第10話 悟りの戦い
蜂の生態について調べた俺は、調べれば調べるほど頭を抱えるハメになった。
なにか糸口でも見つかれば、と思って検索したけど、これといった対処法がなかったからだ。
「これ、どーしたらいいんだよ……」
調べてわかったことといえば、蜂は縄張り意識が強く、攻撃性が非常に高いってことぐらい。
あんな大群に襲われたばかりなんだ。そんなことはもう知ってるっての。
「あー、どーしよー」
俺は椅子をくるくる回転させながら、考えを巡らす。
転移魔法で異世界に戻っても、そこはジャイアント・ビーの巣の目の前。
なにか解決策がない限り、状況は変わらない。
唯一、弱点があるとしたら、どうやら蜂は熱に弱く、45度ぐらいで死んでしまうらしい。
でも気温をあげるなんて魔法はないし、そんな方法も思いつかない。
「んー……やっぱ夜中かなぁ?」
その他には、蜂は夜になると活性が低下するらしく、ジャイアント・ビーの巣から逃げるのなら、そこをつくしか方法はないだろう。
それだって夜行性の蜂もいるから、それにジャイアント・ビーが当てはまってたら後の祭りなんだけどね。
「はやく向こうに戻らないと、ムロンさんとイザベラさんが心配するしなー」
決め手を得られぬまま、時間だけが過ぎていく。
時計を見ると、時刻は9時を回っていた。
ムロンさんも森での探索を切り上げ、家に戻っているだろう。
帰らぬリリアちゃんと、俺に胸を痛めながら。
「あーもうっ、どうすりゃいんだよ」
ひとり悪態をついていると、部屋のすみでなにかが動く気配を感じた。
「な――ッ!?」
黒光りする平べったいボディ。
そう、この地球上でもっとも不快な生き物、ゴキブリが俺の部屋にあらわれたのだ。
「な、なんで七階なのにいるんだよ! ゴキブリが出るのは低階層のはずだろ!?」
久しぶりの遭遇。
俺は戦慄しながらも、ゆっくりと移動する。
下手に動くとゴキブリは縦横無尽に駆けまわり、最悪の場合、羽を広げて自由に飛び回るからだ。
「そろり……そろり……っと」
ゴキブリに気づかれぬよう洗面台まで移動し、棚からもしものために用意していた殺虫剤を取りだす。
きた時と同じようにゆっくりと戻り、ゴキブリに噴射口を向ける。
「死ね。人類の敵よ!」
人差し指を押し込み、「ブシュー」と音を立てて殺虫剤が吹きだした。
「まてこら! 逃げるな!」
殺虫剤を吹きかけられたゴキブリは、信じられないようなスピードで逃げ惑う。
クソ、一撃では死ななかったか。
俺は勇気を振り絞ってゴキブリを追い立て、何度も何度も殺虫剤を吹きかけた。
そして、数分の後――
「勝った……」
ひっくり返ったゴキブリを前に、俺は静かに腕を突きあげていた。
「いやー、手ごわい相手だった。一昨年買った殺虫剤だったから効かなかったのかな?」
殺虫剤から生き残ったゴキブリが繁殖し、耐性を得るってのはよく聞く話だ。
だから数年前に買ったこのゴキバスターが、コイツに効きづらかったのかもしれないな。
俺はティッシュでゴキブリを包みながらそんなことを考え――
「あれ?」
ふと気づく。
「ひょっとしたら……ジャイアント・ビーにも殺虫剤が効くんじゃないか?」
いくらデカかろうと、しょせんは蜂だ。
現代日本の最強殺虫剤をぶっかけてやれば、ジャイアント・ビーだってイチコロなんじゃね?
「よし!」
俺はすぐに行動を開始した。
ゴキ入りティッシュをゴミ箱にダンクし、リリアちゃんが寝ていることを確認してから家を出る。
自転車にまたがり、目指すは大型スーパー。
その虫よけコーナーだ!
「ただいまー」
大量の殺虫剤――ハチ&アブ用マグナムブラスターを買ってきた俺は、荷物を置いてからリリアちゃんを確認する。
「よーし。熟睡してるな」
1本1300円するマグナムブラスターを買い占めるのは、懐に大ダメージだったけど、これもリリアちゃんのためだ。クレジットカードで大人買いしてやったぜ。
全部で10万円弱かかった。
来月の引き落としが恐ろしい。
マグナムブラスターはグリップの部分を起して握り、トリガーを引いて噴射するガンタイプのスプレーだ。まあ、ガンタイプってゆーか、見た目はバズーカだけどね。
射程距離は10メートルって書かれてるから、これなら魔法を使わなくても遠くから攻撃できるぞ。
「そろそろ俺も寝るかな」
ほんとは今すぐにでも戻りたいけど、さんざんファイア・ボルトに転移魔法まで使ったから、魔力が回復しきってない。
少しでも寝て、回復しないといけないのだ。
「アラームを3時にセットして……っと」
まだ10時半だから、これなら4時間は寝れるな。
朝がくる前に起きて異世界に転移して、活性していないジャイアント・ビーをマグナムブラスターで攻撃。
効いたら殲滅で、効かなかったらすぐに撤退だ。
「待ってろよジャイアント・ビー。借りは返させてもらうからな!」
俺は強い決意を胸に懐いたまま、とりあえずリリアちゃんの横に寝転がり、眠りにつくのだった。




