第42話 逆襲のおっさん その3
「マサキさま……」
「ええ。わかってます」
盟主コボルトは通路の奥、俺から10メートルほど先に立っている。
その背後にはコボルトが6体控えていた。
お散歩の途中だったのかな?
それとも群れのボスとして、見回りや食料の調達にでてたとか?
粉塵爆破を御見舞してやった寝床に盟主コボルトがいなかったのはすっげー残念だけど、意識を切り替えていまからはじまる戦闘に集中しなければ。
「ふぅ~……」
俺は深呼吸し、ライラさんお手製のブロードソードを正眼に構え意識を研ぎ澄ます。
「マサキさま、援護します」
「お願いします」
後ろでキエルさんが弓に矢をつがえるのが気配でわかった。
「そんじゃ――」
俺は下肢に力を込める。
「いきますかっ!」
「はい!」
『グルルゥゥゥ……ワオォォ―――ンッ!!』
俺が駆け出すのと盟主コボルトが動き出すのは同時だった。
「いっくぞー!! ブースト!」
盟主コボルトと肉薄する。
後方からは立て続けに矢が奔り、他のコボルトたちを正確に射抜く。
俺は心のなかでキエルさんに礼を言い、ブロードソードを振り下ろした。
『グルルゥゥ』
「くっ、なんて力だ」
俺のブロードソードと盟主コボルトが持つ大剣での鍔迫り合い。
さすがに体格が違いすぎるからか、俺はじりじりと押されはじめた。
「んにゃろー。なら――ハイブースト!! これでどーだっ」
『グルッ!?』
更に肉体が強化され、中肉中背の俺が盟主コボルトとの鍔迫り合いを互角にまで持っていく。
「はぁっ!!」
ブロードソード横に払い、一度距離を取る。
盟主に従っていた六体のコボルトは、キエルさんがすべて射倒していた。
とそこで、不意に俺はあるひとつの結論に至った。
「そうか、これが――試練か」
そう、これは試練だ。
俺とキエルさんが一端の冒険者になるための試練なんだ。
なら、この戦いのウィナーとなって、一人前ぶってやろうじゃないの。
胸の内でフツフツと闘志が湧いてくる。
オーク・キングとの戦いでは、ちょっこすダーティなアイテムを使わせてもらったけど、いまはなにも持っていない。
こーゆー状況でこそ、冒険者としての真価が問われるんだ。
「キエルさん、出し惜しみはなしです。やりますよ!」
「はい、マサキさま!」
「喰らえい! サンダー・ボルトッ!!」
稲妻の魔法を放ち、盟主コボルトの動きを封じる。
「サンダー・ボルト! サンダー・ボルト! サンダー・ボルト!!』
連続魔法で盟主コボルは防戦一方だ。
そこに、
「風よ! 矢を運び眼前の敵を穿て!」
『グガァァァァァ――ッ!?』
キエルさんが風の精霊魔法で威力を増幅させた矢で射抜いていく。
自画自賛になっちゃうけど、見事な連携プレイだと思う。
「このまま押し切りますっ!」
「はい!」
でも、そう都合よくことは運ばなかった。
『グルアァァァァァッ!!』
盟主コボルトが咆哮をあげると、その手に握られた大剣が光を放ちはじめたのだ。
「なんだってんだあの光は?」
「そんな……まさか魔剣!?」
「魔剣ですって? あれが……」
「マサキさま、魔剣には様々な能力が付加されていると聞きます。お気をつけてください」
「おっす!」
大剣が発光してるからって、攻撃の手を休める理由にはならない。
俺は攻撃魔法を放ち続けた。
『ガァァァッ!』
盟主コボルトが吠えた。
怪しく光る大剣を振るう。
すると、なんと俺の放った攻撃魔法が掻き消えたじゃありませんか。
「マサキさま! あれはきっと対攻撃魔法用の魔剣です!」
「えぇ!? なんですそれ?」
「攻撃魔法を打ち消す力を秘めた魔剣ということです」
「うげぇ。……なんつーチートだよ」
俺は自分のことを棚上げし悪態をつく。
魔法を打ち消すなんて、そんなのずっちーじゃんね。
「マサキさま! きます!!」
「おわっち」
力任せに振り下ろしてくる大剣を、俺はブロードソードで受け止める。
受け止めた瞬間、衝撃が体を突き抜け、腰にずきんと痛みが走った。
「くっ……長くは持ちそうにないな」
もちろん、中年特有の腰痛的な意味でだ。
「マサキさま!」
キエルさんが矢を射掛ける。
一本、二本、三本――。
次々と体中に矢が刺さるなか、盟主コボルトは目を血走らせ大剣で俺を叩き潰さんと力を込める。
「矢はお構いなしですか」
ま、キエルさんを狙われるよりはいいけどね。
再び、ずきんと腰に痛みが走った。
「ちっくしょぉぉぉぉぉ!!」
俺はブロードソードを振るい、力任せに大剣を弾いた。
弾かれた大剣はくるくると宙を舞い床に突き刺さる。
俺のブロードソードは剣としてのスペックに差がありすぎたせいか、半ばからへし折れていた。
両者得物を失う。
俺に代えの武器がないと見抜いたのか、盟主コボルトの指先から鋭い爪が伸びた。
『グルルルゥ』
盟主コボルトが爪を振るう。
――構わず前へ。
「はぁぁぁっ!!」
俺は拳を握り、全身の闘気を両拳へと集め――
「でやぁぁぁぁ!!」
渾身の力を込めて盟主コボルトの胸の中央部に叩き込んだ。
『グルァッ!?』
瞬間、盟主コボルトの動きが止まった。
まるで動画を一時停止にでもしたように、ピタリと動きが止まったのだ。
「ボクシング界隈での幻の必殺技、ハートブレイクショットだ!」
ハートブレイクショット。
それは相手の胸部を強く叩き、内部の心臓に衝撃を与え一瞬だけ動きを止めることができるデンジャーな必殺技だ。
ボクサーなら誰もが一度は憧れる必殺技だろう。
かつて、1日に1万回のシャドーボクシングを繰り返していた俺が闘気を込めて殴ったんだ。
ぶっつけ本番だったけど、大成功したみたいだな。
「ふんっしょー!!」
次に俺は床に突き刺さっていた大剣を引き抜く。
大剣は見た目からは想像もできないほど軽かった。
これも魔剣だからか?
いや、いまはそれよりも――
「こいつでトドメだ! どりゃぁぁぁぁぁ!!」
大剣を担いだ俺は全力で横薙ぎに振るい――
『グウゥアッ!?』
盟主コボルトを上下に斬り分けた。
『ワァオーーーーーーン―――……』
それが、盟主コボルトの断末魔の叫びだった。
◇◆◇◆◇
「マサキさま!」
呆然と立ち尽くしてた俺にキエルさんが抱きついてくる。
「やりました! 凄いですマサキさま! 盟主を……本当にすごいです!!」
「あはは……な、なんとか勝てました」
「はい! マサキさまの勝利です!」
キエルさんは俺に抱きつき、涙を流す。
緊張の糸が切れちゃったのかもしれないな。
まー、それは俺もなんだけど。
「ははは……はぁ~……。疲れたー」
俺とキエルさんは同時に床へとへたり込んだ。
互いに体を支えあい、胸をなでおろす。
「マサキさま、盟主コボルトの討伐、成功ですね」
「ですね。俺とキエルさんふたりでやっつけました」
「ロザミィやライラたちに言ったら驚くでしょうね」
「でしょうねー。ミャーちゃんもびっくりすると思います」
「はい」
そんな感じで他愛もない話をしたあと、
「そんじゃ、そろそろ出口を目指しましょうか?」
「待ってくださいマサキさま。何者かが近づいてくる音が聞こえます」
「え? まさかまだコボルトが――」
「あちらからきます」
キエルさんが通路の先を指差す。俺はごくりと生唾と飲み込み、その指先を視線で追う。
たっぷり10数えたぐらいで、その集団は現れた。
ランタンに灯した明かりを掲げ、武器を手に通路を進んでくる集団。
「あれは――」
「マサキさま、ライラたちです!」
それは、仲間たちの姿だった。
今月の22日に『普通のおっさん』4巻が発売されます。
本屋さんで見かけたときは、お手に取ってもらえると幸いです。




