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第29話 依頼

「マサキ、ギルド内でのケンカ(諍い)はご法度だよ」

「えぇっ!? ライラさんがそれ言います?」


 たったいま絡んできたマッチョメンのお股に無慈悲な一撃をキメたライラさんが、真顔でそう言うもんだから俺は大いに戸惑ってしまった。

 ライラさんにとっての『ケンカの定義』を、ぜひ一度お伺いしたいところだ。


「だ、大丈夫ですか?」


 無慈悲な一撃を受けたマッチョメンの安否を確認。


「―――――ッ」


 くずれ落ちたマッチョメンは床に転がり、白目を剥いてピクピクしていらっしゃる。

 うーむ。この場合はヒールをかけてあげたほうがいいんだろうか? 

 いや、でもそれだとマッチョメンのお股がヒールを受けてピンポイントな輝きを放ってしまうぞ。

 彼の今後を考えるなら、衆目の最中ヒールをかけるか判断に迷うところだ。


「こんなのケンカの内に入らないさ。なあ、アンタら(・・・・)もそう思うだろ?」


 ライラさんの挑発的な視線の先には、床に転がるマッチョメンのお仲間らしき一団がこちらを睨みつけていた。

 数は、戦士、重戦士、魔法使い、盗賊、僧侶、の5人。

 華やかな女性陣が揃っている俺たちとは違って、厳つい青年たちしかいない、やたらと男臭いパーティだった。


「……うちのメンバーが迷惑かけたな」


 重戦士が口を開く。

 パーティリーダーなのかな?

 二十代後半の渋い青年だ。


「なに、もう気にしちゃいないさ。ちゃんと反省(・・)してるみたいだしね」


 ライラさんは一度マッチョメンに視線を移してから、再び重戦士に戻す。

 重戦士はしばらくライラさんを睨みつけていたが、やがて「フッ」と笑い、表情を緩めた。


「気の強い女は嫌いじゃないぜ。おれは『金剛石の盾』のリーダーをやってるドッカーってんだ。おたくらは?」

「アタイはライラ。護衛依頼でズェーダからやってきた臨時パーティでね、ここには依頼主の商談が終わるまで小遣い稼ぎをしに来たのさ」

「なるほどな。プリーデンははじめてか?」

「ああ、だから優しく教えとくれ」


 ライラさんがドッカーさんと会話している隙に、俺はこっそりとマッチョメンにヒールをかける。

 大丈夫。ギルドのみなさんはふたりに意識が向いているから、いまマッチョメンのお股がほのかな光に包まれていることには誰も気づいていないはずだ。…………たぶん。


「これでよしっと」


 まだマッチョメンの意識が戻らなかったので、取りあえず床に寝かせとく。

 安心してくれマッチョメン。ピンポイントで輝いていたことは、俺の胸にだけしまっておくから。


「絡んできた相手にもヒールかけてあげるなんて、マサキは優しいのね」


 ごめんなさい。ロザミィさんに見られてました。


「は、ははは……。なんと言いますか……同じ男として放っておけなかっただけですよ」

「マサキはお人好しすぎるのよ。あたしだったら絶対にヒールなんてかけてやらないわ。そのままほっとくわね」

「あらロザミィ、そこがマサキさまの魅力のひとつじゃないですか? マサキさまは誰に対してもお優しいんですから」


 ロザミィさんが口を尖らせて言った言葉に、キエルさんが微笑みを浮かべ反論する。


「うっ……。そ、それぐらいあたしだって知ってるわよ!」

「うふふ、ロザミィ、ムリはしなくていいんですよ?」

「ムリなんてしてないわよっ。そもそもあたしの方がマサキとのつき合いが長いのよっ? キエルなんかよりもっといっぱいマサキのこと知ってるわ!」

「そ、そんなの数か月だけじゃないですか! それにマサキさまのお家に住みはじめた時期は一緒です!」


 いやー、ふたりともすっごい仲良くなったよね。

 やっぱシェアハウスで暮らしてると、互いの距離がぐっと近くなるんだな。どこからどう見ても親友にしか見えないぜ。

 とか思っていたら、


「マサキ、そこに『コボルト討伐』の依頼はあるかい?」


 ライラさんからお声がかかった。

 いつの間にかライラさんはドッカーさんたちと同じテーブルを囲み、杯を片手に(アルコールじゃないと信じたい)会話に混ざっている。

 フットワーク軽すぎのコミュ力高すぎでしょ。さすがはベテラン冒険者だぜ。


「えっと、『コボルト討伐』ですね? ちょっと待ってつかーさい」


 依頼ボードに目を向けて探していると、


「これね」


 ロザミィさんが横から手を伸ばして依頼用紙を引っぺがす。


「姉さんあったわよ。これを受けるの?」

「ああ、そのつもりさ。そこの――」


 ライラさんが親指をびしっと立ててドッカーさんを指さす。


「リーダーさまが言うには、手軽でカネもいい依頼だそうだよ」


 ドッカーさんは、ライラさんの言葉に頷くと、杯をぐいっと呷ってから説明をはじめた。


「見ての通り、ここプリーデンじゃ護衛依頼が人気でな。そのせいで討伐依頼や採取依頼は避けられがちなんだ」

「へー。そりゃまたなんでですか?」

「どいつもこいつも商会とコネを作るのに必死になってるからだよ。それにこの街じゃ商会から指名依頼を受けてやっと一人前、みたいな風習があるからな。おかげで他の依頼はいっつもダブついてんだ」

「あー、商会と仲良くなったら色々と融通してもらえそうですしねー」

「……その通りだ。坊主、お前見かけによらず頭は回るようだな」

「アタイの仲間を『坊主』呼ばわりするのはやめてくれるかい? 見た目は若いけどね、マサキはああ見て33歳なんだよ」

「…………マジかよ」


 ギルドのあちこちからざわめきが起こった。

 俺の実年齢が今日一番の衝撃だったみたいだな。

 おっさんってば複雑な心境だよ。


「あー……マサキだったか? 坊主呼ばわりしてすまなかったな。そこに転がってるモーリーの詫びも含めて一杯奢らせてくれ」

「あはは、そーゆーことならご馳走になっちゃいます」

「遠慮しないでくれ。後ろのべっぴんさんたちもな」


 ドッカーさんに勧められテーブルに着くと、問答無用でアルコールが運ばれてきた。

 昨夜の悪夢がよみがえったのか、ロザミィさんもキエルさんも表情が強張っている。


「新たな出会いに」

「あはは、あ、新しい出会いに!」


 ドッカーさんと杯を打ちあわせ、エールに口をつける。

 真昼間から飲みはじめちゃったけど、プリーデンを拠点に活動しているドッカーさんたちからは、色々と有益な情報を教えてもらうことができた。


「――でだ、プリーデンから東に延びる街道沿いの森に、最近コボルトが増えてきているらしい」

「わーお、それは大変そうですね。街道通るたんびに襲われてたらきりがないですよ」

「東の街道はアルタネイに繋がってるからな。いまお偉いさん方は大慌てらしいぜ」

「交易で利益を得ているプリーデンとしては、街の財政に関わってくる重要な問題ですからねー」

「…………。お前、難しい事知ってんだな。商人か?」

「いやいや、ただの冒険者ですって」

「……そ、そうか。まあいい、話を戻すぞ? 慌てたお偉いさん方がやっとこさ重い腰を上げてよ、コボルト討伐の報奨金を出しはじめたってわけだ」

「なるほどー」


 ドッカーさんからコボルト討伐依頼の経緯をレクチャーしてもらう。

 いつもは素材目的でしか狩られないコボルトだったけど、大繁殖して街の経済にダメージを与えはじめたから賞金がかかったみたいだな。

 賞金がかかったのはつい先日のことで、難易度に比べ割のいい依頼として、最近人気が出はじめているらしい。


「というわけさマサキ。どうだい? アタイらも一口乗らないかい?」

「マサキ、どうするの?」

「えー、それ俺に訊いちゃいます?」

「わたしはマサキさまの意思を尊重しますよ」


 三人とも俺の答えを待っている。


「そうですねー……」


 ライラさんとロザミィさんはなんかウズウズしちゃってるし、キエルさんも『森』と聞いたからかワクワクしちゃってるご様子。

 そんな期待に満ちた瞳を向けられちゃったら、ハイかイエスしか言えないじゃないですか。


「わかりました。受けてみますか、コボルトの討伐依頼」


 こうして、俺たちは冒険者ギルド『獅子の牙』ではじめての依頼を受けるのだった。

 ちなみに、お股に無慈悲な一撃を受けたマッチョメンことモーリーさんは、最後まで起き上がらなかった。

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