第37話 脱出
なんとかコボルトたちを退けた俺たちは、ミャーちゃんが探し当てた隠し部屋へと身を潜ませた。
入口に交替で見張りを立て、しばしの休息を取る。
その間に俺たちは、『金剛石の盾』のみなさんと情報交換をすることに。
「へー、なるほど。ドッカーさんたちもこの古代遺跡を見つけていたんですね?」
「ああ、5日ぐらい前に森の西側で苔まみれになった入口を見つけてな。お宝目指して入念に準備をしてよ……んで、挑んだ結果がこれだ」
ドッカーさんが肩をすくめ、やれやれと首を振る。
「まさかギルドで会ったあんたらも見つけてるとは思わなかったけどな。他に入口があったのか?」
「アタイたちはコボルトの巣穴に潜ったらたまたまこの遺跡に行きついたのさ」
「なるほどな。コボルト共はこの古代遺跡で繁殖してるみたいだからな」
ドッカーさんたちは古代遺跡を探索していくうちに、コボルトの大量発生がこの遺跡のせいだと確信したらしい。
外敵から群れごと身を隠せるこの遺跡は、繁殖にもってこいなんだとか。
「まさかあんなに数がいるなんざ、予想もしてなかったがよ」
「アタイらもさ」
ライラさんとドッカーさんは、互いに自嘲気味な笑みを浮かべた。
通常、コボルトの群れは多くても数十匹程度。
それがこの遺跡には、余裕で数百匹――場合によっては1000匹ぐらいはいるんじゃないかって勢いだ。
ゴッキーもビックリな繁殖力だぜ。
「俺たちだけで50はぶっ殺したはずなんだがな。奴ら、殺しても殺しても湧いて出やがる」
「へぇ、やるじゃないか。ここから出るまでその調子で頼むよ」
「任せとけ……と言いたいところだけどよ、生憎と仲間の消耗が激しい。魔法使いのキンリュはまだ目覚めないし、僧侶のフィジカは病み上がりなうえ、魔力が残り少ないから戦力としては数えられない」
「待ってくれよドッカー! 僕はまだ戦える!」
ドッカーさんの言葉にフィジカさんが立ちあがる。
立ったはいいけどまだまだフラつくのか、なんか足元がおぼついていなかった。
「強がるな。お前さっきまで死にかけてたんだぞ? 血もかなり流していたから立ってるのがやっとのはずだ」
「そ、それは……」
「パーティのリーダーは俺だ。嫌でも従ってもらう。気に入らないと言うのなら、ここを出てから好きにすればいい。だがな、このクソッたれなダンジョンを出るまでは俺がリーダーだ。わかったな?」
「……わかったよ」
ドッカーさんの有無を言わせぬ迫力に、フィジカさんが渋々といった感じで引き下がる。
その一部始終を見て、ライラさんが「ふふ」と笑った。
「いいリーダーだね、アンタ」
「そうか?」
「ああ。仲間想いのいいリーダーだよ。仲間から嫌われることを恐れてちゃそうは言えないからね」
「口が悪いだけだよ」
「アンタがそう言うのなら、そういうことにしといたげるよ」
ライラさんは少しだけ楽しそうに笑ったあと、表情を引きしめこう言うのだった。
「さて、それじゃ今後の話をしようじゃないか」
◇◆◇◆◇
コボルト対策本部で開かれた、総勢11名からなる今後の方針会議の結論は、
「それじゃあ姉さん、このダンジョンから脱出するってことでいいのね?」
「そういうことになるね。今回はコボルトの数が多すぎた。アタイたちだけじゃまともに戦えやしないよ」
「ライラのゆーとーりにゃ。多すぎだにゃ」
「わたしも退いたほうがいいと思います。このダンジョンのなかでは精霊の力が弱まっていますので……」
満場一致で脱出に決まった。
意識不明が1名。
魔力ほぼ0が1名(しかもフラフラしてる)。
2名が戦力外のこの状況では、コボルト大軍団とまともに戦えないと判断したからだ。
というか、ぶっちゃけコボルトの数が多すぎて無事に脱出できるかも怪しいぞ。
「ダメ元で訊きますけど、お外に出れる道知ってるひとなんかいませんよね?」
俺の質問に、全員がふるふると首を振った。
コボルトの数もそうだけど、帰り道がわからないってのも大問題だよな。
「すまねぇ兄さん。途中まではマッピングしてたんだけどよ……」
申し訳なさそうに顔を伏せたのは、盗賊のモーリーさん。
ギルドですげーメンチ切ってきたときは別人のように、殊勝な顔をしてかしこまっている。
ライラさんにビビってるのかな?
「いや、気にしないでください。あんな大軍団に追われてたらマッピングどころじゃないですしね」
「本当に……すまねぇ」
「マサキの兄さんがこう言ってくれてるんだ。気にするなモーリー。それよりライラ――って呼んでいいよな?」
「かまやしないよ」
ドッカーさんの確認にライラさんが首肯する。
「なら遠慮なくそう呼ばせてもらうぜ。そんじゃライラ、どうやってここから逃げ出す?」
「出口も来た道もわかりゃしないんだ。しらみつぶしにいこうじゃないか」
「なるほど、な。やっぱそれしかないか。となると、外に出るまでは仲間ってことだよな?」
「そうなるね」
「よし。なら互いに出来ることと出来ないことの線引きを決めておこう」
「いいよ。決めようじゃないか」
ライラさんとドッカーさんとの間で、共闘について簡単に取り決めが交わされた。
金剛石の盾は治療師と魔法使いの2名が戦力外。
魔法を使えるひとが誰もいない状態。
そこで俺とロザミィさんの魔力に余裕があるときは、所属パーティ関係なく回復魔法やその他補助魔法を要請に応じて行使することを約束し、代わりに危険度が高い近接戦闘は重戦士のドッカーさんと、同じく金剛石の盾で戦士をやっているディックさんがお努めになってくれることになった。
ギブ・アンド・テイクってやつだ。
「よしっと! いつコボルトたちが戻ってくるかわかりませんからねー。そろそろ出発しちゃいますか?」
「マサキに賛成! 姉さん、早く出発しましょ」
「確かに休んでる間も惜しいぐらいだからね。キエル、ミャムミャム、ふたりとも動けるかい?」
「ミャムミャムはへーき!」
「わたしも……大丈夫です」
ミャーちゃんはへっちゃらみたいだけど、今回が初めての冒険で初めてのダンジョンであるキエルさんはけっこーしんどそうだ。
「キエルさん、よかったら俺におぶさってください」
「え? そ、そんな……いけません!」
「いいんです……よっと」
「きゃっ!?」
俺は半ば無理やりにキエルさんをおんぶする。
ロザミィさんの目つきが一瞬厳しくなったような気がしたけど、まさかロザミィさんもおんぶしてほしかったのかな?
「おろっ、おろしてくださいマサキさま!」
「だーめーでーす」
「そんな――」
「だってキエルさん辛そうなんですもん。まだまだ先は長いんですよ? 精霊魔法が使えて、俺に聞こえないような音も聞こえるキエルさんは休めるときに休んでてください」
「でも……」
なおも抵抗するキエルさんに、ロザミィさんはただひと言。
「キエル、今回だけはマサキの優しさに甘えておきなさいよね」
「ロザミィ、あなたまで……」
「いざというとき走れなくなって困るのはあなただけじゃないわ。みんな困るの。だって、マサキもライラ姉さんも、あなたを置いていけるようなひとじゃないでしょ?」
「ミャムミャムはー?」
「やだなー。そんなこと言ったらロザミィさんだってキエルさんのこと置いていけないじゃないですかー。もー。このこのー」
「あ、あたしは――ちょ、ちょっと! もうっ、ぐりぐりしないでよマサキ!」
「ねー、ミャムミャムはー? ミャムミャムもおいてかにゃいよー」
俺はロザミィさんのわき腹あたりを肘でぐりぐりと。
ロザミィさんは顔を真っ赤にして、ポコスコ叩いてきた。
「ふふ。そういうわけさキエル。せっかくロザミィが特等席を譲ってくれたんだ。ふたりに甘えときなよ」
「……はい。わかりました」
ライラさんの言葉にキエルさんが頷く。
そして、遠慮がちに俺の首に細い腕をまわしてきた。
「お、お願いします」
「はい! 任せてください」
キエルさんをおんぶした俺は、自分の荷物をライラさんに預け、
「じゃ~、出発しましょうか」
と言って、部屋から出ていくのだった。
◇◆◇◆◇
「大丈夫だ。こっちにコボルトはいねぇ」
「うん。臭いもしないにゃ」
盗賊であるモーリーさんとミャーちゃんの先導の下、俺たちは全力で警戒しながら慎重にダンジョンを進んだ。
たまーに少数のコボルトと出くわすことがあったけど、
「おらよぉっ!」
「せぇぇぇいっ!!」
ドッカーさんとディックさん両名の手により、サクサクと倒されていった。
「ふぅ……。数が少なければなんてことないな」
「そうだね。ま、せいぜいこのまま団体さんに出くわさないことを祈ろうじゃないか」
ドヤってるドッカーさんにライラさんが同意する。
「さあさ、進むよ」
「あ、待ってくださいライラ」
「どうしたのさキエル? なにか感じたのかい?」
「はい。空気の流れが変わりました。出口が近いのかもしれません」
「それは……本当だろうね?」
ライラさんの問いに、キエルさんはおれにおぶさったままコクリと頷く。
「ええ、風の精霊の力が少しだけ強くなりました。外に近い証拠です」
「どっちかわかるかい?」
この先で二手に別れている通路をライラさんが指さす。
「右です」
「わかった。進むよ」
ライラさんはそう言うと、ひとりでずんずん進みはじめた。
ドッカーさんたちも別に異論はないのか、ライラさんのあとをついていく。
歩くこと、小1時間ばかり。
広い一室にでた俺たちは、天井から差し込む陽の光を見つけた。
「見て姉さん! あそこ! あの天井の裂け目から外にでれそうじゃない?」
「……みたいだね」
「やったにゃ! これでやっとお外にでれるにゃ!!」
20畳ぐらいはある広い部屋の天井。
そこに、ひとひとりが通れそうな大きな裂け目があったのだ。
「ロープを垂らせば上れない高さでもないな。モーリー、ロープをだしてくれ」
「あいよ」
ドッカーさんに言われ、盗賊のモーリーさんが背嚢からロープを取りだす。
ロープの先端には鉤爪がついているから、忍者みたくどっかに引っ掻けて上るつもりなんだろう。
「コイツを投げるからちょいと離れててくれ」
「わかりました」
みんなが自分から距離を取ったことを確認したモーリーさんは、鉤爪付のロープをぶんぶん回しはじめ、
「ふん!」
天井の裂け目を狙って投擲。
見事鉤爪を引っ掻けてみせ、得意げな顔をする。
「誰から上がる?」
「んー、じゃーミャムミャムがあがるー」
ミャーちゃんがハイと片手をあげた。
最初のひとりは危険が大きい。
外にコボルトが待ち構えているかも知れないし、途中でロープが切れたり、鉤爪が外れてしまう可能性だってある。
それらを理解したうえでミャーちゃんは一番手に立候補したのだ。
「まあ、すばしっこいミャムミャムが適任だろうね。ミャムミャム、うえに上がったらなんでもいい。ロープを近くのものに巻きつけておくれ」
「わかったにゃ」
「頼んだよ」
ライラさんにサムズアップしたミャーちゃんは、一度ロープをぐいぐい引っ張って確認したあと、
「じゃ、のぼるにゃ」
と言ってスルスルと裂け目の外にまで上っていった。
「ミャーちゃん、外はどうです? コボルトいました?」
「んーん。いないみたいにゃ」
その言葉に、全員が安堵する。
「ロープを結びなおすから待っててねー」
「急いどくれよ」
ミャーちゃんがロープを近くの木に結び直し(裂け目の外は森だったらしい)、みんな順番に上っていく。
ライラさんにはじまりロザミィさんと続き、そこから金剛石の盾のみなさんが上りはじめ、残ったのは俺と俺におんぶされているキエルさんに、ドッカーさんと意識不明のキンリュさん。
「マサキの兄さん、先に上ってくれ」
「そんなことできませんて。まだ意識がもどってないキンリュさんを優先してあげてください」
「しかしなぁ、俺にもリーダーとして――」
「リーダーなら仲間を優先するべきでしょう?」
「…………」
「さ、早く。いつコボルトがくるかわからないんですから」
「すまないな。ギルドに戻ったら酒を奢らせて」
「いいですねー。楽しみにしてます」
ドッカーさんが自分とキンリュさんを縛り(落ちないように)、ロープを上っていく。
ふたり分の体重を支えているからか、さすがに時間がかかっていた。
「すみませんキエルさん。最後になっちゃって」
「わたしは構いません。マサキさまとこうして触れ合える時間が長くなりましたから」
俺の首に回されているキエルさんの腕が、抱きしめるようにぎゅっと締まる。
「あ、ドッカーさんが上りきりましたよ。俺たちもいきましょう」
「わたしは自分で上れますので、マサキさまお先にどうぞ」
「なに言ってるんですか。キエルさんより先に上ったらライラさんに蹴り落されちゃいますって。だから先に上ってください」
「ですが……」
そんな、日本人特有の譲り合いをしていたら――
『ワォォォォオオオオオオンンッッッ!!!』
また、あの『盟主』の鳴き声が聞こえた。
それも――すぐ近くで。




