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第5話 フルーツタルト

 金曜のゴールデンタイムを占拠した3時間の特番だったのに、俺が鶴田選手を守護しゅごらなくてはいけなくなったせいで2時間以上がリプレイ映像だったそうだ。

 2時間以上も自分の映像が流れ続けたかと思うと、かなり恥ずかしい。

 おれに出来ることといえば、SNSやまとめサイトとかで話題にならないことを祈るばかり。


 試合を終えた俺は、シャワーを浴び汗を流してから私服に着替え、さーて中島と飲みにいくかー、とはしゃぎかけたところで、


「近江さーん、今日はお疲れちゃんでしたー」


 とプロデューサーさんに声をかけられた。

 プロデューサーさんは満面の笑みを浮かべ近づいてくると、両手で俺の肩を揉みもみしてくる。


「あ……ど、ども。お疲れ様でした」


 1000万円ゲットしてしまった気まずさから、無意識に顔が引きつってしまう。

 てか、距離が近いんですけど。


「いやー、鶴田っちをぼっこーんやっちゃったときはどーなるかと思ったけど、視聴者からの反応はかなりよかったみたいなんだよねー。あ、このあとヒマ? スタッフと打ち上げ行くんだけど、近江さんもどう? 行くっしょ?」

「あはは……。このあとセコンドについてくれた友だちとご飯行くんで、今日は遠慮しておきます」

「えぇーっ!? 今日の番組の主役は近江さんじゃないのー。打ち上げに来てくんないと盛り上がんないってぇー」

「いやー、でも中島――あ、彼のことですけど、この彼に好きなお店連れてくって約束しちゃったんですよねー。いやぁ、打ち上げに参加できなくて残念です」


 プロデューサーさんが俺の隣にいる中島を一瞥し、口を開く。


「友達ちゃんは打ち上げ参加したくない? したいでしょ? タレントもくるよー。いま大人気女優のカッキーもくるんだ――」

「僕いきます!! 近江を連れて絶対参加します!! させてください!!!」


 中島は即答だった。

 こうして、俺と中島は打ち上げに参加することになったのでした。


 なお、武丸先輩もご一緒していいか訊いてみたところ、1秒の間もあけることなく「彼はダメっしょ」と言われてしまった。

 まー、武丸先輩は武丸先輩で、応援に駆けつけた『後輩』の方々と飲みに行くそうだから、これでよかったんだけどね。



 ◇◆◇◆◇



 タクシーに乗り銀座に移動。

 打ち上げ会場は、おしゃれなお店を貸し切って行われた。


「今日はみんなお疲れちゃん! 番組の大成功と、新たに誕生したヒーローを祝って、カンパーイ!!」


「「「「「かんぱーい」」」」」


 テレビ業界とタレントのひとばかりだからか、とても華やかな打ち上げだった。

 俺はプロデューサーさんから、「また僕の番組でて欲しいなー」とストレートなオファーを頂き、中島は中島で、


「か、か、か、カッキーと写真撮っちゃったよ!!」


 と大興奮だった。

 素人の中島にも優しく対応するカッキーには驚かされた。

 マジで天使なんじゃないかと思ったほどだ。


 そうそ、驚いたといえば、もうひとつ。

 試合を観に来たタレントさんたちはだいたいマネージャー付だったんだけど、そのマネージャーさんたちがなぜか俺に名刺を渡してきて、「うちの事務所と契約しませんか?」みたいなことを言ってきたのだ。

 なんでも、俺には自分でも気づかないタレントとしての素質があるらしく、テレビに出ればきっとブレイクする、とのこと。


 引退後タレントとして活動してた鶴田選手をツーパン(二発)でKOした俺で、ひと稼ぎしようと考えているんだろうな。

 ホント、芸能界は怖いとこだぜ。


 俺は薄毛時代だったら絶対にこんなオファーかったんだろうなー、とか思いながらも丁重にお断りをいれ、ついでにプロデューサーさんにも、今後の番組出演をお断りさせて頂いた。


 プロデューサーさんは「近江さんの出演あきらめないですからねー」と言い笑ってはいたけれど、その目は真剣そのもの。マジでガチのやつだった。

 番組の企画をぶち壊した俺への復讐のためか、はたまた俺を番組に出すことで視聴率を稼げると考えてるのかはわからないけれど、できれば今日を限りにフェードアウトしたいなと思った。


「まー、また連絡するからさ、一緒にテレビ盛り上げていこうよ!」

「いやー、僕はただのサラリーマンですからねー。なかなか予定を合わせるの大変かなーって。あははは……」

「まーまー、そこらへんは上手いこと調整するから安心してって。あ、近江ちゃん彼女とかいんの? よかったらモデルとか駆け出しのグラビアタレント紹介しようか? おっぱいが超デカいんだよ? こう……ボーンって!」


 プロデューサーさんはグイグイ距離を詰めてくる。

 いつの間にか俺の呼び方が「近江さん」から、「近江ちゃん」になってたほどだ。

 そんな俺とプロデューサーさんのやり取りを見ていた中島が、こっそりと、


「気をつけろよ近江。あのプロデューサー、きっと第二第三の刺客を送ってくるに違いないぞ」


 と耳打ちしてきた。

 そもそも第一の刺客が送られてきてないんだけどね、とは言わないでおいた。

 打ち上げの一次会が終わり二次会にも誘われたけれど、カッキーが帰ってしまったこともあり、俺と中島はなんとか抜けることができた。


 中島は俺の家に泊まることになっていたので、錦糸町に戻った俺たちは、


「んじゃ中島、今日はありがとな」

「気にするなよ。僕と近江の仲じゃないか」

「あはは、そう言ってもらえると助かるよ。ありがと中島。まー、乾杯」

「うん、乾杯。近江もお疲れさま」


 コンビニで買った缶ビールを開け、錦糸公園でスカイツリーを眺めながらふたりで二次会をするのでした。



 ◇◆◇◆◇



 翌日。

 地元に帰る中島を昼に見送ったあと、俺は転移魔法で異世界(こっち)へとやってきていた。


 両手にはスカイツリーのお膝元にあるショッピングモール、東京ソラマチでホール買いしたフルーツタルトをぶら下げている。

 ひとつは俺に色々と指導してくれた、ミャーちゃんへのお礼の品。

 残り二つは、ムロンさん一家と、近江シェアハウスのみんなへのお土産用として買ってきた。


「まずは冷蔵庫に……っと」


 Tシャツにジーパンとラフな格好に着替えた俺は、ムロンさん宅用と近江シェアハウス用のタルトを冷蔵庫にしまい、


「よっし。ギルドに行きますか。ミャーちゃんいるといいなー」


 パーカーを羽織って冒険者ギルドへと向かった。


「正樹はいりまーす」


 そんな宣言をしつつ、冒険者ギルド、『黒龍の咆哮』へと入る。

 ズェーダの街でトップクラスに人気がある冒険者ギルドは、今日も大賑わい。

 デンジャーな雰囲気を纏ったボボサップさんたちで溢れているぞ。


「ミャーちゃんはいるかな?」


 キョロキョロとあたりを見回していると、


「おにーさん、なにしてるにゃ?」

「おわっ!?」


 いつの間にか背後へと忍び寄っていたミャーちゃんに、背中をつんつこされた。

 気配殺すの上手すぎでしょ。


「みゃ、ミャーちゃん……。もー、驚かさないでくださいよー。寿命が縮んだじゃないですかー」

「にゃっはっは、ごめんごめん。ちょっとからかいたくなったんだにゃ。でも、きづけにゃいおにーさんもいけないんだよ?」

「うっ……。確かに。俺も修行が足りないですね」

「だいじょーぶ! ミャムミャムがまた稽古つけてあげるにゃ!」

「ありがとうございます。そうそう、稽古といえば、」

「ん?」


 俺はミャーちゃんと一緒に併設されているカフェスペース(酒場ともいう)のイスへ腰を下ろし、フルーツタルトが入った箱をオープン。

 瞬間、ミャーちゃんの顔が驚きでいっぱいになる。


「にゃにゃっ!? お、おにーさんこれはなんにゃっ!? なんかおいしそーな匂いがするにゃ!」

「稽古つけてくれたミャーちゃんへのお礼です。よかったら食べてください」

「いいのっ!? これミャムミャムがぜんぶ食べていーのっ!?」

「もちろんですよ。そのために買って……ゲフンゲフン……つ、作ったんですから」


 どこで買ったの? って突っ込まれないよう、自分で作ったことにする。

 まー、作ってと言われても困るんだけどね。


「おにーさんありがとにゃっ!」


 ミャーちゃんはお礼を言うと、手にフォークを持ちフルーツタルトにがっつきはじめた。


「美味しい! 美味しい!! ほっぺが落ちちゃうにゃ~~~~~~~!!」


 そのリアクションに、ギルド内の冒険者のみなさまが大注目。

 喉を鳴らしては、どんどん小さくなっていくフルーツタルトを食い入るように見つめていた。


 これはお礼を渡す場所を間違えたかもしれない。

 冒険者のみなさんに捕まる前に、俺はこっそりフェードアウトしようとして……


「マサキさん、少しよろしいでしょうか?」


 誰かに肩を叩かれた。


「は、はい!」


 なんでしょう。

 そう言おうとして振り返ると、そこには――


「レコアさん?」


 ギルドの大人気受付嬢、レコアさんが立っているじゃありませんか。


「れ、レコアさんもフルーツタルトを食べたいんですか?」

「? なんのことでしょう?」


 俺の質問に、レコアさんは小首を傾げる。

 どうやらフルーツタルト絡みではないようだ。


「あはは……な、なんでもないです。ゴホンッ。……それで俺に何か用ですか?」

「ええ。マサキさんにとっても、当ギルドにとっても大切な要件です」

「へ? なんだろ?」


 思い当たるようなことはなにもないな。

 きょとんとする俺に、レコアさんは少しだけ困ったような顔をして、


「マサキさん、昇級試験を受けてはいただけませんか?」


 と言ってきたのだった。

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