第6話 昇級試験 その1
「……え? 昇級試験ですか?」
「はい。昇級試験です」
訊き返す俺に、レコアさんが頷いて答える
笑顔を浮かベてはいるものの、その口調は強い。
「俺が?」
「マサキさんが」
「昇級試験を受けると?」
「はい。受けて頂きます」
「わーお。えとっ、理由を訊いても?」
「もちろんです」
レコアさんはコホンと咳払いをし、人差し指をピンと立て、
「なぜマサキさんに昇級試験を受けて頂きたいかと申しますと――――……」
説明をはじめた。
「――と、いった理由から、マサキさんには是が非でも昇級試験を受けて頂きたいわけです。これは、ギルドマスターからの要請でもあります」
レコアさんの話を簡単にまとめると、こういうことだった。
脅威度の高いモンスターの討伐や捕獲を繰り返している俺のランクは、未だに最下級。
実力のある冒険者を昇級させないのは、他の冒険者に示しがつかないし、最悪の場合はギルドの悪評が広まって所属冒険者の数が減ってしまうこともあるそうだ。
実力のある冒険者は、相応のランクや報酬を得てしかるべき(低ランクだと受けれない依頼があるから)とのことで、『黒龍の咆哮亭』が風評被害に遭わないため、そしてなにより俺自身のために試験を受けてさっさと昇級して欲しいとのことだった。
「な、なるほど。わかりました」
「よかった。わかっていただけましたか」
レコアさんの表情が安堵したように和らぐ。
ひょっとして、上司のギルドマスター氏にすげぇせっつかれていたりしたのかな?
だとしたら申し訳ないことしてたな。
「えーと、それで俺はどうしたらいいんですかね? 昇級試験はいつ行われるんです?」
「7日後の朝から予定しています。試験の内容については当日お伝えしますが、特定のモンスターの討伐や、希少薬草などの採取になると思います」
「おー、やっぱそーゆーのですよね」
「ここだけの話ですが、試験内容は私よりもムロンの方が詳しいと思いますよ」
「あー、そっか。よく試験官とかやってますもんねー」
「はい。では、七日後の試験を受けるということでよろしいでしょうか?」
「おっす。お願いします」
俺の返事を聞き、レコアさんは安心したように微笑み、受付へと戻っていった。
レコアさんの背中を見送っていると、
「ねーねーおにーさん」
テーブルに広げたフルーツタルトをがっついていたミャーちゃんが、俺の服をひっぱってきた。
「はいはい、なんです?」
ミャーちゃんは手に着いたクリームをペロペロしながら俺を見あげ、
「おにーさん、まだ黒曜級だったんだねー。なんでおにーさんほどの実力で黒曜級なんだにゃ? 昇級しよーと思わなかったのかにゃ?」
と訊いてきた。
俺は頭をポリポリ。
「あははは……。俺って簡単な依頼しか受けないから、昇級とか考えたことなかったんですよ」
「ふーん。そーにゃんだー」
本当のことなんか言えるわけないじゃんね。
冒険者のみなさんは、誰もかれも真剣だ。
命をかけて冒険者をやっている、いわばガチ勢なのだ。
一方で、お気楽冒険者な俺はただのエンジョイ勢でしかない。
いや、俺なりに真剣に冒険者やってはいるつもりだけど、本気度という点ではどうしても本職の冒険者さんたちから一歩も二歩も劣ってしまう。
安定した生活を保証されたサラリーマン故の、甘さなんだろうな。
「うん。でもいい機会だから、これからは昇級目指してがんばってみようかな。目指せ白金級! みたいな?」
「いいねー。ミャムミャムも負けないにゃ! おにーさん、どっちが先に白金級になるか勝負にゃ!」
「ええ! お互いがんばりましょう!」
「んにゃ!」
このあと、俺はミャーちゃんはギルドのカフェスペースでお酒を嗜み、ほろ酔い気分で近江シェアハウスへと帰るのでした。
◇◆◇◆◇
そして一週間後。
俺は早起きし、準備を整える。
今日は昇級試験の日。
お隣に住むムロンさんから訊いたことによると、昇級試験は前に俺が受けた冒険者試験とは違い、昇級を望む冒険者複数人と試験官ひとりによって行われるそうだ。
「今日は昇級試験の日ね。マサキ、がんばるのよ」
「マサキさま、ご武運を」
リビングにいたロザミィさんとキエルさんが声をかけてきた。
ふたりの隣にはソシエちゃんと、
「お兄ちゃんがんばってね!」
「マサキさまっ! ソシエも応援しています!!」
リリアちゃんまでいた。
早起きしてわざわざ見送りにきてくれたなんて、嬉しいよね。
「ありがとみんな。がんばってくるね!」
「お祝いの準備して待ってるから。ヘマするんじゃないわよ」
ロザミィさんが茶化したように言い、俺の背中を叩く。
「はい、お兄ちゃん。おかーさんがつくってくれたおべんとー」
「おー。イザベラさんまた作ってくれたんだ。ありがとねリリアちゃん。イザベラさんにもよろしく伝えといてくれると嬉しいな」
「ん!」
リリアちゃんが渡してくれたお弁当をカバンにしまっていると、ロザミィさんとキエルさんが複雑な表情をしていた。
ふたりとも料理が残念クオリティなので、お弁当とか作るのがとても苦手なのだ。
ソシエちゃんの話によると、同居人である俺のお弁当を隣に住むイザベラさんが作ることに、ふたりともちょっと悔しさみたいなものを感じているらしい。
そーゆーの、なんか嬉しいよね。
俺は鉄板入りブーツの靴紐を結び、顔をあげる。
「じゃー、いってきます!」
「「「「いってらっしゃーい」」」」
こうして、俺は四人に見送られ冒険者ギルドへと向かうのだった。
◇◆◇◆◇
ギルドに入るとムロンさんが仁王立ちで待っていて、俺を見るなり、
「来たなマサキ」
と笑っていた。
いつものギルド職員のスタイルと違い、今日は革鎧と剣を腰から下げている。
「今日の試験官って、ムロンさんなんですか?」
「おうよ」
「なんかそんな気してたんですよねー」
「がはははは! しっかりついて来いよ」
「がんばります」
どうやら一番乗りだったみたいで、俺とムロンさんは談笑しながら他の受験生を待つ。
やがて、ひとりふたりと集まってきた。
イカツイ戦士。
身のこなしが軽いレンジャー。
ねじくれた杖を持つ魔法使い。
ぞろぞろと年若い冒険者さんたちが集まる中、俺はひとりの剣士風な女の子に目を惹かれる。
なぜなら――
「おほほほほほほほっ! わたくしにとって昇級試験なんて児戯のようなものですわっ」
つややかな金色の髪を縦ロールに巻いたお嬢様が、ノリノリでやってきたからだった。




