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第8話 昇級試験 その3

 ムロンさんから縦ロール婦人の護衛という極秘指令を受けた俺は、


「あ、あのー……」


 仕方なく縦ロール婦人に話しかけた。

 彼女を守護るためには、彼女とパーティを組むのが一番。

 警戒されないよう、仲良くならなければならないのだ。


 一度もやったことはないけれど、なんかナンパみたいで緊張するぜ。


「んん? なぁにぃ?」


 縦ロール婦人が振り返る。


「……あらぁ。先ほどの殿方じゃないのぉ。わたくしに何の御用かしらぁ?」


 警戒し強張っていた縦ロール夫人の表情が、俺の顔を見た瞬間僅かに緩む。

 さっきの馬車の中で声かけといて、ホントよかった。


「えーっと……ですね」


 縦ロール婦人の後ろ。

 つまり死角にいるムロンさんが、イケイケゴーゴーとばかりにジャスチャーを送ってくる。


「なんといいますか……」

「ふぅん?」


 まずい。このままじゃ縦ロール婦人が警戒してしまうぞ。

 考えろ。考えるんだ俺。


「あ、もっ、森! 森に入った経験はあるんですか?」

「わたくしだって冒険者ですわぁ。野外活動の経験ぐらいありましてよぉ」

「で、ですよねー」


 しばしの間。

 たった数秒なんだけど、気まず過ぎて永遠にも感じちゃうぜ。


「話は終わりかしらぁ? わたくしそろそろ狩りをしたいんですけれどぉ」


 縦ロール婦人が話を切り上げにかかる。

 このままじゃ極秘ミッションに失敗してしまうぞ。


 普段からお世話になりまくっている、ムロンさんたって頼みなんだ。

 ダメでした、なんて申し訳なさすぎるじゃんね。

 諦めるな俺。この状況を打破する一手を考えろ!

 思考をフル回転させるんだ。


 そんな俺の神の一手は、

 

「あ、あ、ななな、なっ、名前を教えてください!」


 対人関係を築く基本中の基本。

 名前を訊くことでした。


「……わたくしの名を知らないのかしらぁ?」

「は、はい! そのっ、さっき馬車で一緒だったじゃないですか? そ、それでなんかとてもあなたのことが気になってしまいましてっ」

「……っ」


 縦ロール婦人の表情が一瞬固まる。

 まさか失言してしまったか?

 ちっくしょう。ここまできたら突っ走るしかないじゃん。


「そ、それでですね、名前――名前だけでも教えてくれませんかっ?」

「…………」

「ダメ……ですか?」


 ムロンさんごめん。なんかダメっぽい。

 とか諦めかけた瞬間、縦ロール婦人が「うふふ」と笑い声を出したじゃありませんか。


「うふふ。いいわよぉ。でもその前にぃ……」


 小悪魔的な笑みを浮かべた縦ロール婦人は続ける。


「殿方から名乗るのが礼儀ではなくってぇ?」

「ああっ! す、すみません! 俺――じゃない、僕! 僕は正樹っていいます。近江正樹。近江が家名で、正樹が名です!」


 そう名乗ると、縦ロール婦人はまず俺のフッサフサな黒髪を見て、次に黒いつぶらな瞳を見て、


「家名と名が逆なのは、異国の方だからなのねぇ」


 と感心したように言った。


「はい。この国的には正樹・近江になりますね」

「マサキ・コノエね。憶えましたわぁ。わたくしの名はドロシー・ロナ・チャイルドですわぁ。どうぞよろしく」


 縦ロール婦人改め、ドロシーさんはそう名乗ると、優雅に一礼して見せた。

 さすが本物の貴族さんだけあって、一挙手一投足が美しいぞ。


「こ、こちらこそよろしくお願いします! おなじギルドに所属する冒険者同士、仲良くしてもらえると嬉しいです!」


 そう言うと、ドロシーさんがクスクスと楽しそうに笑う。


「面白い殿方ねぇ。わたくしをチャイルド家の人間としててではなく、『冒険者』として親しくなりたいとおっしゃったのは、貴方がはじめてですわぁ」

「あっ!? ひょ、ひょっとして失礼しちゃいました? だとしたらすみません!!」


 俺は慌てて頭をさげる。

 なんせここは異世界なファンタジー世界だ。


 この世界――そしてこの国において貴族といえば、一般ピーポーが気さくに声をかけていい相手なんかじゃ決してない。

 場合によっては打ち首獄門からの、一族郎党皆殺しプレイが待っていてもおかしくないぞ。


「おーっほっほっほ! そういう意味じゃないわぁ。貴方に興味が湧いたという意味で言ったのよぉ」

「興味? 俺……じゃなくて僕に?」

「ええ。わたくしを『冒険者』として見てくれたのは貴方がはじめてですのぉ」


 ドロシーさんの顔はどかこ嬉しそうだ。


「マサキさん、」

「な、なんでしょう?」

「もしよろしかったら、今回の昇級試験わたくしのパートナーになっていただけないかしらぁ?」


 まさかの逆オファー。

 答えはもちろんイエスだ。


「は、はい! よろこんで!」

「うふふ、よろしくお願いいたしますわぁ」

「こちらこそです!」


 俺はつい反射的に握手をしようと手を伸ばしてしまう。


「……この手はなぁに?」

「握手です。仲間になった証に、手を握り合うんですけど……すみません。失礼でしたか?」


 手を引き戻そうとした瞬間、柔らかな感触に包まれる。

 ドロシーさんが両手で俺の手を取ったのだ。


「そんなことはないわぁ。だって『仲間』なんですものぉ」

「そ、そうです! 仲間です!」


 俺は縦ロール婦人と握手し、ぶんぶんと振る。

 そんな俺たちを見ていたムロンさん(未だ視界の端にいる)が、地面に膝をつけて「よっしゃー!」とばかりに両手を天に掲げていた。



 ◇◆◇◆◇



 ドロシーさんは剣士だった。

 小さなころからお兄さんたちに交じって正規の剣術を学んでいたそうで、その実力はお抱えの騎士たちにも引けを取らないと、自信満々に語っていた。


「それで貴方の職業ジョブはなにかしらぁ?」

「俺ですか? 俺は魔法戦士です。まー、自称ですけどね」


 魔法戦士と聞いて、ドロシーさんが驚いた顔をする。


「あらぁ、魔法戦士なんて珍しいわねぇ。魔法はなにが使えるのかしらぁ?」

「いろいろ使えますよ。まず攻撃魔法に回復魔法でしょ。パーティ組んで複数で敵にあたるときは補助魔法なんかもバンバン使ってますし、ハゲ散らかしたおじさまたちの頭部に奇跡を起こすことも稀にあります」

「…………」


 ドロシーさんがなぜかフリーズ。


「あれ? ドロシーさん?」

「………………冗談ですわよねぇ?」

「本当です。なんか俺――じゃなくて僕、」

「無理しなくていいわぁ。それに『俺』の方が殿方として魅力的ではなくてぇ?」


 気をつかってくれたのか、ドロシーさんがそう言ってきてくれた。


「ありがとうございます。なら、今後は『俺』と言いますね」

「自然体が一番よぉ。無理に取り繕われても、わたくしの方が疲れてしまいますわぁ。それで……魔法戦士というのは本当なのかしらぁ?」

「ええ、本当です」


 キッパリと言うと、ドロシーさんは感心したように何度も頷いたあと、


「ふぅん。それが本当ならすごいことですわぁ。本当・・なら、ですけどねぇ」


 と言ってきた。

 ロザミィさんやムロンさんの話によると、俺みたいに魔法戦士(自称)はめったにいないらしいから、信じてもらえないのも仕方ないか。


「まー、そのへんは一緒に行動してればわかりますよ。モンスターとの戦いで俺の魔法がさく裂しちゃいますからね!」

「自信があるのねぇ。期待してますわぁ」

「じゃー、行きましょうか? 希望の対象モンスターとかいます?」

「見つけた端から倒していくのはどうかしらぁ?」


 こんな脳筋っぽい発言が飛び出してくるなんて、ドロシーさんはなかなかに自信家なご様子。

 

「わかりました。なら対象モンスターを探しつつ、遭遇したのから順に倒していきましょう」

「それでいいわぁ」


 こうして、俺とドロシーさんの昇級試験ははじまったのだった。 

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