第40話 逆襲のおっさん その1
スカイツリーを見て大興奮してしまったキエルさんを寝かしつけるのは、なかなかに大変だった。
「マサキさま! 見てください! 光り輝く塔がっ」
って鼻息を「ふんすふんすっ」しながら言いはじめちゃったもんだから、さあ大変。
ベランダから身を乗りだして、スカイツリーを食い入るように見つめているぞ。
「キエルさん、あぶな――危ないですって!」
「ああ……なんてきれいなんでしょう。ソシエにも見せてあげたい」
「と、取りあえず部屋に戻りましょうか。ね? ねね? も、戻りますよー」
俺はキエルさんの腰に手をまわし、引きずるようにしてリビングへと戻る。
「マサキさま、わたしあの塔の麓まで行ってみたいです」
「んー……」
「ダメ……ですか?」
「いや、ダメってわけじゃないんですけどね……」
キエルさんはエルフだ。
耳が人間より長い。
いくら世界中から観光客が集まるスカイツリーとはいえ、エルフのキエルさんがいたら注目を浴びてしまうのは間違いなし。
帽子とかでうまく隠せればいいんだけどねー。
そもそも、外にでる服(キエルさん用の)がない。
「…………マサキさまがダメとおっしゃるのなら諦めます」
しょんぼりしたキエルさんは、人差し指をくっつけっこしている。
「だ、ダメじゃないですって! こんど! こんど一緒に行きましょう!!」
「ホントですか!?」
「え、ええ」
「ありがとうございます!!!!」
こんなテンション高いキエルさん見たことないぞってぐらいテンションが高い。
「あの塔はなんという名なのですか?」
「スカイツリーっていいます」
「すかい、すかいつりー……。不思議な響きですね」
「そりゃー、キエルさんにとっては異世界ですからね」
「ああ、そうですね。マサキさまの世界の『言葉』なんですものね」
「ですねー。おっといけない。キエルさん、そろそろ寝てくださいね?」
「が、がんばります」
キエルさんってばスカイツリーに連れていく約束をしたことで、より興奮しちゃったのか、なかなか寝付けないようだった。
ずーっと寝室から、
「うふふ……すかいつりー……すかいつりー……うふふ……」
って声が漏れ聞こえていたからね。。
それでも、朝方近くには森の妖精さんみたくスヤスヤと寝てくれた。
おかげで俺は濃いめのブラックコーヒーを飲みながら、インターネッツの海を泳ぐことに。
「そんじゃ、調べますかー」
しょぼしょぼな目をこすり、ほっぺをピシピシひっ叩き、たまに窓を開けて新鮮な空気を吸ったりしつつ、コボルト大軍団をやっつけれそうな策を検索。
「ふむ……これ、かな?」
時間は進み、朝の特撮ヒーローもの(毎週欠かさず見てる)がはじまる頃、俺の脳内には、コボルト大軍団を倒せそうな作戦が練りあがりつつあった。
「よーし。となると次は買い物だな。いま9時半だから、11時になったら買いにいくか。でもいまは……」
俺はイスから立ち上がり、ソファにダイブする。
「ちょっとだけ……眠らせてくれ。パトラッシュ……ぼくは疲れたよ」
一瞬で夢の世界へ旅立った俺は、しばしの仮眠を取るのでした。
◇◆◇◆◇
錦糸町から総武線に乗り、8分ほど揺られて秋葉原へ。
雑居ビルにはいっているお店で『いろいろ』お買いものしてから、錦糸町へ帰還。
スーパーに寄って、そこでも大量にお買いものをしてから自宅に戻る。
「ただいまでーす」
「おかえりなさい、マサキさま」
両手いっぱいに荷物を持った俺をキエルさんが出迎えてくれた。
ダンジョンアタックで汚れてしまった服はいま洗濯中なので、キエルさんは代わりに俺のTシャツとハーパンを着ている。
サイズが大きいせいか、片っぽの肩がでちゃってちょっと目のやり場に困るぞ。
「マサキさま、これはなんですか?」
「これですか?」
買ってきた『ある物』に興味を持ったのか、キエルさんが訊いてきた。
「これはですねー。こうやって――――……」
俺はキエルさんに効果と使い方をご説明。
キエルさんは買ってきたものが対コボルト用決戦兵器だとすぐに理解してくれたのか、真剣な顔で俺の説明を聞いていた。
「――という感じです」
「すごい……アイテムですね。マサキさまの世界では、モンスターと戦うときにこのアイテムを使うのですか?」
「モンスターというか……痴漢とかかな?」
「チカン?」
「もしくは超DQN大軍団とか」
「ど、どきゅん?」
「ああ、すみません。俺の世界にいる悪しき者たちの総称です。気にしないでください」
「は、はい。わかりました」
キエルさんがコクコクと頷く。
「それよりコボルトと戦う作戦を立てましょう」
「はい!」
こうして、俺とキエルさんはコボルトとの戦いをシミュレーションしつつ、
「まず最初は、これを――……」
「はい、わかりました」
「そしたら次はこれをコボルトに――……」
「それでしたら、わたしの精霊魔法を使えばより効果があがるのでは?」
「おお! なるほど、そうすれば効果がとんでもなく跳ねあがりますね! それ採用です」
「やったぁ」
「そんじゃ、トドメはこれをこーして、」
「が、がんばります!」
入念に話し合い、準備を進めた。
念には念を入れた結果、もう1日錦糸町で過ごすことになったので、俺もぐっすりと眠ることができた。
気力体力共に、フル充電完了だ。
そして――
「キエルさん、いけそうですか?」
「はい、いつでもいけます!」
冒険者装備に着替えたキエルさんが、強く応える。
「最後にもう一度説明しておきます。俺の転移魔法は元いた場所にしか転移できません。つまり、錦糸町から転移した先は、」
「コボルトたちの寝床、というわけですね?」
「そうです。群れの中心に飛びこむことになります。転移した瞬間、戦闘になると思います」
「覚悟はできております」
「……ここで待っていてもいいんですよ?」
と冗談っぽく言ってみたところ、
「嫌です! わたしはマサキさまのお側を離れません!」
真顔で返されてしまった。
キエルさんはいつだって真剣。全力投球だ。
その覚悟に一切のブレがない。
「わかりました。なら――」
俺はキエルさんの手を握る。
キエルさんも俺の手を握り返してきた。
「いきますよー。転移魔法、起動!!」
俺とキエルさんの足元に魔法陣が浮かびあがる。
この魔法陣の内側にあるものの内、俺が望んだものだけが一緒に転移できるのだ。
「さあ、戻りましょうダンジョンに! コボルトたちをやっつけに! みんなに再会しに!!」
「はい!」
そして、俺とキエルさんは転移するのだった。
再び、ダンジョンへと。




