幸福の行方
キエルは長命で美しい容姿に恵まれた種族、エルフだ。
エルフが森を出ることは非常に稀である。
それ故、キエルがズェーダの街を歩くと誰もが振り返る。
「……はぁ」
もう慣れたこととはいえ、キエルにとって周囲の視線はあまり心地よいものではなかった。
どうしてもエルフである自分と人族との間に、大きな隔たりを感じてしまうからだ。
もちろん、キエルはエルフであることに誇りを持っている。
風と水を愛し、森を友とする。
人族よりも永く生き、最期は森の一部となり命を巡らせていく。
エルフにとって当たり前のこと。
だが、キエルは少し前からエルフであることに思い悩むようになってしまっていた。
その最たる原因は――
「マサキさま…‥」
恩人である、マサキの存在だった。
エルフである自分にも他の人族と変わりなく接し、屈託なく笑うマサキの存在がいまキエルを大いに悩ませているのであった。
キエルはマサキのことを想うたびに、なぜ自分は人族として生まれてこなかったのだろう、と思い悩むようになっていたのだ。
キエルにとって、マサキは不思議な存在だった。
見ず知らずの自分たち姉妹を命懸けで助けては、恩を売るでも見返りを求めることもなく、ただ「無事で良かったです」と言って笑うだけ。
まったくもって不思議な人族だった。
もしマサキに出会わなければ、キエルは多くのエルフ種と同じように人族を見下し侮蔑していたことだろう。
キエルにとってマサキとは、人族への価値観を丸ごと変えてくれた存在なのだ。
「…‥ふぅ」
最近のキエルは、気づけばマサキのことばかりを考え、ため息ばかりついていた。
今日だってそうだ。
マサキが自分のために用意してくれた部屋のベッドに寝そべり、まだ日が高いにも関わらずゴロゴロしながら物思いにふけっている。
キエルは思う。
――最近、何かおかしい。マサキさまと一緒にいると胸のあたりがチクチクとするのだ。
その痛みが何なのか、エルフとしてはまだ年若いキエルは知らずにいた。
――もし自分がエルフではなく人族だったなら、この痛みを感じずに済んだのだろうか?
マサキと同じ時を生き、マサキと同じように歳を経ていく。
老いはキエルにとって遠い場所にある。
人族と違う『特別』な自分が、キエルは少しだけ哀しかったのだ。
「でも――」
でも、とキエルは次いで考える。でも、マサキもまた『特別』な存在だった。
それも、とびきりの。
なんと、マサキは異世界からやってきたのだという。
いくらマサキの言葉でも、キエルはあのキラキラと光り輝く世界をその眼で見ていなければ信じることはできなかっただろう。
摩天楼は夜を知らず、絶えず火とも魔法とも違う不思議な灯りで照らされ、石でできた建築物は見あげるほど大きい、それになにより光り輝く塔の存在だ。
天に届かんとする光の塔がそびえ立つあの光景を、キエルは一生忘れないだろう。
エルフな自分と、異世界人なマサキ。
どちらもこの街に住まう人族からすれば、異質な存在だ。
そんなささやかな共通点が、キエルは少しだけ嬉しかった。
ベッドでニマニマしていると、不意に部屋の扉がノックされた。
「は、はい」
「キエルさん俺です。はいってもいいですか?」
キエルはベッドから飛び降り、ゴロゴロしてたせいであちこち跳ねてる髪を整える。
「ど、どうぞ!」
声が裏返ってしまった。
「おじゃましまーす。キエルさん、これからリリアちゃんとソシエちゃんとボードゲームするんですけど、よかったら一緒にどうですか?」
「あ、はい。わたしも参加します」
「よかった。じゃあリビングで待ってますね。美味しいお菓子を錦糸町から持ってきたんで、一緒に食べましょう」
「はい!」
秘密を共有して以来、マサキはよくキンシチョーの話をしてくれるようになった。
前より少しだけマサキとの距離が近くなった気がする。
「マサキさま、わたし負けませんよ」
「お? やる気まんまんですね。俺だって負けませんからね」
胸のチクチクは治る気配すらない。
でも、キエルは今日も幸せを感じていた。
更新遅れてすみません。
ちょっといろいろあってバタバタしてました。
次回から4章がはじまります。




