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第1話 拳と血と

「ぁん? 拳での戦い方を教えて欲しいだと? なんだマサキ、お前拳闘にでも出るのか?」


 そうムロンさんに訊かれたのは、慰労会の一週間後。

 今日も今日とて異世界こっちに遊びにきた俺は、戦闘のプロフェッショナルであるムロンさんに拳での戦い方(ボクシングを意識して)をレクチャーしてもらおうと、冒険者ギルドまで頼みに行ったときのことだった。


「いやー、なんて言いますか、武器をなくしたとき頼れるのは自分の肉体だけだって気づいたんですよね。ですんで、いざってとき無手でも戦えるように、いまのうち鍛えておこうかと思いまして」


 ムロンさんにはこんなこと言っちゃったけど、本当の理由は元ボクシング世界王者の鶴田選手と戦うことになってしまったからだ。


 先日、部長の友人である番組プロデューサーとお会いし企画の説明を受けたところ、どうやら鶴田選手と戦うひとは全部で3人いるらしく、それぞれ視聴者受けしそうな人材を集めたとのこと。


 そのひとりである俺の役どころは、『仕事のストレスを抱えたサラリーマンが一発逆転を目指して1000万を狙う!』といった感じらしい。

 鶴田選手と戦うトップバッターで、わかりやすくボコボコにしてもらい、元ボクシング世界王者の強さを視聴者にアピールするだけの存在なんだそうだ。

 俺に説明し終えたプロデューサーは、


「ああ、もちろん本気で戦ってくださいね。じゃないとテレビになりませんから。それともし勝てたらちゃんと1000万はお支払いするので安心してください。か、て、た、ら、ですけどねー。だっはっはっは!」


 とひとり爆笑していた。

 こんなこと言われたらやっぱり悔しいじゃんね。

 流石に空気読める方だから間違っても勝ったりはしないけど、少しは鶴田選手を焦らせたり疲れさせたりしたいよね。


 そんな理由から、俺は自らムロンさんに鍛錬指導を申し出ていたのだった。


「マサキ……。いい心がけだな。よっしゃ、それなら協力させてもらうぜ――と、言いたいとこなんだがなぁ。オレのはケンカ用だ。実戦向きじゃねぇ」


 ギルドにときたま出没する荒くれ冒険者たちを、幾度となく屠ってきた拳の持ち主とは思えないセリフを吐くムロンさん。

 俺的には十分に実戦向きだと思うんですけどね。


「そこでだ。最近このギルドにやってきたヤツを紹介してやるよ」

「へー。どんな方なんです?」

「体術に秀でたヤツでな。まだ青銅級なんだが、腕はなかなかのもんだぜ」

「おお! 助かります。ぜひ紹介してください!」

「さっき戻ってきたからまだ酒場にいるかもしんねぇ。ちっとここで待っててくれ」

「はい」


 そう言うとムロンさんは冒険者ギルドに併設されている酒場へ行き、待つこと少々。

 ひとりの可愛い女の子を伴って戻ってきた。


「マサキ、こいつだ」

「あれ? おにーさんにゃ?」

「体術に秀でた冒険者って、ミャーちゃんのことだったんですか」


 ムロンさんが俺の指導員として連れてきたのは、なんとミャーちゃんだった。


「にゃっはっは。ムロンのおっちゃんが頼んでくるから誰かと思ったら、おにーさんのことだったのかにゃ」

「なんでぇ、ミャムミャムと知り合いだったのかよ?」

「知り合いというか、プリーデンで一緒にパーティ組んでお仕事までしちゃってます」

「うん。おにーさんとはプリーデンで仲良くなったんだにゃ」

「そうだったのか。相変わらず手が早いなマサキ」


 ムロンさんが人の悪い笑みを浮かべる。


「誤解を招くようなこと言わないでください!」

「がはは! すまねぇ、冗談だ。そんじゃミャムミャム、」

「んにゃ?」

「こんど飯食わせてやるからよ、マサキが男らしく拳で戦えるように仕込んでやってくれや」

「おにーさんが相手ならタダでいいにゃ」

「そうかい。助かる。それじゃ任せたぜ」

「まっかせるにゃ!」


 ミャーちゃんが自分の薄い胸を力強く叩く。

 ムロンさんは安心したように頷き、お仕事へと戻っていった。 


「それじゃおにーさん、」

「はいはい、なんでしょう?」


 ミャーちゃんは拳をシュッシュとシャドーボクシングみたく動かし、言う。


「ミャムミャムとしょーぶするにゃ」



 ◇◆◇◆◇



 それから1時間後。


「おにーさん、きょーはもうやめとく?」

「い、いや、もう少しだけやります!」


 俺は、ミャーちゃんにボッコボコにされていた。


「んー、でもおにーさんまだ動けるにゃ?」


 ギルド施設の修練所で大の字になっている俺を、しゃがみこんだミャーちゃんが指でつんつくする。


「き、気持ちではまだまだイケそうなんですけどね。なんでだろ? なんで体が動かないんだろ?」

「さっきミャムミャムのパンチが顎にはいったでしょ? たぶんそのせいにゃ」


 俺の右ストレートに合わせて放たれたミャーちゃんの拳がクロスカウンター気味に決まり、気づけば俺は天井を見上げていた。

 正に電光石火な一撃。

 俺もカウンターとか使えるようになってみたいぜ。


「だいじょうぶー?」

「だ、大丈夫です」


 頭では理解していたつもりだけど、獣人のミャーちゃんは動きが非常に素早かった。

 速いって次元じゃない。俺のパンチはまったく当たらなかったのだ。


 それなのにミャーちゃんのパンチは面白いようにボコスカ入るもんだから、おっさんってば、ちょっとだけブルーはいっちゃうよね。

 ミャーちゃんのダメ出しは続く。


「おにーさんはパンチが大ぶりすぎるんだにゃ。モンスター相手ならべつにいーけど、拳闘じゃあたらないにゃ」

「ですよねー」

「でも筋はいーから、れんしゅーすれば強くなるにゃ」

「ホントですか?」

「うん。だから……」


 ミャーちゃんはニッコリ笑い、大の字な俺に手を差し伸べる。


「ミャムミャムといっぱいれんしゅーしようね」

「っ……。はい!」


 この日を堺に、俺のなんちゃってボクサー人生がはじまった。

 朝起きて仕事に行き、家に帰って異世界転移。

 そしてジャージに着替えて冒険者ギルドへ。


 毎日毎日ミャーちゃんにボッコボコにされつつも、少しづつ拳での戦い方を学んでいく。

 10日が経つ頃には、ミャーちゃんともそれなりに戦えるようになってきていた。


「おにーさん強くなったね」

「ありがとうございます。俺、ミャーちゃんのお陰でここまで強くなれました!」

「もーミャムミャムが教えることはなにもないにゃ。あとは実戦あるのみにゃ!」

「押忍!」


 こうして、ミャーちゃんから実践テクニックを学んだ俺は、意気揚々と錦糸町へ引き上げるのだった。



 ◇◆◇◆◇



 更に2週間後、俺は水道橋にある後楽園ホールへとやってきていた。


「鶴田選手と戦う近江さんですね? このあと番組MCからインタビューがありますので、控室で待っていてください」

「は、はい」


 番組ADさんに言われ、控室へと通される。

 控室は10畳ほどの広さがあり、鶴田選手と戦うひとはみんなここを使うそうだ。


「生放送なんだよな……。あー、こんなの初めてだから緊張するなー」


 俺がソワソワしていると、銀髪の若いお兄さんが控室にはいってきた。

 さっきのADさんが案内してきたところを見ると、俺と同じ企画参加者みたいだな。

 とりあえず挨拶しとこっと。


「あ、はじめまして。企画参加者の近江っていいます」

「チース。自分、天光寺ウルフっていうっす。ホストっす。しくよろっす」


 天光寺さんを簡単に説明するなら、すげぇチャラそうなひとだった。

 銀色に染めた髪をアニメの主人公のようにツンツン尖らせ、整髪料でしっかり固めてある。

 あの尖った髪を突き刺すだけで大ダメージを与えられるんじゃないかって勢いだ。


「う、ウルフ? ああ、ホストさんだからですか」

「そっす。源氏名っす。おっさんが最初に鶴田と戦うんすよね?」

「そうみたいですねー」

「がんばって疲れさせくださいよー。自分がバシッと1000万持ってくんで。頼んだっすよ」

「善処します」


 俺は愛想笑いを浮かべ、自分の荷物が置かれている場所に戻る。

 ウルフさんは服を脱いで日焼けした体を露わにし、鏡の前でシャドーボクシングをはじめた。


 あれ? なんかけっこー様になっているぞ。

 俺は素人だけど、ウルフさんは経験者なのかな?


 部長の紹介を受けた俺以外のふたりは、応募の中から抽選で絞り、最終的に面接を経て選ばれたらしい。

 みんな自己アピールが凄く、その中から最も今回の企画向きの参加者を集めた、とプロデューサーは得意げに語っていた。


「サラリーマンにホストか……。確かに番組としては面白そうだな。あーあ、俺が見る側だったらなー」


 とか愚痴っていたら、ADさんが最後のひとりを連れてきたみたいだ。


「最後の参加者を連れてきました。もうすぐインタビューですんで、あと少しだけ待っててください」

「あ、はーい。わかりま――」


 わかりました。その言葉を、俺は最後まで言うことができなかった。

 なぜなら、最後の参加者の姿を見た瞬間、言葉を失ってしまったからだ。


「そ、そんな……なんでここに……」


 入口から、金色こんじきのリーゼントがこんにちは。

 演出のためか、はたまた素なのか、背中に『冥府魔道』と刺繍された特攻服を着ていらっしゃるこの御方は――


「んあっ? おお、誰かと思えば“近江”じゃねーか。“久しぶり”だな」


 俺の先輩であり、神奈川最凶の名を持つ武丸先輩がそこに立っていた。

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