裏方も大変なんだぜ」

「あはは、お疲れ様です」

「おう! マサキもよくやってくれた。うちのクソったれなギルドマスターに特別報酬を出すよう言っておくぜ」


 ムロンさんも俺とギルドマスターさんの間に挟まれ、心中穏やかじゃなかったんだろうな。

 問題が解決したいまは、とびきりの笑顔を浮かべていた。


「無茶な頼みをした詫びだ。街に戻ったら一杯奢らせてくれ」

「ありがとうございます。よろこんで奢られちゃいます」

「そうだ、キャンプ地から出なければ今日はもうなにしててもいいぞ」

「わかりました。それじゃ先に休ませてもらいますね」

「ああ」


 ムロンさんはギルド職員として、昇級試験を受験中の冒険者たちを夜通し待つそうだ。

 俺はギルドのキャンプ地の端っこにテントを張り、体を潜りこます。


「ふぅ……。なんか気疲れしちゃったな。肉体的疲労よりも精神的疲労の方が大きいぜ」


 ちょっと早いけど夕飯でも食べて早めに寝ようかな。

 うん、そうしよう。


「たしかカバンに……おっ、あったった」


 俺はリュックサックからキャンプ用のバーナーと鍋、

MAMAZONママゾンで購入した防災用のご飯セット、一部のサバゲー勢から戦闘糧食、あるいはミリタリーメシと呼ばれている保存食を取り出す。

 ミリメシセットの中から今回チョイスしたのは、ウィンナーカレー。

 30分ほどボイルするだけ美味しく食べれる優れものだ。


 俺は自分のテントの前に折りたたみ椅子を広げ、腰を下ろす。

 鍋にペットボトルの水を入れ、ガスバーナーにセット。

 火をつけて鍋の水が沸騰したら、戦闘糧食なウィンナーカレーを袋ごとドボン。


「ふんふふふふふふんふふんっ♪」


 鼻歌で世界一可愛いひとの曲を奏でながら、待つこと30分。

 キッチンタイマーが鳴り、戦闘糧食を鍋から引き上げる。

 袋を開け、左手にウィンナーカレー。右手にはスプーン。


「いっただっきまーす。あむ…………おおっ! 予想よりぜんぜんうんめぇ!」


 ウィンナーカレーは、防災用の保存食とは思えないクオリティだった。

 運動(戦闘)後ということも相まってか、カレーをすっごく美味しく感じたのだ。


「いやぁ、大自然に囲まれて食べるカレーは最高だぜ」


 とか言いながらカレーの香りをプンプンさせていると、


「アイツなに食べてるんだ?」

「なんだこのうまそうな匂いは……」

「くそ、こんな匂いを嗅いじまったら腹が減るぜ」


 周囲に受験生のみなさんが集まってきてしまった。


「誰だあの小僧?」

「知らないのか? ハウンドドッグ(猟犬)の奴らとよく一緒にいる『マサキ』って冒険者だよ」

「マサキ? ああっ! ひょっとしてあの(・・)マサキか。しょっちゅう大量の薬草を見つけてくるっていう『薬草のマサキ』か」

「へー、あいつがねぇ」


 俺は冒険者ギルド『黒竜の咆吼』では、ちょっとした有名人。

 ロザミィさんたちハウンドドッグと一緒にいる近江メンバーとしてや、薬草の納品量がぶっちぎり1位の薬草おじさんとして知られているのだ。


「おれたちも何か食うか?」

「だな。つっても、薬草のマサキと違って干し肉ぐらいしかねぇけどよ」

「飯にしようぜ」


 俺のミリメシがきっかけで、他の受験生のみなさんが夕食の準備をはじめる。

 さすが昇級試験を受けに来るだけあって、みんな食料は持ってきてたみたいだな。

 なかには試験中に狩ったとみられる、モフモフしたモンスターを捌いてる冒険者たちもいた。


 全員が夕食の準備をはじめるなか、例外が一名。


「ん? ドロシーさんってば、夕食どころか寝床の準備もしてないみたいだぞ」


 さっき見たときと変わらず、ドロシーさんはキャンプ地の隅っこに座り込み、膝を抱えていた。

 体育座りってやつだ。


「まさか、夜を明かす準備をしてこなかったとか?」


 さすがにそれはないだろうとは思う者の、相手はお貴族様だ。

 錦糸町在住の俺でも知っているような、冒険者の基本ですら知らない可能性は捨てきれない。


 よくよく考えてみたら、ドロシーさんの荷物すっごい少なかったもんな。

 てっきりスピードを活かした戦闘スタイルからそうなのかと思ったけど、ただ単純に知らないだけじゃないのか?


「……くしゅん」


 俺の視線の先で、ドロシーさんがかわいいくしゃみをする。

 寒いのか、ぶるりと身を震わせ両腕で肩を抱いているぞ。


「しかたがない……か」


 俺は勇気を振り絞ってドロシーさんに近づいていく。

 嫌われているのは重々承知の上だ。


「あの、ドロシーさん」

「ひゃっ、ななな、なんですのぉマサキさん? わたくしに何かご用かしらぁ?」


 急に声をかけたからか、ドロシーさんはわたわた焦り、髪を整えたり、服についた汚れを手で払ったりしている。


「ドロシーさん、明日の朝までこのキャンプ地で夜を明かさないといけないそうなんですけど、ドロシーさん野営の準備ってしてきました?」

「……」


 あ、これしてないな。

 ホッカイロも防寒着も錦糸町から持ってきてるから、俺は外で寝てドロシーさんにはテントを使ってもらいますか。


「もしよかったらですけど、俺のテント使います? 夜風に当たると風を引いてしまいますからね」

「わ、わたくしはここで問題ありませんわぁ」

「まーまー、そう言わないでくださいよ。一時的だったとはいえ、一緒にパーティを組んだ仲なんです。せっかくですから、朝までパーティとして過ごしましょうよ」


 俺はそう提案してみる。

 冒険者は常に気の合う仲間と行動できるとは限らない。

 サラリーマンと一緒で、合わない相手と一緒に仕事することも多いのだ。


 俺と一緒にいるのはドロシーさんにとって苦痛なのはわかる。

 でも、その苦痛も含めて、今後の成長の糧にしてもらいたい。

 あ、なんか俺、めっちゃ先輩冒険者っぽいぞ。


「それに俺なら暖かい夕食も用意できますよ。ね、どうです?」


 笑顔を作りそう伺うと、


「わ、わかりましたわぁ」


 ぷいと顔を逸らしながらも了承してくれた。


「ありがとうございます。俺は外で寝――」

「そこまでおっしゃるなら、貴方のテントで一晩一緒(・・・・)に過ごさせていただきますわぁ」


 あれ?

 一緒に寝るつもりなの?

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