第18話 集う仲間たち その1
「う~ん……。あとふたりかー」
俺は腕を組み、うんうんと頭を悩ませながらズェーダの街を歩いていた。
というのも、アンディさんに依頼されたヌイグルミ輸送の護衛を、俺とロザミィさんのふたりだけでやろうとしたら、
「ちょっと待ってマサキ、運ぶのって貴族向けの積み荷なんでしょ?」
「ええ、そうです。なんか貴族の方々がカネに糸目をつけずお買い上げしてくれるそうなんですよねー」
「…………それをマサキとあたしだけで護るの?」
「安心してください! ヨロシク勇気号もいます!」
「あの『くるま』はただの乗り物でしょう。一人ふたりの野盗ならまだいいけど……積み荷まるごと横取りしようとする盗賊団が襲いかかってきたらどうすのよ?」
「ひ、ひき殺す……とか?」
「さらっと怖いこと言わないでよ! 貴族向けの積み荷を運んでるなんて知れたら、狙ってくるヤツはごまんといるわ。いくら馬よりも早い『くるま』で運ぶからからといって、油断はしないほうがいいわ」
「な、なるほど……」
「わかってくれた?」
「バッチリです!」
「よし。なら『くるま』に乗れる人数いっぱいまで護衛を集めましょう」
的な会話を経て、あとふたり同行者を集めることになったのだった。
「さて困ったな。いったい誰に声をかけよう……」
もちろん、第一候補はぶっちりぎでゲーツさんだったさ。
判断力と決断力に優れた戦士で、なにより実力もある。知り合いの冒険者(現役)の中じゃ、ゲーツさんほど信頼できるひとはいない。
善は急げとばかりに、ゲーツさんに再度オファーを出したところ、
「悪いなマサキ。ロザミィに続いてオレまで護衛依頼を受けちまったら、一人残されたゴドジのヤツが不貞腐れちまう」
「あー、ゴドジさんあー見えて寂しがり屋ですもんねー」
「そういうことだ。ロザミィのことは頼んだぜ」
的な会話を経て、お断りされてしまったのだ。
いま現在、絶賛ダイエットに励んでいるゴドジさん。
ダイエット中はどうしてもストレスが溜まってしまうもの。
そんななかひとりだけ置いて行かれ、ぼっちなうになってしまったらどうだ?
自分に甘いゴドジさんのことだ。ストレスから再び過食に走ってしまうかもしれない。
ゲーツさんは一刻でも早くハウンドドッグとして活動を再開するため、ゴドジさんのお尻をスパンキングしてでもダイエットに集中させなければならないのだった。
「んー……。最低でもあとひとりは戦士タイプがほしーよなー」
自称魔法戦士の俺と治癒師のロザミィさんだけじゃ、対人戦が心許ない。
具体的には課長の頭髪ぐらい心許ない。
「家族のいるムロンさんには頼めないし、そもそもムロンさんは冒険者ギルドの職員だし。……はぁ、もういっそのこと武丸先輩をこっちに呼んじゃうとか? あ、でも武丸先輩は目が合っただけで相手に襲いかかるからなー。衛兵さんに囲まれて投獄待ったなしだぜ」
さてさて困ったぞ。
いったい誰に頼んだらいいんだろ?
迷える子羊と化した俺は、気づけば冒険者ギルドへとたどり着いていた。
今日は朝に軽く食べただけだから、お腹はそれなりに空いている。
「……なんか食べてくか」
悩んでばかりじゃいいアイデアも浮かんでこないし、空腹で脳に糖分がいってなければなおさらだ。
ここは気分転換も兼ねて、ご飯を食べてくのもいいだろう。
そう考えた俺は、冒険者ギルドに併設されている酒場へと移動した。
「いらっしゃいませ、マサキ様」
席に着くと、すぐにキエルさんが注文を取りに来てくれた。
ギルドの酒場でウェイトレスとして働いているキエルさん。
いまでは男性冒険者たちからの人気を、受付嬢のレコアさんと二分するほどにまでなった彼女は、俺の顔を見て嬉しそうに微笑む。
「マサキ様、お食事ですか?」
「です! お腹がすいちゃって……。あとお酒も頼んでいいですかね?」
「まだ日が高いのにお一人でお酒を飲むなんて、マサキ様にしては珍しいですね」
「ははは、ちょっと気分転換をしたくなっちゃったんですよー」
「マサキ様はいつもお忙しそうですからね。たまにはいいと思います」
「でしょ?」
「はい。それで……ご注文はなにになさいますか?」
キエルさんが小首を傾げて訊いてくる。
酒場にいる男性冒険者の皆さまから敵意のこもった眼差しを向けられるが、俺はメニューだけを見て気づかないフリをしておいた。
「あ、じゃー、本日の日替わりランチと麦酒をください」
「わかりました。すぐ持ってきますから少しだけ待っててくださいね、マサキ様」
「はーい」
酒場にいる男性冒険者の皆さまから殺意のこもった眼差しを向けられるが、俺は天井のシミだけを見つめて気づかないフリをしておいた。
キエルさん、早く戻ってきて! と強く念じながら。
「お待たせしました」
キエルさんがテーブルにシチューとカチコチのパンを順番に置いていき、最後にエールを手渡してくれる。
「ありがとうございます!」
「あの……マサキ様、」
「ん、どうしたんですキエルさん?」
「その……」
キエルさんは人差し指をくっつけっこして、もじもじしながら続ける。
「わたしもご一緒していいですか?」
「あれ? でもまだお仕事中ですよね?」
「酒場の長から休憩を頂いたんです。それで……ダメ……ですか?」
「あー、そうだったんですか。どうぞどうぞ座ってください。一緒にご飯食べましょう!」
「――はいっ!」
キエルさんが向かいのイスに座る。
酒場にいる男性冒険者の皆さまからビームでも出るんじゃねーかってぐらいのお熱い眼差しを向けられるが、俺はキエルさんだけを見つめて気づかないフリをしておいた。
ギルドを出るとき、骨の2~3本は持ってかれるな……。と覚悟しながら。
「そうなんですか……。マサキ様はしばらくズェーダを離れるのですね?」
「と言っても二日ぐらいですけどね」
俺はキエルさんにヌイグルミを輸送するため、ヨロシク勇気号でプチ旅行に行くことを話した。
錦糸町と行き来している俺は、いままでもズェーダの家を空けることが多かったけど、そのたびにキエルさんとソシエちゃんは寂しそうな顔してたもんなー。
寂しがってもらえて、おっさんちょっとだけ嬉しいよ。
「いつ行かれるのですか?」
「護衛人数が埋まってないんでまだ未定です。でも数日の内には出発すると思います」
「そうですか……」
「そんな顔しないでくださいよ。あ、そうだ! 俺お土産買ってきますね。どんなのがいいですか?」
「マサキ様が無事に帰ってこられることが、わたしたち姉妹にとって一番のお土産ですよ」
キエルさんが優しく微笑む。
なんて欲のないひとなんだろう。俺も見習わなくては。
「それでマサキ様、護衛依頼は『ハウンドドッグ』のみなさんと受けたのですか?」
「いやー、それがゴドジさんの肉体が急激に成長しちゃったもんだから、ゲーツさんにお断りされちゃったんですよねー」
「まぁ」
「だからまだロザミィさんしか決まっていません」
シチューをスプーンですくうキエルさんの動きが、ピタリと止まる。
「…………」
「どうかしました?」
「……ロザミィと依頼を受けられたのですか? 『ふたりっきり』で」
なんか『ふたりっきり』の部分の語調がやたらと強い。
「ゲーツさんに断られちゃったから俺がひとりで受けようとしたら、ロザミィさんも手伝ってくれることになったんですよ」
「……そうなんですか」
「はい。でもあとふたり探さないといけないんですよねー。あ、キエルさん、誰かいいひと知りません?」
キエルさんはギルドの酒場で看板娘をやっている。
きっと知り合いも多いはず。
そう思って聞いてみたんだけど……。
「そうですね、ひとりだけ心当たりがあります」
「お! きたきたっ! 誰ですか? 教えてください!」
テーブルに身を乗り出して訊く俺に、キエルさんは微笑んだまま、
「わたしです」
と静かに、でもはっきりと言うのだった。




