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第41話 逆襲のおっさん その2

 転移魔法の輝きで満たされていた視界に、少しずつ景色が色づいていく。

 まー、色づいたところで所詮は湿っぽいダンジョンなんだけどね。


「転移完了!」


 錦糸町の自宅から転移した先はダンジョン内の開けた空間で、コボルトたちの居住場所だ。

 ものっ凄い数のコボルトが、突然現れた侵入者(俺たち)を見て驚き戸惑っている。


「へっ、初動の遅れは致命的だぜ」


 俺はキメ顔で言う。

 なんか隣のキエルさんがぽーっとした顔で俺を見てるけど、ひょっとして滑っちゃった?

 恥ずかしさをごまかすため、俺は錦糸町から持ってきたリュックに手を突っ込む。


「き、キエルさん! やっちゃいますよ!!」

「あ……は、はいっ」


 俺は秋葉原の『特殊なお店』で購入したガスマスクをリュックから取り出し、キエルさんと一緒に装着。

 不審者2名が爆誕したタイミングでコボルトたちはやっと状況を理解したのか、牙を剥き襲いかかってきた。


 だが――遅い。


 俺は続いてスプレー缶を取り出し、迫り来るコボルトたちに向ける。


「いっくぞー! 覚悟しいやっ!!」


 誤噴射しないためのセーフティークリップを外し構えると、アクチュエータ(ボタン)を親指で押し込む。

 瞬間、噴射口から黄色い霧状のものが凄い勢いで吹き出し、殺る気に満ち満ちていたコボルトたちを包みこんだ。


『キャウンキャウンッ!?』


『キャァァァンッ!?』


『キャン――ッ!? キャオーーーンッ!!』


 コボルトたちが目を、鼻を押さえて転がりまわる。


「おおっ! なんて威力だ……」


 俺は感嘆の声をあげ、右手に持ったスプレー缶に一瞬だけ視線を落とす。


「1本12000円は伊達じゃないな」


 この秋葉原の『特殊なお店』で購入した『クマ撃退スプレー』こそ、対コボルト大軍団殲滅兵器として用意した俺の切り札だった。

 嗅覚にダメージを与えるカプサイシンを主成分としたこのスプレーを使えば、相手が体重500キロ超えのホッキョクグマやグリズリー、あろうことか百獣のキングであるライオンまでをも涙目にして追い払うことができるのだ。

 日本のお店で入手できる非殺傷系アイテムのなかでは、間違いなく最強クラスと言ってもいいだろう。


「どうだ!? でも――まだこれで終わりじゃないんだぜ。キエルさん!」

「はいっ! ……踊れ、踊れ、風の精霊よ。此処に集いて舞い踊れ!」


 俺の呼びかけにキエルさんが応える。

 事前打ち合わせの通り風の精霊を喚起し、無風状態だったダンジョン内に風が巻き起こった。


「マサキさま、いつでもどうぞ!」

「ありがとございます! あっ、よいしょーーーー!!」


 俺は持ってきたありったけのクマ撃退スプレーを、キエルさんが操る『風』に吹きつける。

 風に乗ったカプサイシンがコボルトたちの住処の隅々まで行き渡り、そして――


「ちょっと……や、やりすぎちゃったかな?」


 地獄が広がっていた。

 この場所にいるすべてのコボルトたち(冗談抜きで数百体いる)が石畳の上を転がりまわり、苦悶の鳴き声をあげていた。

 これは予想の遥か上をいく威力だぞ。


「マサキさま、今のうちにここを脱出しましょう!」

「ですね」


 俺はキエルさんの提案に頷く。

 いくらコボルトが無力化しているとはいえ、さすがにこの数だ。

 一体一体トドメをさしていく時間なんかないし、わざわざそんなことをしてたら復活しちゃうもんね。


「でも、その前に……」


 俺はガスマスクの下でにやりと笑うと、足元に山と積まれているでっかい紙袋の封を次々と切っていく。

 これらはすべて錦糸町から持ってきた、一袋10キロ入りの『小麦粉』だ。

 その数、実に20袋。


「キエルさん、もっかい風の精霊を呼び出せますか?」

「はい。お任せください」


 俺は再び巻き起こった風に小麦粉を乗せる。


「風の精霊さん、どんどん運んじゃってください。この空間がホワイトアウトしちゃうまで!」


 俺の声が風の精霊に届いたかは不明だが、小麦粉をすべてばら撒き終えた頃には視界は真っ白だった。


「よっし! 準備完了! キエルさん、脱出しますよ」

「は、はい」


 俺はキエルさんの手を引き、事前に確認していた出口を目指して走る。

 確かこっちのほうだったよな?

 そんな感を頼りに走っていると、


「あの……マサキさま、」

「はい? どうしました?」

「その……出口はこちらです」

「あ……そ、そっちでしたか」


 どうやら間違った方向に進んでいたらしい。

 キエルさんが前に出て、さっきとは逆に俺の手を引く。


「見えなくとも出口は風の精霊が教えてくれます。わたしについてきてください」

「おっす!」

「こちらです」


 キエルさんは俺の手をしっかりと握り、駆け出す。

 程なくして視界が開け、コボルトたちの住処からダンジョンの通路へと出た。


「マサキさま、通路です!」

「ありがとうございますキエルさん、そんじゃ、ちょっくらコボルトたちに置き土産をプレゼントしてやりますか!」

「置き土産……?」

「ええ、ほら、昨日の夜打ち合わせしたじゃないですか。アレ憶えてます?」


 俺の言葉にキエルさんは少しだけ首を傾げ、しばらくしてポンと手を叩く。


「思い出しました! あの『呪文』を唱えればいいいんでしたね?」

「アレは呪文じゃないんですけどね。まー、『お約束』みたいなもんです」


 キエルさんがきょとんとしちゃったけど、それに構わず俺は右手のひらを絶賛ホワイトアウト中のコボルトたちの住処に向ける。


「さあキエルさん! お願いします!」

「わ、わかりました。えっ……と、確か――」


 眉根を寄せるキエルさん。

 やっぱり無茶ぶりすぎたかな?

 俺がちょっぴり反省しはじめた矢先、キッズの心を持つ者なら誰もが憧れる『あの言葉』が、キルさんの口から飛び出してきた。


「ふ、フンジンバクハ(粉塵爆破)ッテ、シ、シッテルカ。……でしたっけ?」

「ファイヤーボールッ!! あーんど、魔法障壁マジックシールド!!」


 ちゅどーーーーーーんっ!!


 俺の撃ち出したファイアーボールが空気中の小麦粉に引火し、コボルトたちの住処で大爆発を起こす。

 人生で一度はやってみたい必殺技ランキングのトップ3には入るあの(・・)粉塵爆破を、俺はついに放つことができたのだ。


「すっごい音だったな。さーて、威力はどんなもんかな?」


 コボルトたちの住処を覗き込むと、それはそれは大惨事な光景が広がっていた。

 端的に説明するなら、全滅してるっぽかった。


「マサキさま……。すさまじい威力でしたね。まさか……まさか小麦を触媒にこんなにも威力がある事象を起こせるなんて、わたし知りませんでした」

「ええ、俺も子供のころ、マンガのマスタートンキーを読むまで知りませんでしたからね」

「……え?」


 キエルさんから本日二度目のきょとん顔をちょうだいした俺は、キメ顔をつくって踵を返す。


「さあ、戻りましょう。地上へ!」

「え? あ、はい」

「俺の記憶が確かなら、出口はこっちの――」


 そう言いつつダンジョンの通路を指差した先、そこに――


『グルルルルゥゥゥ……』


 盟主コボルトがいらしゃるじゃありませんか。


「……わーお」


 俺はキエルさんを背に庇い、剣を抜くのだった。

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