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第10話 昇級試験 その5

 俺たちはゴブリン大軍団にいつの間にか包囲されていた。

 大軍団のなかには、ホブゴブリンをはじめとした上位種の姿もちらほら見える。


「…………くぅっ」


 常に余裕を感じさせてドロシーさんも、これにはフリーズ。

 顔が後悔と悔しさで歪み、親指の爪を噛んでいるぞ。

 一方でゴブリンたちはといえば、群れて強気になっているのか、ニヤニヤにたにたと底意地の悪い笑みを浮かべていた。


『ごぶっごぶっ』

『ごぶぅぅぅぅ』

『ごぎゃぶるっはっはっ!』


 大方、俺たちをどう料理するか相談でもしているんだろう。


「ごめんなさいマサキさん、わたくしの声が大きかったばかりに……」


 そう謝り、しゅんとするドロシーさん。


「せめてわたくしが囮になりますわ。貴方はお逃げになってくださいまし」


 ドロシーさんがレイピアを構え、包囲の輪を狭めてくるゴブリンたちを見据える。

 へー、ピンチになると語尾が伸びなくなるんだ。


「ドロシーさんを置いてひとり逃げれるわけがないでしょう? こう見えて俺、小さい頃『男たるもの婦女子を守護れる男になれ』って、近所で町道場をやってる本部もとべさんに教わってきたんですから」


 胸をどんと叩き、なるたけ余裕っぽい表情をつくる。

 そしてドロシーさんの傍に移動し、背中を合わせ互いの死角を消す。

 こーゆー互いの背後を守り合うシチュエーションって、最高に冒険者っぽいよね。


「というわけで、ドロシーさんと俺は逃げるときも戦うときも一緒です。ずっとずっと一緒です。仲間(・・なんですからね」

「マサキさん、貴方……」


 背中合わせにしてるから表情は確認できないけど、なんかドロシーさんの声がやたら湿っぽい。

 俺の言葉が、心のグッとくるポイントに刺さったのかもしれないな。


「……ありがとうございます。迷惑ついでにひとつ、頼まれてくれないかしら?」

「なにをです?」

「もしわたくしがゴブリンに辱めを受けそうになったら、わたくしを殺して欲しいのです」

「ドロシーさん……」


 ゴブリンが多種族を攫い繁殖することは、あまりにも有名だ。

 貴族とはいえドロシーさんも冒険者だから、そのことは知っていたみたいだな。


「約束してくださいますか?」

「そんなのダメです」

「ですが……わたくしは誇りあるチャイルド家の者。魔物に辱めを受けたとなれば、たとえ生き永らえても帰る場所なんかありません」

「大丈夫ですよ。無傷で家に帰ればいいだけです。そんじゃ……いっきますよー!!」


 俺は魔力を高め、右手のひらをドロシーさんに向ける。


肉体上位強化(ハイブースト)!! そんで自分にもハイブースト!」


 まずはド定番の肉体強化魔法で身体能力をガツンと底上げし、


自動回復(オート・ヒール)!」


 ダメージを負っても一定間隔で回復する魔法をかけ、


魔法反射(リフレクション)!!」


 万が一に備えて対魔法防御までプレゼント。


「準備完了です! さあ、ゴブリン! かかってきやがれ!」

「…………」


 ノリノリな俺とは違い、ドロシーさんは黙ったまま。

 自分の体(補助魔法の影響でうっすら発光してる)と俺(やっぱりうっすら発光している)とを、交互に見ているぞ。

 何か言いたげなご様子だ。


「…………マサキさん、貴方――」

「いっくぞー! これが開戦の狼煙だ! ファイアサークル!!」


 ドロシーさんの言葉を無視し、俺は攻撃魔法を放った。

 炎の壁が俺を中心に放射状に広がっていき、近くにいたゴブリンをこんがりと焼いていく。

 まさか範囲魔法で攻撃されるとは思っていなかったからか、ゴブリンたちは大慌て。


「先制攻撃が決まりました。さあドロシーさん! ドロシーさんのレイピアの出番ですよ!」

「あぁ……もうっ。貴方には後で話がありますからねっ!」

「あはははは、知ってます? 冒険者に過去を訊くのは野暮らしいですよ」

「わかりましたわっ。なら貴方の信頼を勝ち取ってから訊くことにしますっ!」


 ドロシーさんは不満たっぷりな顔でそう叫びつつも、


「おどきなさいっ! はぁぁぁっ!」

『ごぶらっ!?」

「次は貴方ですわっ! やぁっ!」

『ごべしっ!!』


 次々とゴブリンたちを一撃の下屠っていく。

 身体能力が劇的に上昇したいま、ドロシーさんにとってゴブリン如き物の数ではない。

 アリを踏んずける無慈悲なキッズの如しだ。


「体が軽いですわ。これならいくらでも……おーっほっほっほ!! さあ、わたくしが駆除してあげますわぁ!」


 ドロシーさんの高笑いが戻ってきたぞ。

 補助魔法のフルコースを受け、余裕を取り戻したみたいだ。


「すごいなードロシーさん。俺も先輩として負けらんないな」


 俺は厨二感あふれる革製の指ぬきグローブをはめ、拳を握る。


「せっかくボクシングの練習したんだ。ここでつかわなきゃ嘘だよね。いっくぜぇぇ! ウイニング・ザ・虹!!」


 闘技アーツが次々とさく裂し、俺の必殺拳を喰らったホブゴブリンが地面と水平に吹っ飛んでいく。


「そこですわっ!」


 ドロシーさんの刺突が放つ。

 心臓を貫かれたゴブリンシャーマンが絶命する。


「円月パンチッ!!」


 円を描くようにして放たれた俺の必殺パンチが、背中を向けていたグレートゴブリンを背後から一刀両断する。

 もう、俺たちの攻勢が揺るぐことはなかった。


「その程度の攻撃、いまのわたくしには当たりませんわぁっ やぁぁっ!」

「こいつは当たると痛ぇぞ! ギャラクティカ・44マグナムッ!!」


 ドロシーさんのレイピアが煌めくたび、ゴブリンが地に倒れ伏す。

 俺の拳が唸るたび、ゴブリンが天へと打ち上げられ、頭から地面に落ちていく。

 なんか他にもゴブリンの上位種がいたけど、いまの俺たちの敵ではなかった。


 俺は自分が強くなった実感を、ドロシーさんは補助魔法の素晴らしさを体感で得て、無傷でゴブリン戦を終えるのでした。



 ◇◆◇◆◇



 今回も戦闘後の討伐部位切除(チョッキン)は俺の役目だった。


「お待たせしました」


 倒したゴブリンの耳を切り落とした俺は、グロテスクな中身でパンパンになったジッパロックを革袋にしまい込む。

 しばらくミミガーとか食べれる自信がないぞ。

 来週、会社の同僚たちと行く予定だった沖縄料理店はキャンセルしよっと。


「ご苦労様ですわぁ」

「ドロシーさんも見張りお疲れ様です」


 俺がゴブリンの耳を切り落としている間、ドロシーさんは新手が現れないか周囲を見張り、警戒していてくれたのだ。


「さて、ゴブリンも昇級試験の対象モンスターでしたから、あとはギルドのキャンプ地(拠点)に戻れば合格ですね」

「貴方がいてくれたおかげで一日で終わりましたわぁ」

「なんのなんの、前衛を引き受けてくれたドロシーさんがいたからですよ。俺一人だったらもっと苦戦してました」

「冗談はよしてくださいましぃ。貴方ほどの実力があれば一人でも簡単に倒せたのではなくてぇ?」


 ドロシーさんから高評価を頂いたぞ。


「それこそよしてくださいですよ。俺はそんなに強くないですから。冒険者は互いに支え合い、その力を何倍にも高め合うんです。今回の勝利は、ドロシーさんがいてくれたからこそなんですよ。だからドロシーさん、ありがとうございます」

「…………あ、貴方がそう言うのなら、そういうことにしておきますわぁ」


 そう言うと、なぜかドロシーさんはぷいとそっぽを向いてしまった。

 夕日に照らされているからか、ほっぺがほのかに赤い。


「それじゃキャンプに戻りましょう」

「え、ええ」


 回れ右をし、もと来た道を戻りはじめる。

 しかーし、ドロシーさんは俺の方をまるで向いてくれない。

 見向きもしないってやつだ。


 どっかで彼女の地雷でも踏んでしまったのだろうか?

 今日一日の記憶を遡るも、思い当たる節がない。


「んー……」

「…………」

「んーーーー……」

「…………」


 わざとらしく考え込むフリをしても、ツッコミはなし。

 なんてこった、これはガチで嫌われてしまったのかもしれないぞ。


 せっかく仲良くなれたと思っていたのに、嫌われてしまうとは情けない。

 でも、ムロンさんから仰せつかった守護るという、最低限のミッションはこなせたからそれで良しとしておきますか。


「ドロシーさん、こっちです」

「……ええ」

「日が暮れる前に戻れそうで良かったですよねー」

「……ええ」

「暗くなると危険なモンスターとかも出ますからね」

「……ええ」

「い、いやー、俺もついに昇級かー。うれしいなー」

「……ええ」


 ぜんぜん嬉しくない。

 いくら話題を振っても、「ええ」しか言わないドロシーさんと、めげずに話しかけ続ける俺。

 暖簾に腕押し、糠に釘的な不毛な会話を続けながら、俺たちはギルドのキャンプ地に戻るのでした。

普通のおっさん6巻は夏ごろお届けできそうです。

ここまでこれたのも応援してくださっているみなさんのおかげです。

本当にありがとうございます(´;ω;`)

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― 新着の感想 ―
ミミガーはミミガーで美味しそうですしブラックタピオカはブラックタピオカで水生生物の卵みたいだけど美味しいですし。
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