エピローグ
酒場はすでに多くの冒険者さんたちで賑わっていた。
「いよおべっぴんさん、待ってたぜ」
そうライラさんに声をかけてきたのは、先に飲んでいたドッカーさんだ。
「待たせたね」
「今夜の主役がいないんじゃ盛り上がらないからな。まぁ、みんな先に始めちまってるけどよ」
「ふふ、みたいだね」
ドッカーさんが笑い、背後を見やって肩をすくめる。
酒場にいる冒険者の皆さま方は、どなたもダンジョンでお見かけになった顔ばかり。
これはまさか、ダンジョンの攻略という一大イベントを終えた『打ち上げ』というやつではなかろうか?
冒険者のみなさま方はテーブルやパーティの垣根を超え、楽しそうにお酒を飲んでいらっしゃる。
「お前ら! 盟主をぶっ倒したマサキの兄さんがやっと来たぞー!!」
ドッカーさんが大きな声をだすと、
「「「うおおおぉぉぉっ!!」」」
酒場中から野太い歓声があがった。
床板を踏みつけるドスドス音と、テーブルを叩くバンバン音が合わさってワイルドでリズミカルな曲が奏でられる。
「「「マーサーキ! マーサーキー!!」」」
「ど、どもー」
片手をあげご挨拶。
盟主を倒したことでプリーデンの冒険者界隈でちょっとした有名人になったのか、みんな俺の顔と名前を知っているようだった。
「さあマサキ、音頭を頼むよ」
ライラさんから、いつの間にやら届いていたエールの入ったジョッキを頂戴する。
俺はジョッキを掲げ、咳払いをひとつ。
「他の街から来た私が乾杯の音頭を取ることに若干の気後れはありますが、冒険者に街や国といった垣根はないと信じております。では、ダンジョンの発見と攻略、それとコボルト大軍団の討伐を祝しまして…………乾杯っ!!」
「「「「「かんぱーーーーーーいっ!!」」」」」
打ち合わされるジョッキの数々。
街が変わろうとも冒険者たちの本質はどこも一緒。
つまり、理由さえあれば酒を飲んで騒ぐってことだ。
エールや果実酒を樽単位でパッカパッカ空けいていく冒険者の皆さま方。
終わりの見えない大宴会への突入である。
そしてそれは、俺のいるテーブルも同じだった。
「マサキ聞いてよ、姉さんったら取り乱して大変だったのよ。マサキが死んじゃうーって」
「なっ!? ロザミィ、その話は――」
「あのときの姉さん、ダンジョンに戻るっていって聞かなかったのよ。ドッカーたちに手伝ってもらってやっと引き止められたんだから」
「ロザミィのいうとーりにゃ! ライラねー、プリーデンに戻ってもおにーさんとキエルが死んじゃったと思ってずっと泣いてたんだにゃ」
「ミャムミャムまでっ!? きゅ、急になにを言い出すのさっ!!」
ほんのり顔が赤くなったロザミィさんがとつぜん暴露大会を初め、それにミャーちゃんも乗ってきた。
ふたりの暴露にライラさんがひどく慌てる。こんなライラさんは珍しいぞ。
でも、話題のきっかけである俺としては、微妙に気まずいよね。
「あははは、状況が状況でしたからねー」
「まーね。でもその点あたしはさ、やっぱここにいる誰よりもマサキと付き合いが長いじゃない? マサキが無事だって信じてたわよ」
ロザミィさんはなぜかキエルさんをチラ見しながら、『付き合いが長い』の部分をやたら強調する。
ちなみに席順は俺の右隣がキエルさんで、左隣がロザミィさんだ。
ロザミィさんは何度も俺越しにキエルさんをチラ見しては、意味ありげに微笑んでいる。
「そ、そうですね。確かに、ロザミィはマサキさまとのお付き合いが一番長いですからね……」
「ふふん。ま、あ、ね」
なぜか勝ち誇るロザミィさんと、しょんぼりするキエルさん。
ふたりの間でどんなゲーム(?)が開催されているのか、俺には見当もつかない。
「ああ、そういえばロザミィ、わたしもマサキさまとあの場所で夜を共に過ごしましたよ」
「ッ!?」
「夜でも灯りが尽きぬ摩天楼に、光輝く塔。本当に素晴らしい場所でした」
「なっ…………ま、マサキッ!」
キエルさんの話を聞いたロザミィさんが、弾かれたように俺の腕を掴み顔を寄せてくる。
「き、緊急事態でしたから!! だって、ねっ?」
「それは……わかってるけど――」
「それと、少し恥ずかしかったんですが……お風呂でマサキさまのお背中をお流しさせて頂きました。ロザミィは知ってますか? マサキさまのお背中って、とても大きいんですよ」
「マーサーキー!!」
俺の腕を掴むロザミィの手に力がこもる。
いったいどこにこんな力があるんだってぐらい、俺の腕に指がめり込んできていた。
「いたいいたいたいたいたいっ! ロザミィさん痛いです!」
「……マサキ、説明してもらえるかしら?」
「いけませんよロザミィ。マサキさまが痛がってます」
「キエルには関係ないわ!」
「いいえ、あります。マサキさまはわたしの恩人なのですから」
ロザミィさんとキエルさんが立ち上がり、超至近距離に顔を近づけ合う。
キエルさんはニコニコと余裕の笑みを浮かべ、ロザミィさんは「キーッ」と柳眉を逆立てながらふたりして見つめ合っていた。
「あのー、ふたりとも落ち着い――」
「マサキは黙ってて!」
「マサキさま、ここはわたしにお任せください」
「は、はい」
ふたりの迫力に押され、黙り込む。
身を縮こまらせ、貝になりたいと願う。
「おにーさんおにーさん、逃げるならいまにゃ」
そんな俺を、ミャーちゃんが後ろからくいくいと引っ張る。
「いまならふたりに気づかれないにゃ」
小声で言い、いたずらっ子な笑みを浮かべる。
正面に座るライラさんも強いお酒を一気に煽り、
「マサキ、女同士の喧嘩に男が入ると余計にこじれるんだ。ほっときなよ」
と呆れ顔で言った。
「そーゆーもんなんですか?」
「そういうもんなのさ」
なるほど。
女の子同士はそーゆーもんらしい。
おっさんの俺には難しすぎるぜ。
「そ、それじゃ、こそーっとね。こそーっと……」
俺はふたりの間から、ゆっくりとフェードアウト。
「おにーさん、こっちに来るにゃ。ミャムミャムとも飲むにゃー」
「そうだよマサキ。こっち来てアタイたちと飲もうじゃないか」
「おっす」
俺はライラさんとミャーちゃんと身を寄せ合い、小さく乾杯。
視界の端に、ロザミィさんとキエルさんのイッキ対決がはじまったのが映り込む。
けしかけたの誰だよ?
無茶しやがって。
「マサキ、あのコボルトの大群からよく逃げれたじゃないか。しかも、逃げるだけじゃなくやっつけちまうなんて、ね。大したもんさ。弟にも見習わせたいよ。さ、今日はアタイの奢りさ。好きなだけ飲んでくれ」
ライラさんが空のグラスにお酒を注ぐ。
「おにーさんて不思議などーぐ持てるだけじゃなくて、強かったんだねー。ミャムミャム驚いたにゃー」
感心と尊敬が入り交じったような俺を見つめるミャーちゃんも、ライラさんと一緒に別のお酒をドボドボド。
異世界には、飲み会でチャンポンやっちゃけないって暗黙のルールが存在しないのかな?
謎のお酒が二種類混ぜ合わさり、どどめ色になってるんですけど……。
「さ、乾杯だ」
「かんぴにゃーっ!」
「か、かんぱい……」
空気を読むのは日本人の必須スキル。
俺は場の空気を壊さないようにグラスに口をつけ、ドドメ色の液体を喉に流し込む。
「美味いかい?」
「おにーさんおいしー?」
「…………」
「ん、どうしたんだいマサキ?」
「おにーさん顔色わるいにゃー。だいじょーぶ?」
「…………」
「マサキ?」
「おにーさん?」
視界がぐるんと回って酒場にいるみなさまが分身の術をお使いになっている。
これはヤバい。学生時代以来の未来にタイムリープっちゃうやつだ。
可及的速やかにリフレッシュをかけなくては……。
「り、りふれーしゅー……」
ダメだ。ロレツが回らなくて魔法が行使されない。
せめて水を――
「おにーさんはい、お水」
「あ、ありやーしゅ……」
ミャーちゃんが手渡してくれた水をフラッフラしながら掴み、口に運ぶ。
「ミャムミャム、それ馬鹿みたいに強い蒸留酒だよ」
「えー!? やっちゃったにゃー」
「ブホォォォォッ!!」
「マサキ……まま飲んじまったみたいだね」
「おにーさんごめーん」
視界がどんどん狭まっていく。
椅子から転げ落ちそうになる俺を、ライラさんとミャーちゃんが両端から支えてくれるも、
「っふはぁ……」
いまの俺は軟体動物と化している。
「おにーさんしっかりするにゃ!」
「マサキ、宴ははじまったばかりだよ?」
狭まる視界。
記憶を手放す直前、俺が最後に見た光景は心配そうに覗き込むライラさんとミャーちゃん、テーブルの向こう側でなぜか半裸になって髪を引っ張り合っているいるロザミィさんとキエルさんでした。
………………ぐっばい宴。
◇◆◇◆◇
――――……。
「……う~ん。……ん?」
あまりの頭痛に目を覚ます。
窓からベッドに差し込む光はかなり強い。
もうお天道さまは真上にいらっしゃるようだ。
「あつ、あつつつつつ…………頭がすーぱーいてぇぜ」
昨夜の記憶はプッツリときれいに途絶えていた。
たぶん、ライラさんあたりが酔っ払った俺を部屋まで運んでくれたんだろう。
状況確認した終えた俺は、ぐわんぐわんする頭を抱え、それでも意識を集中。
「リ、リフレッシュ」
状態異常回復の魔法は今度こそ行使された。
頭の痛みがすーっと消え去り、意識がしゃっきりする。
「おっし! 近江正樹、完全復活!! とりあえず一階に降りて――」
ポヨン。
「ん?」
体を起こそうと右手を伸ばした先、そこになにやら柔らかな感覚が――
「うわっ!? ろ、ロザミィさんっ!?」
「う、う~ん……」
右手がロザミィさんのお胸にヒットしてしまっていた。
なぜか全裸のロザミィさんは眉間にシワを寄せ、苦しそうに顔を歪めている。
俺は慌てて手を離し、ベッドの反対側から降りようと試みる。
「まさかまた二日酔いになったんじゃ……あれ?」
むぎゅ。
またまた柔らかな感触。
「キエルさんまで!?」
「あっ……」
キエルさん(やっぱり全裸だった)が左隣でこんにちは。
こんな悪質なイタズラするのはひとりしかいない。
ライラさんだ。絶対ライラさんの仕業だ。
「てか、俺も全裸だし!!」
なんてことでしょう。
全裸な俺の両端には、ロザミィさんとキエルさんが生まれたままのお姿で寝ていらっしゃるじゃありませんか。
匠の遊び心を感じます。
「じゃなくてっ!」
俺は頭を振って、現実逃避しそうになる思考を追い払う。
「……どうするべきか?」
俺は腕を組み、考える。
ここでふたりにリフレッシュをかけるのは簡単だ。
でも、その場合、二日酔いから覚めたふたりはなにを思うだろうか?
この状況を見て、いったいなにを思うだろうか?
俺はシミュレーションを繰り返し、ひとつの結論に達する。
「よし。ここは戦略的撤退を――」
「おにーさんおっはよーーー!! もうお昼にゃー。そろそろ起きるにゃーーーー!!」
ノックもせずドアが開かれる。
扉を開けたミャーちゃんとバッチリ目があってしまう。
「…………………………あ」
「ちょ! 『あ』ってなんですか『あ』って!! 誤解です。これはそーゆーことじゃないんです!」
「…………じゃましてごめんだにゃー」
「待ってーーー!! いかないでーーー!! 弁明させてくださーーー!!」
逃げるようにして去っていくミャーちゃんを追おうとベッドから降りる。
服は――あった。
酸っぱい臭いを放つ服をバタバタ着つつ、さあ、いっちょマジでミャーちゃんを追うぞと意気込んだところで――
「あ……れ? マサキ……?」
「ろ、ロザミィさん……」
ロザミィさんがお目覚めになられた。
別に二日酔いってわけではなさそうだった。
「おはようマサキ、なんだか肌寒い…………え゛?」
自分が全裸のことに気づくロザミィさん。
視界が移動して俺(慌てて服を着ているとこ)を見て、ベッドすやすやしていらっしゃるキエルさん(赤さんスタイル)を見て、また自分(赤さんスタイル)を見て、最後に視線が俺で固定される。
「マ、サ、キ………」
「ロザミィさん、少しでいいんで俺に発言の機会をいただけないでしょうか?」
「マサキのあほーーーーーうっ!!!!!」
助走をつけて俺のテンプルを的確に撃ち抜くロザミィさん。
俺は、再び眠りにつくのでした。
◇◆◇◆◇
「ぜんぶ姉さんがいけないんだからね!」
「あはははは、悪かったってロザミィ。もう許しとくれよ」
「ぜったいに許さないんだからっ」
「わたしも……ライラのことしばらく許しません」
「え、エルフの『しばらく』ってどれぐらいなのさ?」
「……。500年ぐらいですかね」
「そ、そんなにかいっ!?」
プリーデンからの帰り道。
よろしく勇気号の車内はピリピリとした緊張感に包まれていた。
ロザミィさんからきれいな『振り下ろしの右』頂戴したあと、目覚めたのはなんと夕方。
宿屋の一階に降りるとキエルさんもロザミィさんもバッチリ服を着込んでいて(当たり前だけど)、ライラさんと暇だからって理由でついてきたミャーちゃんとの4人が揃っていた。
そこで俺たちは、ヌイグルミの商談を終えたアンディさんと合流。
みんなでご飯を食べつつ、アンディさんからヌイグルミの代金を受けとった。
プリーデンでの目的はこれにて完遂。
俺は昨夜の記憶がまるっとないけど、ドッカーさんたちへの別れは既に済ましていたらしく心置きなくズェーダに帰れるとこのと。
そうと決まれば即行動。
さっそく俺たちはヨロシク勇気号に乗り込む。
「アンディさん、お元気で!」
「はい。時間ができたらまたズェーダに伺います」
「待ってますね」
アンディさんは今後を見据え、自身の拠点であるプリーデンに残りヌイグルミの販路の開拓をしていくそうだ。
俺達はアンディさんに見送られ、プリーデンをあとにした。
そして……車内はギスギスした空気に包まれていた。
「姉さんとはもう口きかないっ」
「わたしもです」
「そんなこと言わないでおくれよ。ロザミィ、キエル、アタイも反省してるからさ」
「ふんだ」
「……」
ロザミィさんキエルさんはそっぽを向き、ライラさんをシカッティングの構え。
すげー気まずいぜ。
重い空気のなか、唯一の救いはといえば、
「おにーさんたちが拠点にしてるズェーダってどんなとこにゃん?」
「んー、いい人達ばっかいる街ですよ」
「へー。ミャムミャム楽しみだにゃー」
ミャーちゃんが「ミャムミャムもズェーダにいってみたいにゃ!」と同行を申し出てくれたことかな。
しかも助手席に座ってくれてるもんだから、運転席と助手席、そして暗雲立ち込める後部シートと、会話が2チームに別れている。
ミャーちゃんが一緒にいてくれて、マジ助かったぜ。
「おいしー食べ物はあるー?」
「いっぱいありますよー」
「やったー」
俺とミャーちゃんの会話は弾みまくり。
一方、後部シートはといえば……。
「…………」
「…………」
「…………」
あ、ダメだこれ。
早くズェーダに着きたい。
そんな俺の祈りをあざ笑うかのように、
「とまれーー!!」
ヨロシク勇気号の前に武装した集団が立ちふさがった。
迷わずブレーキ。
俺は後ろを振り返り、ヨロシク勇気号の前にいる武装集団を指差す。
「な、なんか盗賊っぽい方々が現れましたけど…………どうします?」
「……マサキ、そんなの決まってるじゃないのさ」
ライラさんがそう前置きし、後部シートの不機嫌シスターズの声が見事にハモる。
「「「ぶっ倒す」」」
「……わーお」
「やっつけるにゃー!!」
このあと、盗賊のみなさまはそれはそれはもう、見てて可哀想なことになっていた。
みなさんの怒りのはけ口になってしまったのだから、不運というほかない。
女性を怒らせてはいけない。
そんな、過去から現代になお語り継がれる教訓を目の当たりにした俺は、改めて肝に命じ、
「じゃ、ズェーダに帰りますか?」
「マサキ、お願いするわ」
「飛ばしてくれよマサキ」
「マサキさま、わたしがいつでも隣に座りますからね」
「えー。おにーさんの隣はミャムミャムがすわるのっ」
スッキリしたお顔をされている女性陣と一緒にズェーダに帰還するのでした。




