第32話 ダンジョンへ挑もう その1
石壁を見つけた俺たちは、改めて周囲を見回す。
行き止まりです、とばかりに穴を塞ぐ石壁の正体は、なんと古代遺跡かもしれないそうじゃないですか。
「古代遺跡……。なんてロマン溢れる響きなんだ……」
ファンタジーな異世界で、『冒険者』という職業を選んでよかった。
俺がしみじみそう感じていると、キエルさんが俺の服をちょいちょいと、遠慮がちに引っぱってきた。
「ん、どうしたんですかキエルさん?」
「マサキさま……あそこに裂け目があります」
「ん、どこですか?」
「あそこです」
キエルさんが指し示した先では、石壁の一部が崩れ落ち、大きな裂け目ができていた。
「ギリッギリでひとが通れそうな大きさですね」
「はい」
俺の言葉にキエルさんは一度頷いてから、言葉を続けた。
「この地中に掘られた穴には、コボルトの巣として使われた形跡はありませんでした。ひょっとしたら、この裂け目の奥からでてきたんじゃないでしょうか?」
「ああ、キエルの言う通りだろうね。この石壁の向こうは、十中八九コボルトの巣になってんだろうさ」
「ちょっと待ってよ姉さん! これ古代遺跡なんでしょ? なんでコボルトなんかが……」
「落ち着きなロザミィ。そんなのアタイだってわかりゃしないよ。遺跡にいたコボルトが外にでてきたのか、それとも外にいたコボルトがここを見つけたのか……。どちらにせよ、」
そこで言葉を区切ったライラさんは、石壁をドンと叩いてニヤリと笑う。
「アタイらが第一発見者なんだ。なら……しっかり稼がせてもらおうじゃないのさ」
「となると……ライラさん、このまま古代遺跡に入っていく感じですか?」
「その前に中の様子が知りたいね。マサキ、また『ソレ』を使ってもらえるかい?」
ライラさんが俺のラジコン、『アカンテ』を指さす。
「お安い御用ですよ。そんじゃ……コホン、」
目をつむり、咳払いをひとつ。
そしてカッと目を見開き――
「――いっけぇぇぇぇ! アカンテェェェッッッ!!」
「ねぇマサキ、そのかけ声、毎回やらないとダメなの?」
アカンテを走らせる俺に、ロザミィさんの冷ややかなツッコミが突き刺さるのだった。
裂け目からアカンテを石壁の向こう側に送り、映像を確認。
タブレットPCの画面には、石畳の通路が映っていた。
床も壁も天井も、見事に石材で造られている。
「すごいですねこの建造物。いったい誰がなんの目的でつくったんだろ?」
「マサキ、アタイにも見せてくれるかい?」
ライラさんはそう言うと、俺の背中に自分の体を密着させるようにして身を乗りだし、タブレットPCを覗き込む。
背中から伝わる柔らかな感触を受け、千々に乱されそうになる心を必死になって繋ぎとめる。
いかんいかん。いまはアカンテの操縦に意識を向けないと……。
「んなっ!? ちょっと姉さん! マサキから離れてっ。もうっ――くっつきすぎよ!」
「そうです! そ、そんなに寄りかかられてはマサキさまが苦しそうです!」
「ん、そうかい?」
「そうよ! マサキは『らじこん』を動かすのに集中してるのっ。じゃ、じゃましないであげてよねっ!」
「ロザミィの言うようにマサキさまの邪魔をしないでください! マサキさまは繊細な方なんです! ライラ、あなたと違ってね!」
「はいはい、わかったよ」
ものっ凄い勢いでふたりに詰め寄られ、むりやり引っぺがされるライラさん。
背中のヌクモリティよ、さようなら。
「ライラさん、壁の向こう側はこんな感じになってますね」
俺は動揺を明鏡止水の精神で抑え込み、なんでもない風を装ってライラさんにタブレットPCの画面を見せる。
「……へぇ」
「どーみても通路、ですよね、それ」
「ああ、そうだね。どうやら『当たり』みたいだよ」
「姉さん、あたしたちにも見せてよ」
「いいよ、ほら」
「……ほんとだ。マサキの言う通り通路みたいね。じゃあこの遺跡は――」
「古代迷宮、ということですかロザミィ?」
「ええ、そうよキエル。そうに決まってるわ!」
ロザミィさんもキエルさんも、アカンテから送られくる映像に釘付けのご様子。
「マサキ、もういいよ。マジックアイテムをこっちに戻しな」
「え、もういいんですか? まだ調べはじめたばっかりですよ?」
「ああ、こいつが未発見のダンジョンだってわかれば、それで十分なのさ」
「そうですか……。となると、いよいよこのダンジョンに――」
乗り込むんですね!
テンション高めでそう続けようとした俺の言葉は、
「一度ギルドに戻るよ。ダンジョンだってんなら仕切り直しさ」
ライラさん下した予想外の決断に、行き場を失うのだった。
プリーデンの冒険者ギルド『獅子の牙』に戻った俺たちは、コボルトの討伐証明となる部位を渡して報奨金をゲットしたあと、すみやかに宿屋へ移動。
借りた部屋で夕ご飯を食べながら、今後の――早い話があの未発見で未踏破のダンジョンをどうするか、話し合いをはじめた。
「さて、ギルドもしらないダンジョンを見つけちまったアタイらが取れる手段は、ふたつだけだ」
ライラさんは指を二本たて、説明をはじめた。
「この情報をギルド、あるいは他の冒険者パーティに売る、というのがひとつ」
「えー? せっかく見つけたのに教えちゃうんですか?」
「マサキ、未発見の遺跡やダンジョンの情報はね、高額で買い取ってもらえるのよ」
「へー、なるほど。危険を冒すことなく、まとまったおカネを手に入れることができるわけですね」
「正解だマサキ。古代遺跡にどんなお宝が眠ってるかなんて、誰にもわからないからねぇ……。宝があってもなくても、欲をかいた冒険者が金貨を積みあげて情報を買ってくれるのさ」
ノーリスクローリターンってわけですか。
命の危険なくおカネを稼げるのはいいと思うけど、もしも古代遺跡からすげーものでも見つかったら、きっと悔しいだろうなー。
魔剣とか聖剣とかかっちょいいものでも見つかった日には、悔しくて枕を濡らす自信があるぞ。
俺がそんなことを考えていると、隣に座るキエルさんが遠慮がちに口を開いた。
「ライラ、冒険者に情報を売るのはまだわかるのですが……ギルドに売るとどのような利があるのですか?」
「貴重な情報を提供者した冒険者は、ギルドへの貢献度があがって昇級しやすくなるのさ。昇級すればカネがいい依頼を受けれるようになるからねぇ。ま、そのぶん危険度も高くなるけどさ」
「…………つまり、大した利はないと考えていいですね?」
「そうだね。アタイもそう思うよ」
キエルさんの言葉に、ライラさんが肩をすくめてみせる。
冒険者ギルドに情報を売る、って選択肢はなしだな。
「ライラさん、もうひとつは俺たちがダンジョンを探索するってことですよね?」
「ああ」
「なるほど。情報を売るか、それとも自分たちでダンジョンに挑むか、この二択なわけですね」
「そこで相談だ。マサキ、ロザミィ、キエル、あんたたちはあのダンジョンをどうしたい?」
ライラさんが子供のように目を輝かせて訊いてくる。
そんなキラキラしたお目々をされたら、ハイかイエスしか選択肢はないよね。
「俺は自分たちで探索するに一票!」
ずびしと挙手して言う。
せっかくダンジョンを見つけたんだ。
ロマンと夢がいっぱいにつまった冒険をしてみたいよね。
「ふーん。ロザミィとキエルは?」
「わたしはマサキさまに従います」
「あ、あたしもマサキが行くなら行くわ! それにダンジョンを見つけるなんてめったに――ううん、ほとんどないんだからっ。ここで行かないと絶対に後悔すると思うの!」
ロザミィさんのダンジョンへ対する想いは、やたら強い。
両手をギュッと握りしめ、力説していた。
「……なら、ダンジョンに潜るってことでいいんだね?」
ライラさんが確認してくる。
「みたいですね。ライラさんには訊くまでもなさそうですし」
「フフ、あたりまえだろ。アタイは古代王国時代の武具がどうしても欲しくてね。目の前にこんなチャンスがあるんだ。飛びつくに決まってるじゃないのさ?」
「あはは、なら話し合うだけムダでしたねー」
「まったくだよ」
「姉さん、武具が欲しいのは鍛冶師としての血が騒ぐから? それとも戦士の血の方かしら?」
「ロザミィ、そんなの決まってます。どっちもですよ」
「き、キエルさんが冗談を……い、言っただって……?」
「……マサキ、聞いたわね?」
「バッチリですよ! キエルさんがライラさんをいじってました! こりゃー、明日は槍の雨が降るかもしれませんね……」
「も、もうっ! ふたりともひどいですっ!」
珍しくキエルさんが冗談を言うもんだから、ついついからかってしまった。
キエルさんは恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてロザミィさんをポカポカ叩いていた。
「な、なんであたしだけ叩かれるのよ!? 最初にからかったのはマサキでしょ!」
「ぜんぶロザミィがいけないんです!」
「横暴だわ……」
キエルさんにデュクシデュクシと攻撃(ちゃんと手加減してる)を受けるロザミィさん。
しばらくして、みんなで大笑い。
「いやー、楽しいなー」
俺は錦糸町から持ってきたウィスキーを、ロックでちびちび飲んではほろ酔い状態。
明日が月曜日じゃなかったらガッツリ飲むのになー。
「さて、ダンジョンに潜るのが決まったとこで……アタイたちにはひとつだけ足りないものがあるね。マサキ、なにかわかるかい?」
ひとしきり笑いあったあと、急にライラさんが真面目な顔で問題を出してきた。
「足りないもの……? 人数、とかですかね? ダンジョンに入るにはもっと人数が必要だ的な?」
「惜しいね」
「ハイハイ! 姉さんハイ!」
ロザミィさんが元気よく右手をあげる。
ジンジャーハイボールを作ってあげたからか、ほんのり顔が赤い。
「ロザミィ、答えられるかい?」
「もちろんよ!」
ロザミィさんは立ち上がり、
「ダンジョンにはトラップがあるわ。だからダンジョンに潜るには――」
自信満々の顔で答える。
「盗賊が必要なのよ!」




