第25話 遭遇戦
急に矢が飛んできたもんだから、つい反射的にブレーキを踏んでしまった。
「あっちゃ~……」
こっちは車なんだから、矢なんか気にせず走り抜ければよかったのだ。
しかし、いまさら後悔してももう遅い。
「へっへっへ……。命が惜しかったら積み荷を置いていってもらおうか」
手に武器を持ったワイルドな男たちが複数人、木の陰からわらわらと姿を現す。
ワイルドな男たちは街道を通せんぼするようにして立っているから、ライラさんが言ったように盗賊なんだろう。
「ヒュー♪ 馬がなくても走る馬車たァ、ずいぶんと面白ェもんに乗ってるじゃねぇか。積み荷だけなんてケチくせェこと言わねェでそいつももらおうか。全員から馬車から降りてきな。逆らえば……殺す」
そうリーダーっぽい男が言うと、
「ケケケ、おおっ! よく見りゃ女が多いぞっ! それも上物揃いときてやがる!!」
「見てみろっ! える――エルフもいるぞ! 若いエルフだ!!」
「頭ぁ……こいつぁ大当たりですぜ」
手下A、B、Cが嬉しそうな声をあげる。
全員目がギンギラギンに輝いていて、視線がロザミィさん、キエルさん、ライラさんと順番に追っている。
おっさんである俺とアンディさんには見向きもしない。
「……すみません。盗賊に囲まれちゃいました。俺が止まらなければ……」
俺が小さな声でみんなに謝罪すると、ライラさんが「いいや」と言って首を横に振る。
「マサキ、別に謝る必要はないさ。盗賊のなかには街道に穴を掘って馬車ごと落とそうとするタチの悪いヤツもいるからね。気にする必要はないよ」
「そんな頑張り屋さんがいるんですね」
「まったくだよ。その頑張りをまっとうな仕事に向けりゃいいのにさ。話しが逸れたね。とにかく、マサキは別に間違っちゃいないってことだよ。それに――」
不敵な笑みを浮かべたライラさんが言葉を続ける。
「素通りしたら連中を討伐できないだろ? さ、アタイらの仕事をしようじゃないか」
「ライラ姉さん本気で戦うつもり? 数がちがいすぎるわっ」
ロザミィさんの指摘はごもっとも。
盗賊のみなさまはどこからともなく湧きだして、いまじゃその数は12人。
きっとまだ隠れてるのもいるだろうから、その戦力差は3~4倍にもなる。
真っ向勝負していい人数じゃない。
こっちはアンディさんを守らなきゃいけないしね。
「ライラさん、こ、交渉の余地はないですかね? ほら、向こうも人なんです! 真剣に話し合えば――」
「そんなもんあると思うかい?」
「ですよねー」
「覚悟を決めな。大丈夫だよ、盗賊連中がいくら群れたってオーガ一体の方が強いさ。マサキはあいつらとオーガ、戦うならどっちがいい?」
「ははは、どっちかというなら、盗賊のみなさんでお願いします」
「フフ、だろ?」
ライラさん軽い。めっちゃ軽い。
こんな状況だってのに全然慌ててないんだもんなー。さすがムロンさんとパーティ組んでた猛者だぜ。
「キエル、あんた風の精霊魔法は使えるね?」
「はい」
「ならアタイらを矢から護っておくれ」
「わかりました」
「それとロザミィ、」
「な、なに姉さん!?」
「アタイが突っ込むから必要なら回復をお願いするよ。依頼人の面倒もね。……できるかい?」
「もちろんよ!」
「いい返事だ。任せたよ」
てきぱきと指示を出すライラさん。
リーダーは誰かなんて決めてなかったけど、経験豊富なライラさんが適任なんだろうな。
こんな盗賊に囲まれた状況でありながら、ここまで冷静でいられるのは凄いの一言に尽きる。
アンディさんなんかずっと震えっぱなしなんだもん。
「そしてマサキ、」
「おっす!」
「なんでもいい。攻撃魔法で盗賊どもを驚かしてやりな!」
「おっす!!」
「なら、とっととやっつけちまおうかい!」
「「「はい!!」」」
俺は一度深呼吸してから運転席のドアをあけ、外に出る。
隣ではキエルさんがまず降りてから続いてライラさん、ロザミィさんの順番で降りてきた。
アンディさんはよろしく勇気号の中でお留守番だ。
「お? やっと降りてきたか。積み荷と馬車と女共を置いてきな」
武器をチラつかせ威嚇しながらリーダー格の盗賊が命令してきた。
「ははは、なんか……ずいぶんと欲張りですね?」
「ああん? おい兄さんよ、こっちは別にテメェをぶっ殺してから奪ってもいいんだぞ?」
「わーお。それは困ります。まだ死にたくないですからね」
「だろう? 安心しろ、女どもは兄さんの代わりにおれらがたっぷり可愛がってやるからよ。なぁ?」
リーダー格が手下に同意を求めると、あちこちから下卑た笑いが起こった。
「へっへっへ、寝る暇もねぇぐらい遊んでやるぜぇ」
「え、エルフはお、おではじめでなんだな」
「ならオイラはあの金髪を……」
好き勝手言ってくれる。
なんか久しぶりに怒りが湧いてきたぞ。
具体的には悪徳商人ジャマイカンさんと対峙したとき以来の怒りだ。
『風の精霊よ、風を起こして我らの守りとなれ』
俺たちの周りで不自然な風が起こりはじめ、キエルさんが小声で唱えていた呪文が完成したのがわかった。
これでもう矢の攻撃を気にしなくていいぞ。
ヨロシク勇気号のルーフキャリアから、バトルアクスを取りだしたライラさんが言う。
「さーて、それじゃ盗賊退治といこうじゃないか!」
「ですね。そーれ、ハイブースト! みんなにもハイブースト! ついでにデイフィンサー! 念のためマジックプロテクション!! そんでもっておまけでオートリカバリー!!!」
「「「…………」」」
「よーし! いっくぞー!!」
みんなに補助魔法をプレゼント。
俺を含めた車外の4人全員がキラキラと輝く。
そんな発光しっぱなしな俺らを見て、盗賊のみなさんは若干気圧されたみたいだけど、
「は、ハッタリだ! やっちまえ!!」
交戦の意志は変わらずのようだ。
「体が羽のように軽いだって!? やるじゃないかマサキ」
「もうっ、マサキったら、そんなに魔法使われたらあたしのやることがなくなっちゃうじゃない」
「凄いですマサキさま。これならわたしも……」
女性陣からお褒めの言葉を頂きつつ戦闘がはじまった。
といっても、俺が補助魔法のバーゲンセールをしたせいで一方的な戦いになっちゃったけどね。
「――ふんっ、さぁぁぁぁああッ!!」
「「「うっぎゃーーーーーッ!!」」」
ライラさんがバトルアクスをひと振りするだけで、盗賊さんが2~3人いっぺんに吹っ飛んでいけば、
『風よ、矢を届けよ』
「ぐあっ!?」
キエルさんが風の精霊の力を借り、矢で狙った場所(盗賊さんの膝)をずどんずどん打ち抜き、
「えい! このっ、このー!! こっちこないでよっ!!」
「痛っ、痛えっ、ぐあっ!!」
ロザミィさんが水晶球のついたロッドを鈍器代わりに叩きつける。
盗賊のみなさんはもうボロボロのボッコボッコだった。
それはもう、可哀想なぐらいに。
いくら盗賊のみなさんがなるたけ女性陣を傷つけないように戦っているとはいえ、上位肉体強化の魔法により身体能力に大きな差がつき、防御力も回復魔法もかかってる状態だ。
数の差なんか問題ならないほど一方的な展開になっていた。
「クソッ、なんなんだこいつら!? もういいっ、矢を放て!!」
慌てたリーダー格が森で隠れている盗賊たちにいまさらの指示を出す。
しかし――
「なん……だ? 矢が当たらない……だと?」
矢による攻撃は、キエルさんの精霊魔法ですでに無効化されている。
リーダ格が呆然としている間にも、ライラさんを筆頭に盗賊のみなさんをしばきまわす。
もちろん、俺だって奮戦している。
「だっしゃー!!」
「ぐはっ!?」
呆然としていたリーダー格を三十路ドロップキックで蹴倒し、
「シャイッ! シャイッ! うらぁぁぁっ!!」
「ぐぐ……ぎぎ、ぐ、このっ、はな、放せ――」
髪の毛を掴んで無理やり起き上らせ、
「おおらぁぁぁああ!!」
「あ゛ーーーーーーーッ!!!!」
卍字固めをお見舞いし、
「どうりゃーーー!!」
「あああぁぁぁぁぁぁ――――……」
投げっぱなしジャーマンでいずこかへと放り投げる。
いまの俺にとって、盗賊のみなさんはいいプロレス技の練習台でしかなかった。
アドレナリンがドバドバ状態の俺は、アゴをしゃくれさせて叫ぶ。
「こいコノ野郎っ!!」
数分後。
盗賊のみなさんは全員縄で縛られていた。




