第31話 発見
コボルトから討伐証明の部位や素材となる部分を剥ぎとったあと、俺たちは木の根元にぽっかりと空いた穴に視線を戻す。
ライラさんの見立てでは、この穴がコボルトの巣へと通じているかもしれないそうだ。
コボルトとの戦闘は俺の補助魔法の効果もあってか、苦戦らしい苦戦もなく、むしろ完勝といってもいいぐらいのデキだった。
このままの勢いで巣穴に乗り込み、コボルトたちを千切っては投げ千切っては投げしたいところだが……現実はそんなに甘くはない。
外での戦闘で圧倒したからといって、コボルトのホームである巣穴でも同じように戦えるとは限らないのだ。
その理由はふたつある。
ひとつ目は、数の違い。
不良マンガ界隈でおなじみのセリフ、「戦いは数だよ」とはよく言ったもので、お外でゴブリンの集団に勝ったからといって、同じノリで巣穴に入っていき全滅してしまうパーティはいまでも後を絶たないらしい。
大抵が予想を遥かに上回る数に押しつぶされ、そのまま帰らぬひととなるんだとか。
ふたつ目が、完全なるアウェイ。
手探りで進むこっちと違い、向こうは隅々まで知り尽くした巣でこちらを迎え撃つ形になる。
外に比べれば狭いだろうし、おまけに日の光も届きにくい。見落とした横穴から襲いかかってくるかもしれないし、罠だって仕込まれているかもしれない。
モンスターの巣に『立ち入る』ということは、それだけで十分に危険な行為となるのだ。
「さーて、どうしましょうか?」
「そうだねぇ……」
俺の質問にライラさんが考え込む。
ちゃんと決めたわけではないけど、この暫定パーティのリーダー的存在はライラさんになっている。
冒険者としての経験も戦闘能力も、ここにいる4人のなかで一番とび抜けているからだ。
「もしこの穴が巣まで繋がっていたら、ギルドに情報を売れるかもしれないよ。なら……ちょいと調べてみるのいいかもしれないね」
「えー、マジですか?」
「大マジメだよ。どれ、まずはみんなで生木と枯れ木でも集めようか」
「生木ですか? なんでまたそんなものを?」
「フフ、あとで教えたげるよ。さあさ、動いた動いた。ロザミィとマサキは生木を、アタイとキエルは枯れ木を拾ってくるよ」
「わかったわ」
「おっす!」
「わかりました」
ライラさんの指示の下、俺たちは動き出す。
幸い、森の中だから生木も薪も集めるのはベリーイージーだった。
「姉さん、集めたわよ」
「ありがとロザミィ」
ライラさんはみんなで集めた生木や枯れ木を見て、満足そうに頷く。
「これだけあれば十分さね」
「ライラ、この生木をどうするのですか?」
「あ、俺も気になりまーす!」
「まあ見てな。こうするのさ」
そう言うと、ライラさんは大きめの石を集めて『かまど』を作り、かまどの中心部に枯れ木を組んで火打石で火をつける。
枯れ木が燃え上がり、火力が安定したところで生木を投入。
白い煙がモクモクとあがりはじめた。
「なるほど。煙で穴の中を燻すんですね?」
「そういうことさ」
俺の言葉にライラが笑みで応じる。
「キエル、煙を穴の中に流し込んでくれるよう、風の精霊様に言ってもらえるかい?」
「風の精霊も煙を運ぶのは不本意でしょうけど……わかりました。頼んでみます」
「任せたよ」
ライラさんが荒っぽくキエルさんの背中を叩く。
ちこっとばかし痛そうだったけど、キエルさんはどこか嬉しそうだった。
『風よ。わたしの頼みを聞き入れたまえ』
キエルさんが風の精霊にそうお願いすると(俺は他言語チートもってるから精霊語すらバッチリだった)、
「おおー、風向きが変わりましたね」
「ええ、こんなにも柔軟に精霊を動かせるなんて、さすがエルフね。人族の精霊使いじゃこうはいかないわ」
風がうねり、たき火からあがる煙が木の根元に空いた穴へと吸い込まれはじめた。
「念のため警戒しときな。中からコボルトが飛び出してくるかもしれないからね」
「おっす!」
剣を抜き、穴に意識を向けることしばし――
『ガァハッ!! ウッウッウッガハァッ!!』
『ケハハァッ、ケハァッ――』
『グルァァァ……』
ライラさんの読み通り、コボルトが次々と飛び出してきたじゃありませんか。
「おいでなさった。もうひと仕事するよ!」
「りょーかいです! ロザミィさん、援護お願いします! キエルさんはそのまま風の精霊の維持をっ!」
「まかせてちょうだい!」
「はいっ!」
煙に喉を傷め、咽るコボルトたちに反撃らしい反撃を許さず、俺たちは一方的に片づけていく。
やがて――
「もう……打ち止めですかね?」
俺の言葉に、
「そうみたいね」
ロザミィさんが同意する。
このあと俺たちはたき火を消し、またまたキエルさんにお願いして穴の中に新鮮な空気を送り込んでから、やっとこさ巣穴へと乗り込んでいくのだった。
「へー。想像してたより広いですね。奥が見えないや」
俺はおでこに装着した、LEDヘッドライトで周囲を照らす。
入口は狭かったけど中は洞窟のようになっていて、通路はふたり並んで歩けるぐらい堀り広げられていた。
がんばって巣を大きくしたコボルトたちの努力が、うかがい知れるというものだ。
「マサキ、気をつけてよ。煙が届かなかった場所があるかもしれないんだから」
「はい。俺もモンスターの巣穴に乗り込むのははじめてですからね。油断はしませんよ」
心配顔のロザミィさんを安心させるように笑うと、俺は再び前を向いた。
目の前には、通路が二つに別れている。
右に進むべきか、はたまた左か。
ちなみに、先頭は俺が務め、俺の後ろをロザミィさんとキエルさんが並んで歩く。そして殿はライラさんだ。
なぜペーペーの俺が先頭かというと……
「ふむふむ。こっちの通路進むと行き止まりか。いったん戻して……っと、」
俺は両手で持ったプロポに固定してあるタブレットPCの画面見ながら、プロポのスティックを指で動かす。
右側の通路の奥からモーター音が近づいてきて、独特なフォルムを持つかっちょいいミニカーが姿を現した。
「あの使い魔……ら、『らじこん』でしたっけ? マサキさまの意のままに操ることができるんですね」
キエルさんが感嘆の声をあげる。
「あ、あはは、使い魔というよりはマジックアイテムってとこですかねー。『コレ』を使って動かすんですよ」
俺ははぐらかすように笑うと、プロポを振ってみせた。
mamazonで偵察用に購入した、カメラつきラジコンバギー、『アカンテ』。
俺がキッズだった頃から今もなお人気のあるラジコンで、最近復刻版として再販されたモデルだ。
少年マンガの主人公が使っていたラジコンカーとしても有名で、当時月刊誌に連載されていた『アカンテ兄弟』は俺のバイブルだった。
俺は暗い洞窟内でも探索できるように、このアカンテにカメラをつけ、ライトも点灯できるよう改造しておいたのだ。
俺はアカンテを先行させ、探索や索敵に使いつつ、巣穴を進んでいる真っ最中だった。
「この先、右に進むと行き止まりだったんで、こんどは左側を調べてみますか。よーし…………いっけぇぇぇ! アカンテッ!!」
ノリノリでアカンテを左に進ませる。
コミヤRCカーグランプリで優勝したこともある俺のコントロールテクニックを持ってすれば、デコボコした通路でもひっくり返ることなく進ませるのは余裕だ。
「むー……。こっちもコボルトはいませんねー。外で倒したのが全部だったのかな?」
アカンテからリアルタイムで送られてくる映像に、コボルトの姿はない。
変わりに映り込んできたのは、
「ん、なんだこれ?」
通路の行き止まりにあった、石で作られた壁だった。
「どうしたのマサキ?」
「マサキさま、なにか見つけたのですか?」
「いや、なんか巣穴には不釣り合いなものが……」
「なんだい、ハッキリしないねぇ」
「ちょっとこれ見てもらえます?」
俺はタブレットの画面をみんなに見せた。
三人とも食い入るように画面を見つめるなか、
「…………へぇ」
最初に声を上げたのはライラさんだった。
「マサキ、これはとんでもないものを見つけたかもしれないよ」
「そうなんですか?」
「ああ。……コボルトはいないんだよね?」
「……いまのところは」
「よし、なら行くよ」
「あ、ちょ――」
呼び止める間もなく、ライラさんが左の通路を進んでいってしまった。
まー、コボルトはいないみたいだから、別にいいんだけどね。
「姉さん待ってよー」
「キエルさん、俺たちもいきましょう」
「はい!」
慌てて追いかけると、ライラさんはアカンテが発見した石壁に手をつき、なにやら感触を確かめているようだった。
「ライラさん、なにしてるんですか?」
「……思った通りだ」
俺の問いかけには答えず、ライラさんが楽しそうに笑う。
「こんなところに石材でできた壁があるなんて……。ね、姉さんっ、これ――これってまさかっ!?」
「……ロザミィの想像通りだろうね」
なにやら、ライラさんとロザミィさんのふたりだけで盛りあがっていらっしゃる。
特に、ロザミィさんの鼻息が荒いこと荒いこと。大興奮状態だ。
状況が理解できていない俺とキエルさんは、顔を見合わせきょとんとすることしかできない。
「ライラさん、それにロザミィさんも、いったいどーしたっていうんですか? 教えてくださいよー」
「マサキさまに同意します」
「フフ、わるいわるい。いま話したげるよ」
ライラさんはそう言って笑うと、心底楽しそうに続ける。
「マサキ、コボルトの巣穴に石壁があるのがおかしいってことぐらいはわかるだろ?」
「ええ、それぐらいは……。だから俺も不思議に思ったんですよね」
「マサキの直感は正しいよ。この石壁はね、」
「……石壁は?」
「きっと古代遺跡だよ」
「古代……遺跡?」
オウム返しに聞き返す俺に、ロザミィさんが興奮したようにまくし立てる。
「マサキ! 古代遺跡にはね、いまでは手に入らないようなマジックアイテムや財宝が眠っているかもしれないのよ!」
「ロザミィの言う通りさね。しかもこんな森のなかに古代遺跡あるなんて、ギルドの情報にはなかったからねぇ。きっとこれは未踏破の遺跡に違いないよ」
ふたりの説明を聞いて、やっと俺も合点がいった。
「つ、つまり……俺たちは、すんげー大発見をしちゃったってことですか?」
「そうよ!」
「その通りさ」
ライラさんとロザミィさんが、まったく同じタイミングで大きく頷く。
キエルさんは口に手を当てて、小さな声で「まあ」と驚いていた。
俺はとりあえず、
「……わーお」
と絞り出すのが精いっぱいだった。
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よかったら覘きにきてください。




