第2話 不運と踊っちまった男 その1
まさかの再会を果たした俺と武丸先輩。
「た、武丸先輩がなぜここに……?」
「くっくっく。オレの“後輩”が勝手に“応募”しててよぉ。この祭に“参加”することになったのよぉ」
「なるほど。後輩さんが勝手に送っちゃったんですか。それはなんというか……さ、災難でしたね」
「最初はオレもそう思ったがよぉ、なんでもボクシングチャンピオンを“ベコベコ”にしたら“1000万”貰えるって話じゃねーか」
武丸先輩はそこで一度区切り、にたぁと笑う。
「なら……“行く”っかねーだろ? “無敵”の武丸さんとしてはよぉ」
「ですよねー」
俺は笑顔で相槌を打つ。
武丸さんは神奈川で最強にて最凶だったお方だ。
相手が元ボクシングチャンプだろうとボボサップだろうと、恐れるどころか喜々としてツルハシ片手に挑んでいくデンジャーなお方なのだ。
こんなバラエティ番組の企画に出ていいようなひとじゃない。
ホント、キャスティングしたヤツ出てこいやぁ! て感じだぜ。
「まさか“近江”もいるとは思わなかったけどなぁ」
「それは俺のセリフですよ」
「くっくっく、オモしれーなぁ。まー、“楽しく”やろーじゃねーか」
「あはは、ですね。楽しくやりましょう。なんていうか、ホント楽しく」
俺は「楽しく」を強調したけれど、武丸先輩と俺の感性は大きくズレてるみたいだから、ちゃんと伝わっているかちょっこす不安だけどね。
そんな感じに久しぶりに再会した武丸先輩と会話していると、
「失礼しまーす。これからインタビューに入りまーす」
扉がノックされ、先程のADさんが控室に入ってきた。
「移動するんで、僕についてきてください」
控室を出て薄暗い階段を登り、リングがある会場へと移動する。
どうやらインタビューはリングを背景としてするようだ。
ちらりと見ると、俺のお気に入りの女子アナウンサー、滝河クリスティーヌさんがマイクを握ってスタンバイ。
不覚にも、俺のテンションがプチッとあがる。
美人アナウンサーの滝河クリスティーヌさんはフランス人とのハーフで、いま最も人気がある女子アナウンサーのひとりだ。
彼女から直でインタビューを受けるなんて、それだけで今日来た甲斐があったってもんだぜ。
「じゃー、1番手でサラリーマンの近江さんからインタビューお願いします」
「あ、は、はい!」
ADさんに言われ、背筋を伸ばす。
つい緊張で声が裏返ってしまったぜ。
「近江さんこちらへどうぞ」
「わかっ、わかりました」
ADさんの指示の下、滝河クリスティーヌさんのお隣に移動。
滝河クリスティーヌさんはニコリと微笑み、「緊張されなくて大丈夫ですよ」と俺にだけ聞こえるように囁いてくれた。
なにこの天使? ファンになっちゃいそうなんですけど。
「準備いいですか? 5秒前ぇ、4、3、2、1、」
ADさんがカウントダウンし、0の代わりにハンドサインでキュー出すす。
カメラマンさんがぐぐっと俺に寄り、収録がはじまった。
「番組を御覧の皆様こんばんは。滝河クリスティーヌです。今日はボクシングの元世界王者、鶴田選手に挑む勇敢な方たちをご紹介致します。最初にご紹介するのは――――……」
緊張していたけれど、滝河クリスティーヌさんの卓越したトークスキルにより、可もなく不可もなくといった無難な受け答えができたような気がする。
いまのインタビューが全国のお茶の間に流れるっていうんだから、ちょっとどころか、かなり恥ずかしいよね。
「近江さんお疲れさまでしたー。続いて天光寺ウルフさんお願いします」
「うっす」
ADさんに呼ばれ、天光寺ウルフさんが俺と入れ替わりでカメラの前に立つ。
「自分、新宿のホストクラブ『破天荒』でナンバー1ホストの天光寺ウルフっす。全国のお姉さんたち、自分のとこに会いにくるっす。心までガブガブしてあげちゃうっすよー」
「あの……天光寺さん、滝河クリスティーヌさんがインタビューするんで、インタビューされてから答えてください」
「そんなー。いまのはカットっすか? ないわー。マジないわー」
天光寺ウルフさんはマイペース。
カメラの前でも緊張することなく訊かれてもイないことをペラペラと語り、挙げ句の果てには滝河クリスティーヌさんまで口説きはじめた。
現場の雰囲気がちょっとだけ悪くなるなか、プロデューサーさん(部長の友人)だけは「これは数字取れるぞ……」と楽しそうに呟いていた。
天光寺ウルフさんのインタビューが終わり、大トリは武丸先輩。
現場の皆さま方が、武丸先輩から滲み出る危険な雰囲気に気圧されるなか、プロデューサーさんは「彼いいね。オーラ出てるよ。数字取れちゃうんじゃないのコレ」とひとり笑みを浮かべる。
武丸先輩を知らないからそんなこと言えるんですよ。
「はーい。それじゃ最後のインタビュー入ります。5秒前ぇ、4、3、2、1、」
――キュー。
カメラが回り、笑顔が若干引きつり気味の滝河クリスティーヌさんが、武丸先輩にインタビューをはじめた。
「きょ、今日の試合の意気込みなどをお聞きしたいのですが?」
「ああ!? “試合”だぁ? くっくっく……おいねーちゃん、バカ言ってんじゃねーゾ。今夜起こるのは“試合”なんかじゃねー。“殺し合い”だよぅ」
「あっ……」
武丸先輩が自分に向けられていたマイクを奪い取る。
そしてカメラを指差し、
「オイ“鶴田”ぁ。テメーは死ぬんだよぅ……今夜……この“後楽園ホール”でなぁ」
と不敵な笑みを浮かべ言い放った。
現場がざわつく。
プロデューサーさんは大興奮。
そんななか、観客席に座っていたひとりの男性が叫ぶ。
「なんやとっ!?」
元ボクシング王者の鶴田選手だった。
武丸先輩の挑発を受けた鶴田選手は立ち上がり、観客席から降りてくる。
「おいコラにーちゃん、いまなんて言うたんや?」
武丸先輩を真正面から睨みつける鶴田選手。
視界の端でプロデューサーさんが「カメラ回しとけ!」と指示を飛ばしているのが見えた。
「にーちゃん、もういっぺん言ってみいや。ワイがなんやって?」
「……“死ぬ”っつたんだよぅ」
「ほう。誰が死ぬねん?」
「テメーだよ。“鶴田”……テメーが死ぬんだよぅ」
「おもろいやんけ。なんならいまこここで決着つけたろか?」
「くっくっく……アーーーッハァ! “オモシレー”ゾぉ!?」
武丸先輩が右腕を振り上げる。
まずい――
「ちょまっ、武丸先輩ストーップ! ストップです!! まだ殴っちゃいけません! 殴るならリングのなかでやりましょう!」
俺は慌てて武丸先輩に飛びつき、振り上げられた右腕を掴む。
力がすげぇ。
こっそりと肉体強化を使って、やっと止めることができたぐらいすげぇ力が強かった。
「近江“放せ”。コイツを破壊わしてやるんだよ!!」
「ダメです! ダメったらダメです!」
俺の必死さが伝わったのか、ADさんや照明さん、大道具さんに美術さんといったお手すきの方々が一緒に武丸先輩を止めにはいってくれた。
「めんどくせーから、全部殺すか? あ?」
「ダメです! 殺しちゃダメ!」
「どうしたにーちゃん? かかってこいや。ワイのパンチで宇宙までぶっ飛ばしたるで」
こんどは鶴田選手の挑発。
さすがにこれ以上はマズイと思ったのか、プロデューサーさんが指示を出し、鶴田選手がマネージャーに背中と腕を引かれてこの場から去っていく。
いやー、すげぇ危なかった。
正に一触即発。危うく大事件に発展するところだったぜ。
「ん~、いい画が撮れたよね? これ数字ヤバイことになんじゃないの? まーた部内で俺の評価があがっちゃうなー。現場が好きだから出世とかしたくないんだけどなー」
空気を読まない発言をするプロデューサーさんに、現場から怒りの視線が飛ぶ。
プロデューサーさんの下につくひとたちも大変みたいだな。
いや、いまはそれよりも――
「てめぇ! バックレやがったなァ! 死んじまえぁぁ! がぁあああああああ!!」
武丸先輩の荒れっぷりが凄まじかった。
「“鶴田”……テメー“ハラワタ”引きずり出してその口に突っ込んでやるからよォ……」
この状態になった武丸先輩が鶴田選手と戦ったら、間違いなく生放送中に『事故』が起こってしまう。
限りなく事件に近い事故が。
俺は隅っこにいる天光寺ウルフさんを見る。
天光寺ウルフさんは荒ぶる武丸先輩を見て、ガタガタと生まれたての子鹿のように震えていた。
これはダメだ、彼には期待できない。
となると――
「俺が……やるしかないのか」
俺はそう呟き、胸に静かな闘志を燃やすのだった。




