第39話 錦糸町なう
「ただいまー」
ダンジョンからリビング代わりに使っている六畳間に転移すると、二人掛けソファとテレビが俺たちをお出迎えしてくれた。
「ふぅ……。今回もなかなかピンチだったぜ」
そう呟き、おんぶしているキエルさんをふり返ると――
「………………」
「キエルさーん。大丈夫ですかー?」
「………………」
なんかキエルさん、目を大きく見開いてフリーズしていらっしゃる。
リリアちゃんのときともロザミィさんのときとも違う、新しい反応だ。
「もしもーし」
「………………マサキさま」
お、再起動に成功したみたいだぞ。
「はいはい、なんでしょう?」
「ここは………………いったいどこなのですか?」
呆然としつつも、なんとかそう尋ねてくるキエルさん。
その声は僅かに震えていた。
コボルト大軍団に包囲殲滅陣を仕掛けられ、絶体絶命の大ピンチ!!
と思いきや錦糸町に転移していたんだ。
状況に思考が追いつかないのも当然のこと。
「もう安心していいですよ。ここは俺の部屋ですから」
俺はそう言って、キエルさんを安心させるように笑顔を浮かべる。
「マサキさまの……お部屋? ここが……?」
「ええ。ただし、キエルさんにとっては『異世界』になりますけどね」
「……異世界? それは精霊界や冥界のような場所のことでしょうか?」
どうしよう。
なんか俺がしらない世界の単語が飛び出てきちゃったぞ。
「い、異世界というのはですねー、キエルさんたちがいた世界とは、成り立ちからしてまったく違う、ぜんぜん別の世界のことなんです」
「……?」
「んー、驚かないで聞いてくださいね。実は俺、『異世界人』なんです。事の起こりは――――……」
キエルさんをソファに座らせ(しっかりと靴は脱いでもらった)、俺の内緒にしていた『秘密』を打ち明ける。
ある日、『神』と名乗る存在から『力』を与えられ、キエルさんたちが住む世界に送られたこと。
ムロンさんと出会い、そこからリリアちゃんやロザミィさんたちと仲良くなっていったこと。
昔、頭髪が乏しかったこと。
などなど。時間をかけ、じっくりとキエルさんにご説明させていただいた。
特に俺が薄毛だった件についてすげぇ驚いていたようだったけど、話し終えるころには、
「そうだったんですね……」
と言って、真剣な顔で見つめ返してきてくれた。
俺から目を逸らさないところを見る限り、衝撃の事実をバッチリ受けとめてくれたんだろう。
元薄毛として、こんなに嬉しいことはない。
「急にこんなこと言われてもビックリしますよね」
「はい、驚きました。でも……それ以上に嬉しいです」
「へ、『嬉しい』?」
「はい。世界は違うとはいえ、マサキさまの生まれ故郷に連れてきてもらえてとても嬉しいです」
キエルさんが微笑む。
「さーて、『あっち』に戻る前にいろいろ準備をしなきゃいけません。でもその前に――」
俺はキエルさんを見て、次いで自分の体を見回して肩をすくめる。
「とりあえず、お風呂にはいりましょうか?」
「はい!」
◇◆◇◆◇
お風呂を沸かしたあと、壮絶な1番風呂の譲り合いを経て俺が先にはいることになった。
「……ふぅ。生き返るぜぇ」
シャワーを頭から浴び、さてまずは頭でも洗おうかなと思った矢先、事件は起きた。
「マサキさま、お背中流します」
なんとキエルさんが断りも前置きもなく、突然お風呂にはいってきたのだ。
しかも、バスタオルも巻かない赤さんスタイルで。
「ちょわーっ!? キ、キエルさん!? ダメ! ダメですって! 出てください、順番! お風呂は順番ですよ!!」
「遠慮なさらないでください。桶をお借りしますね」
キエルさんは俺の後ろに腰をおろすと、湯船からプラスチック製の手桶でお湯をすくう。
「不思議な材質……。お背中を洗いますね、マサキさま」
そう言うとキエルさんは俺の背中にお湯をかけ、ボディーシャンプーを泡立ててから優しく洗いはじめた。
「ちょっ! キエルさ――」
「……マサキさまのこの背中が、またわたしを救ってくれたんですね」
「…………」
俺の背中にポツポツと水滴が落ちてくる。
それがなんなのか、振り返らなくてもわかった。
「キエルさん……」
「マサキさまはわたしを守ってくださいました。またわたしを……守ってくださったんです」
キエルさんが俺の首に腕を回し、後ろから抱きついてきた。
「ごめんなさいマサキさま……。でもわたし、わたし……怖くて……どうしても怖くて……」
「はい」
「何度ももうダメかと思いました。足が竦んで立てなくて……口では強がってましたけど……マサキさまがいなかったらあの場から一歩も動けませんでした」
「はい」
キエルさんの口から紡がれる言葉は、やがて嗚咽が混じりはじめ、最後には子供の様に泣きじゃくっていた。
「怖い思いさせてすみません……」
「……違います。マサキさまはなにも悪くありません」
キエルさんがふるふると首を振る。
「マサキさま、もう少しだけ……もう少しだけこうしていてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
「……ありがとうございます」
キエルさんが何度も何度も俺を強く抱きしめる。
それは、ふたり同時に盛大なくしゃみをするまで続くのでした。
◇◆◇◆◇
湯船につかり体を温め直した俺とキエルさんは、遅めの夕食を食べることにした。
エルフであるキエルさんはお肉があまり好きではない。
そこで俺は、冷蔵庫に入っていた豆腐を駆使して豆腐ハンバーグを作ることに。
ボウルに水切りした豆腐を入れ、ペースト状にしてからパン粉を加える。
そこにひじき、みじん切りしたしょうが、すり下ろしたレンコンとめんつゆを入れ、こねこね混ぜる。
適当なサイズに握り、油をひいたフライパンで両面を焼いて完成だ。
「さあキエルさん! できましたよ!」
「マサキさま、これはなんというお料理ですか?」
「これは豆腐ハンバーグっていいます。安心してください、お肉ははいっていませんから」
「そんな……お気を使わないでください」
「ははは、最近お腹周りのお肉がちょーっと気になってたんで、ヘルシーなの食べたかったんですよ。だから気にしなくていいですからね」
「わかりました。でも……ありがとうございます」
炊き上がったばかりのお米をよそって、お湯をいれるだけのインスタントお味噌汁に、ザク切り手抜きサラダもテーブルに並ぶ。
はじめてみる料理の数々に、キエルさんは興味深々。
「さあ、温かいうちに食べましょう!」
「はい!」
キエルさんにはナイフとフォークを用意していたんだけど、俺が使う『箸』に興味を持ったのか、「わたしもそのオハシというものを使ってみたいです」と言うので、いざチャレンジ。
プルプルと震える箸から、サラダや豆腐ハンバーグがポロッポロ落ちていく。
「む、難しいですね」
「あはは、ムリしなくていいですよ。フォークで食べます?」
「嫌です! マサキさまと一緒がいいんです!」
「が、がんばってください」
キエルさんは器用なのか、10分も経ったころには困らない程度に箸を使えるようになっていた。
「マサキさま、この『トーフハンバーグ』とっても美味しいです!」
「よかったぁ。まだまだおかわりはありますんで、遠慮せず言ってくださいね」
「はい。こんな美味しいものをお作りできるなんて……マサキさまは凄すぎます」
「やめてくださいよー。そんなこと言われたら調子に乗っちゃいますよ?」
「いいと思いますよ。だってマサキさまは謙遜しすぎですから」
「えー、そうですかー?」
「そうですよ」
「まいったなー」
「うふふ……」
思いきり泣いたからか、キエルさんはすっきりした顔をしている。
夕食は会話が途切れることなく進み、洗い物をするころにはすっかり夜も更けていた。
「そろそろ寝ましょうか?」
「は、はい」
キエルさんが寝室をチラ見して頬を赤くする。
ベッドがひとつしかないから一緒に寝ると勘違いしちゃったのかな?
「俺はちょっと調べものするんで、キエルさんは先に休んでいてください。あ、歯磨きは忘れずに」
「そんな……マサキさまがお休みにならないのなら、わたしも寝ません!」
「ダメですよ。疲れてんですから」
キエルさんは体力の限界な千世の富士状態。
さっき洗い物してたとき、ソファで船漕いでたからね。
「明日に備えて寝てください」
「……はい。マサキさまがそうおっしゃるのなら」
キエルさんは渋々、といった感じで寝室にはいっていった。
俺はパソコンを起ち上げ、対コボルトの策を練ろうと腕まくり。
「さーて、いっちょやったるか」
と頬を叩き気合を入れたところで、寝室からキエルさんがとび出してきた。
「マママ、マサキさま!? とと、塔がっ!! 窓から光り輝く神秘の塔が見えますっ!!」
あ、カーテン閉めるの忘れてたや。




