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プロローグ

 今日はうちの営業部で3ヶ月に1度開かれる慰労会の日。

 部内の人間は、ほぼ強制的にこの飲み会に参加しなくてはならない決まりだ。


 参加人数は全部で60人。

 俺が幹事を務めた今回は、お洒落なプールバーを貸し切っての開催となった。


「近江先輩っ、ここすっごくいいお店じゃないですかぁ。いいとこ見つけましたね」

「あはは、ありがと未来みらいちゃん。ここならみんなも楽しめるかと思ってね」

「ダーツにビリヤードに……あっ! ゴルフまで出来るんですね。すごい!」


 そう言ってくれたのは、後輩の矢島やしま未来ちゃん。ショートヘアが似合う、可愛らしい女の子だ。

 まだまだ社会人1年目の彼女は、この手のビリヤード台が置かれているプールバーに来るのが初めてだったらしい。

 大人の雰囲気満載な店内を、興奮した面持ちで見回していた。


「ほら、部長がゴルフ好きじゃない? だからシミュレーションゴルフができるお店で探したんだよ」

「さすが近江先輩ですね! 今日の幹事が近江先輩になってホントよかったですよぉ」

「ありがと。みんなにも喜んでもらえたみたいでホッとしてるよ」


 課長から「近江君、今回は君に幹事を任せたよ。期待してるからね」と言われたのは、なんと一週間前。

 急に言われても、貸し切りできるお店(かつ楽しめるお店)を探すのは大変だ。

 そこで俺は、ダーツ仲間の紹介でこのプールバーを紹介してもらったのだった。 


 みんなの反応は上々。

 ダンディな部長も、シミュレーションゴルフのスクリーンに投影されたコースにフルスイングでドライバーショットをキメては、OLのみなさんとハイタッチしている。

 十分に楽しんでるみたいだし、今回の慰労会は大成功と言っていいんじゃないかな?


「お酒も美味しいしダーツもできるし、なにより会社から近い。わたし、ここのバーに通っちゃおうかなぁ。あ、その時は近江先輩も一緒に行きません?」

「いいねー。早く上がれた日にでもみんなで行こうか?」

「みんな、ですか……。わたしは近江先輩とふたりで行きたいのになー」


「えー、このお店は人数が多い方が楽しそうじゃない?」

「はぁ……。そういう意味じゃないんですけどね……」

「あれ? それじゃどんな意味だったの?」

「もーいいです。なんでもありませんよーだ」


 未来ちゃんはなぜか拗ねたように言うと、手に持っていたカシスオレンジをやけくそ気味に一気飲み。

 ウェイターさんにお代わりを頼み、再び俺の顔を見上げる。


「でも、ホント素敵なお店ですね。今回の慰労会は大成功ですよ。前に課長が幹事やったときなんか……古くて汚い居酒屋だったじゃないですか? ここだけの話、あのお店、女子には大不評だったんですよぉ」

「おっと、そーゆーときは『趣があるお店』って言うんだよ。まー、確かにお店の見た目はちょっと残念だったよね。でも料理は美味しくなかった?」


「まあ、確かに料理は美味しかったですけど……」

「でしょ? きっと課長はみんなに美味しい料理を食べてほしかったんだよ」

「……ふーん」

「ん? どうかした未来ちゃん?」


「いえ、近江先輩って課長から目の敵にされてるのに、課長のことフォローするんだなーって思っただけです」

「あはは、前はよくご飯とかご馳走になってたからねー。まー、いまはちょっとギクシャクしてるけど、根はいいひとなんだよ」

「へぇー」


 課長に興味はないとばかりに、気のない返事を返してくる未来ちゃん。

 きっと彼女は、課長から気に入られていることにも気づいてないんだろうな。


「あ、近江先輩、」

「ん?」

「近江先輩って、彼女とかいないんですか?」


「うっ……。未来ちゃんってば、なかなか痛いとこをついてくるね。もうずいぶんと長いこといませんが何か?」

「そうなんですか? でも、こないだ小林さんが『近江がパープルヘアの美女と歩いてるのを見たっ!』って大騒ぎしてましたよ」


隼人はやとくんが?」

「はい。彼女さんとスカイツリーへ観光しに行ったとき、一緒に歩いているのを見たそうです。『目立つ髪の色だったから』って」

「…………」


 パープルヘアの美女。

 条件にピッタンコするひとは、俺の身近にひとりしかいない。

 そう。ロザミィさんのことだ。


 ロザミィさんはちょいちょい錦糸町に遊びに来てるから、一緒に歩いているところを目撃されてしまったんだろう。

 異世界人です、と言ったところで信じてもらえるはずがない。

 さーて、なんて誤魔化しましょうか。


「近江先輩?」

「あっ、いや、うん、髪が紫色のひとか。きっとロザミィさんのことだな」

「ロザミィさん……? 誰なんです?」


「んとね、よ、ヨーロッパっぽい国から遊びに来てる俺の友達」

「……へー」


 未来ちゃんが疑惑の目を向けてくる。

 まずいぞ。未来ちゃんは部内の噂話拡声器なんだ。

 ここでしっかり否定しておかないと、後からどんな噂を立てられるかわかったもんじゃない。


 俺は動揺を隠したまま、おもむろにスマホを取り出した。


「写真、見る?」

「いいんですかっ? 見たいです!」


 よし。未来ちゃんが食いついてきたぞ。


「いいよ。ほら、この子」

「うわぁ……。めちゃめちゃかわいいじゃないですかっ!」

「この子がロザミィさん。いくつに見える?」


「んー……21歳!」

「ブブー。18歳でしたー」

「うそっ!? 大人びてますね」

「だよねー」


 この手の疑惑は、下手に隠すと返って逆効果。

 そこで俺は、自分からロザミィさんの写真を見せ、情報をオープンにすることによって疑惑を晴らそうと考えたのだ。

 未来ちゃんの顔を見る限り、俺の対応は正解だったようだ。


 ロザミィさんが18歳ということもあり、さすがに33歳の俺とは付き合うはずがないと理解してくれたんだろう。

 さっきの疑いの眼差しはどこへやら。

 話題はロザミィさんと一緒に写っていたリリアちゃんへと移り、未来ちゃんは満面の笑みを浮かべるリリアちゃんを指差し、「かわいいですねー」と目尻を下げていた。


 どうや未来ちゃんはキッズ好きのようだな。

 ならば――


「リリアちゃんの写真他にもありますよ。これはスカイツリーに登ったときので、こっちは――――……」

「わぁ、かわいいっ!」


 俺は次々とリリアちゃんのショットを見せる。

 パープルヘアなロザミィさん(美女)の話題はすでの遠い過去となった。


「あ、近江先輩、部長が呼んでますよ」

「ホントだ」


 シミュレーションゴルフをやっている部長が俺の名を呼び、手招きしている。

 一緒にコースを回ろうと言っているようだ。


「未来ちゃん、俺ちょっくら部長とゴルフ勝負してくるね」

「がんばってください!」

「おー!」


 可愛い後輩に見送られ、俺は部長とゴルフ対決はじまった。


「近江君、せっかくだから何か賭けないかね?」

「えー、でも部長、社内行事で賭け事ってまずくないですか?」

「はっはっは、なにもカネを賭けようというんじゃない。そうだな……よし。敗者は勝者のいうことをなんでもひとつだけ聞く、というのはどうかね? もちろん、常識の範囲内でだが」

「なんでもひとつだけ……ですか」


 クールに笑う部長の表情からは、考えを読み取れない。

 ギャラリーな同僚たちは、


「近江、部長直々のご指名なんだ。もちろん受けるよな?」


「逃げるなよー」


「勝ったら一日課長にしてもらおうぜ」


 と好き勝手なことを言ってくれる。

 なんだか勝負しろムード満載。

 ここまで盛り上がってるとなると、水はさせないよね。


「わかりました。部長、お受けします!」

「さすがは我が部のエース。いい返事だ。では勝負といこうか!」

「はい!」


 こうして、俺は部長とゴルフ対決することに。

 シミュレーションゴルフはリアルゴルフと勝手が違って慣れるまで手こずったけど、中盤で持ち直し、終盤で追いつき、最終ホールでさり気なく部長に勝ちを譲る。


 いち勤め人として、おいしいところは上司に譲るのは当然だからだ。


「くっそー! 負けました。部長ゴルフ強いですね」

「なぁに、近江君もなかなかだったよ」


 俺と部長は握手し、互いの健闘を称え合う。


「さて、さっそくだが勝者の権利を行使させてもらおうかな」

「あはは、お手柔らかにお願いしますよ」


 このとき、俺はどうせキッツイお酒の一気飲みでもやらされるんだろう、と思っていた。

 だが、違った。

 部長の口から、予想だにしなかった言葉が飛び出してきたのだ。


「近江君、実はね、私の友人にテレビ局のバラエティ番組のプロデューサーをやっている者がいてね、その友人がいまテレビ受けしそうな『サラリーマン』を探しているんだよ」

「さ、サラリーマンですか?」

「ああ、サラリーマンだ。ボクシングの元世界チャンピオン、鶴田選手は知っているかな? 鶴田選手と真剣にボクシング勝負をして、勝ったら1000万円貰える企画に出演してほしいそうだ」


 あれ?

 なんか嫌な予感がするぞ。


「近江君、番組にちょっと出てきなさい」

「お、俺がですかっ!?」

「うむ。頭髪が豊かになったいまの君ならテレビ受けも良かろう。しっかりと我が社の宣伝をしてきてくれよ。はっはっは」

「おう……しっと」


 覆水盆に返らず。

 こぼれた乳を嘆いても無駄だ。


 俺はゴルフ勝負で上司に花を持たせた結果、ボクシングの元世界チャンプとガチンコバトルすることになってしまったのだった。 

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