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第9話 昇級試験 その4

  昇級試験中の俺とドロシーさんは、森をずんずん進んでいた。

 ときたま左右を指さして、


「どっちに行きます?」


 とお訊きしてみるも、ドロシーさんは常に、


「まっすぐですわぁ」


 とお答えになるため、必然的に森の奥へ奥へと進むことになったかたちだ。

 なんでも、貴族というものは常に前へと進むものらしい。


 脇道に逸れるなんて以ての外なんだとか。

 んなことしてたら、回れ右してゴーホーム出来ないじゃんね。


「モンスターが出ないわねぇ。わたくしたちを恐れているのかしらぁ?」

「その可能性はありますね。冒険者が集団で森に入ってきたから、案外警戒してるのかもしれません」

「ふぅん。そういうものなのねぇ」


 モンスターと侮るなかれ。

 この森にはゴブリンやオークといった、悪知恵が働くモンスターも数多いる。

 新人冒険者にありがちな、たかが雑魚モンスターと甘く見て舐めプしていると、手痛いしっぺ返しを受けることになるのだ。


 あのハウンドドッグの三人も、オークと思って甘く見てたらオーク・キングが出てきちゃって大変なことになったしね。

 冒険者たる者、クエスト中はいつだって常在戦場。

 エンジョイ勢の俺ですら、モンスターが出る場所で油断なんかしちゃいない。


「貴方、見かけによらず経験が豊富なのねぇ。本当にわたくしと同じ黒曜級なのかしらぁ?」


 俺を見るドロシーさんの瞳に、僅かだか疑いの色が混じる。

 領主さん(名前知らない)の用意したボディガードなんじゃないかと、俺を疑い始めたのかもしれない。


「よく一緒に行動してる先輩冒険者たちに教えてもらっただけですよ」


 俺は誤魔化すように笑い、「それに――」と続ける。


「実は俺、昇級とかあんま興味なかったんですよね。ほら、普通に生活するだけなら黒曜級のままでもぜんぜん問題ないじゃないですか?」

「あらぁ、そうなのぉ?」


 しまった。相手はお貴族様だった。

 庶民と金銭感覚か桁二つみっつズレててもおかしくないぞ。


「ええ、そうなんですよ。黒曜級でも贅沢しなければ普通に暮らせます。俺はそれで十分だったんですよねー」

「ならどうして昇級試験を受けることにしたのかしらぁ?」


 ドロシーさんが小首を傾げて訊いてくる。


「それなんですけど、黒龍の咆哮で懇意にしている受付の方から、『ギルドの沽券にかかわるからいいかげん昇級試験を受けて下さい』的なことを言われてしまいまして……。なんでも、実力のある冒険者が黒曜級のままだとギルドの評判が悪くなっちゃうそうなんですよ。それで仕方なく受けることにしたわけです。でも……」

「……でもぉ?」


 俺はドロシーさんを見つめ、肩をすくめる。


「ぶっちゃけ、めんどくさいですよね」

「…………ふふっ、うふふっ」


 ドロシーさんは口元を隠しながら笑いを堪えようとしているけど……


「あははははっ」


 ダメだったようだ。

 お腹を押さえ、目に涙を浮かべながら大笑いしている。

 まさかそんなにツボに入るとは思ってなかったぜ。


「面白いわぁ。貴方、本当に面白いわぁ」

「あはは、ありがとうございます」


 領主の娘という貴族生まれ箱入り育ちだったからか、ドロシーさんの笑いの沸点はかなり低いみたいだな。


「この試験が終わってもクエスト(冒険)に行く時は声をかけてもいいかしらぁ?」

「ぜひぜひ。俺でよければいつでも声掛けください。あ、でもできれば日帰りでお願いしますね」


 と言い、心の中で錦糸町に帰らないといけないしね、と付け足す。


「嬉しいわぁ。わたくし、ずっと仲間を――相棒パートナーを探していましたのぉ」

「へー、そうだったんですか」


「ええ。だって吟遊詩人が歌う冒険譚では、英雄の隣には英雄を支える仲間がいるじゃなぁい?」

「確かに」

「ですからわたくし、信頼できる仲間が欲しくてたまりませんのぉ。ああ、理想を言えば生涯を共にする相棒パートナーが良いですわね。尤も、未だに巡り合えていませんけどぉ」


 生涯を共にって、あなたどんだけ冒険者を続けるおつもりなんですか。


「だ、か、らぁ――」


 ドロシーさんが俺をじっと見つめ、続ける。


「貴方がわたくしの探し求めていたパートナーであることを願いますわぁ」

「いやー、そんなに期待をかけられると困っちゃいますね、でも、ご期待に応えられるようがんば――ッ!?」


 俺は何かの気配を感じ、反射的に腰を落とす。

 そして人差し指を口にあて、ドロシーさんにもジャスチャーでしゃがむよう合図を送る。


「何事かしらぁ?」


 ドロシーさんが小声で訊いてくる。

 

「奥から音がしました。モンスターの可能性があるので注意してください」

「……わかったわぁ」


 俺とドロシーさんは息を殺し、森の奥を見据える。

 10秒が経ち、20秒が経ち……。


『グガガガガ……』


 草木をかき分け、なんか強そうなモンスターが姿をあらわした。


「あれはなんていうモンスターかしらぁ?」


 獣の皮を纏い、手には錆だらけのブロードソード。

 サイズこそ違えど、その醜悪な顔を一目見ればわかる。

 俺は警戒レベルを引き上げ、答える。


「たぶんですけど、ホブゴブリンです」

「ふぅん。ゴブリンの上位種だったかしらぁ?」

「ですね」

「なぁんだ、ゴブリンだなんて警戒して損しましたわぁ」


 ドロシーさんが俺の耳元でため息をつく。

 吐かれた息がそよ風となって俺の耳をくすぐる。


「……っ」


 っぶねー。思わず変な声が出そうになっちゃったぜ。

 抗議の視線をドロシーさんに向けるも、本人はそよ風事件の加害者であることに気づいてもいないご様子。


 それどころか、ゴブリンと知って油断しているのか、緊張感のない表情をしていた。

 よーし、ならパイセン(先輩)冒険者として、いっちょ注意を促したりますか。


「相手はホブゴブリンです。ゴブリンと同じように侮ると痛い目――って、ちょっ!? ドロシーさん!!」


 ホブゴブリンをゴブリンと同程度と考えているのか、


「わたくしの剣の露にしてあげますわぁ」


 ドロシーさんったら、腰からレイピアを抜いて襲いかかっていってしまったじゃありませんか。


「わーお」


 とか言って驚いてる場合じゃない。


「ちょまっ、待ってください!」


 俺は慌ててドロシーさんを追いかける。

 ドロシーさんを敵と認識したホブゴブリンは、牙を剥いて咆哮をあげる。

 威嚇しているのだ。


 しかしドロシーさんの足は止まらない。

 むしろ、よりスピードを増していた。


『ごぶるるるるっ!!』


 ホブゴブリンがブロードソードを水平に振った。

 バックステップで躱すドロシーさん。


「そんなもの当たりませんわぁ」


 ホブゴブリンがブロードソードを引き戻すよりも速く――


「今度はわたくしの番ですわぁ!」


 ドロシーさんのレイピアから放たれた刺突が、ホブゴブリンの首に突き刺さる。


「ごぶぎゃっ!?」


 喉を貫かれたホブゴブリンが、ブロードソードをめちゃくちゃに振り回す。

 バットしかし、ドロシーさんはすでの刃圏の外へと跳び退いている。


 見惚れてしまうほど華麗なヒット・アンド・アウェイ。

 足を止めて斬り合うのではなく、スピードを乗せた刺突による一撃必殺。

 『必死』と書いて必ず死なす技だ。


「おーっほっほっほ! 所詮はゴブリンね。わたくしの敵ではありませんわぁ。おーっほっほっほ!!」


 ドロシーさんは口元に手の甲を添え高笑い。戦闘でアドレナリンが出まくってるんだろうな。テンションがちょっこし高めだ。


 一方のホブゴブリンといえば、刺された喉から血をぶしゅーっと噴水のように吹き上げながら、ゆっくりと命の灯が消えていった。


「おーっほっほ。この程度のモンスターなら警戒するまでもありませんわぁ!」

「ドロシーさん、騒ぐのはそのへんにしておきましょう。少し静かにしてください」


 俺に叱られたドロシーさんの目が細まり、挑発的な視線を向けてくる。


「あらぁ……。ひょっとしてご自分がご活躍できなかったことが悔しいのかしらぁ? 殿方としては女のわたくしに先を越されたのがお悔しいとかぁ?」

「ぜんぜん違います。それよりすぐ場所を変えましょう」

「どうしてぇ?」


 不思議そうな顔で訊いてくるドロシーさん。

 うーん。戦闘力は高いけど、やっぱこの辺はまだまだルーキーなんだな。


 仕方がない。いっちょパイセン冒険者っぽいとこ見せちゃいますか。

 俺は人差し指をピンと立て、説明をはじめた。


「ゴブリンが単独で行動することは稀です。でも、このホブゴブリンは単独だった。……この意味がわかりますか?」


 ドロシーさんは数秒考え、口を開く。


「……まだ他にもゴブリンがいるってことかしらぁ?」

「正解です。ですので急いでここから移動しましょう」

「ゴブリンなんかいくら出てもわたくしの敵じゃありませんが……わかりましたわぁ。ここは冒険者としてわたくしよりも経験の長い貴方の意見を尊重しましょう」


 渋々、といった感じでドロシーさんが頷く。


「俺を立ててくれてありがとうございます。じゃー、行きますよ」

「あ、ちょっと待ってくださる? ホブゴブリンの討伐証明となる部位は切り落とさなくていいのかしらぉ?」


 ホブゴブリンを倒したともなれば報奨金もそれなりに期待できるし、なにより昇級試験を一発合格してもおかしくないレベルのモンスターだ。


「わかりました。俺があたりを警戒してるんで、ドロシーさん耳を切り落としてきていいですよ」

「嫌ですわぁ」

「へ?」

「わたくし、あんな醜いモンスターに触れたくありませんの」

「…………」

「ここはやはり殿方が切り落としてきてくれないかしらぁ?」

「…………」

「ダメなのぉ?」

「…………わかりました。なら俺が切り落とすんで、ドロシーさんは周囲の警戒しておいてください」

「承知しましたわぁ」


 どっちがホブゴブリンの耳をチョッキンするか決まった。

 俺は腰からコンバットナイフを引き抜き、ホブゴブリンの右耳に充てる。


 まだまだこの手のことには慣れない。

 毎回手がプルプルしちゃうぐらいだ。

 でも――


「ごめんよ」


 俺は意を決し、耳を切り落とす。

 そしてそれをファスナー付きのプラスチックバック、『ジッパロック』に入れてから皮袋にしまい込む。

 一連の作業を終え、ドロシーさんに顔を向ける。


「ドロシーさん終わりましたよって、……えぇ?」

「申し訳ありませんマサキさん。どうやらわたくしたち……」


 顔をあげると、ドロシーさんというか、俺たちは、



『ごぶるるるっ!』

『ごぶっごぶっ!!』

『ぶるるるるるぅぅぅ……』


ゴブリンの群れにめっちゃ囲まれていた。

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