第16話 伝説の男
そりゃー、せっかく異世界にマイホームを持っているんだから、俺だって馬を飼ってみようかな? とか思ったことぐらいはあるさ。
真っ黒な馬に跨り、世紀末の覇者っぽく天に向かって拳を突き上げる。
そんな画像をスマホの待ち受け画面にしちゃったりして、同僚や中島に自慢するのだ。
しかーし! お馬さんが1日にウンチを20キロすると知ってしまっては、世紀末な覇者ごっこする夢は諦めざるを得なかった。
家を空けることが多いくせに、馬のお世話をキエルさんたちに任せるなんて無責任なこと、できるわけがないからだ。
だから、異世界での移動手段である馬を諦めた俺にとって、ロザミィさんのひと言は正に天啓だった。
そんなわけで次の休日。
俺はひとり、横浜行の電車に乗っていた。
「先輩に会うの何年振りだろ? 元気にしてるといいなー」
ロザミィさんの何気ないひと言から車を異世界に持ち込む決意をした俺は、オフロードなマシンを探すべく、中学時代の先輩がやっている中古車ディーラーに向かっていたのだ。
電車を降りてタクシーを拾い、目的地を告げる。
10分ほど走ったところで、やっと先輩のお店についた。
「え~っと、先輩は……っと。お、いたいた」
100台以上並ぶ中古車の間から、金色のリーゼントがこんにちは。
あの金色に輝くリーゼントこそが、出会った時から今もなお続く先輩のシンボルマークだ。
近づいていくと先輩も俺に気づいたのか、くるりと振り返る。
「んあぁっ!? 誰かと思ったら“マサキ”じゃねーか。待ってたぜぇ」
「いやー、お久しぶりです。武丸先輩!」
2コ上の武丸先輩は、かつて横浜の不良界隈で知らぬ者がいないほどのご活躍をされていたヤンチャなお方だ。
親友の中島から聞いた話では、今でも『伝説の武丸さん』と呼ばれているんだとか。
武丸先輩は暴走族の頭をお務めになられていたこともあり、敵どころか仲間たちからも恐れられていたそうなんだけど、なんでか俺にだけはすげー優しくしてくれたのだ。
たぶん、常にとがったナイフのようにツンツンしていた武丸先輩にも、空気を読まずに「ウォンチュウ!!」って親指を立てながら挨拶していたからだと思う。
最初こそぶっ飛ばされたけど、くじけず毎日やり続けていたら、ある日、
「てめぇ……マサキとかいったか? なかなか“おもしれー”ヤツじゃねーか。俺が怖くないのか?」
「なーに言ってるんですか先輩。同じ学校の仲間ですよ? 怖いわけないじゃないですか」
「……。くっくっく、ふざけた野郎だぜ。ほれ、これをやるよ」
と、半笑いの呆れたような顔でアンパンをおごってくれたのだ。
それから俺と武丸先輩は休み時間を一緒に過ごすことが多くなり、そのつき合いはお互い中学を卒業して別々の高校に進学してからも続いていた。
東にゴキゲンな武丸先輩あれば、行って落ち着かせてみたり。
西に不運と踊っちまった武丸先輩あれば、行って気を失った武丸先輩を背負い。
南に武丸先輩のせいで死にそうなひとあれば、行って「死んじゃうからやめましょう」と諭し。
北に白目で暴れる武丸先輩あれば、「危ないから近づかないでくださいねー」と周囲の人たちに注意喚起した。
うん。なんか思いだしたら武丸先輩の面倒みてばっかな気がしてきたぞ。
まー、武丸先輩のおかげで、やんちゃな方々が俺や俺の友達には手を出してこなかったからよしとしときますか。
「くっくっく……。マサキよぉ、てめぇから連絡きたときは久しぶりに胸が“躍っち”まったぜ」
「ははは、俺も武丸先輩にちょーひっさしぶりに会うから昨日はなかなか眠れませんでしたよー。今日って何時まで仕事ですか? 終わったらご飯食べいきません?」
「てめぇに誘われたら”行く”っかねーだろ。店は8時にシメっからよ、そのあとメシに行こうぜ」
「りょーかいです! それじゃ、それまで車見ててもいいですかね?」
「おう。好きなだけ見てってくれや。そんで……どんな“車”さがしてんだ?」
「それなんですけど……俺、あんま車詳しくないんでアドバイスもらえると助かります」
「かわいい後輩の頼みだ。“聞いて”やるよ」
「やったー! ありがとうございます! それで探してるのはですね――――……」
俺は武丸先輩にオフロードなマシンを探していることを話した。
そのマシンに求める性能のことも。
道は舗装されていないこと。
ある程度荷物を積めること。
道中、危険(野盗やモンスターのことはさすがに伏せた)があるかもしれないこと。
などなど。
武丸先輩は腕を組み、最後まで真剣な顔で聞いてくれた。
「――って感じですかねぇ。なんか条件に合いそうな車あります?」
「…………」
武丸先輩の目がすっと細くなり、まっすぐに俺を見つめる。
「『“危険”があるかもしれねー』だぁ? マサキ……まさかてめぇ、どこかに“かち込む”つもりじゃねーだろうな?」
「なーに言ってんですか。俺がそんな危ないことするわけないじゃないですか? ただ、ちょーっと森とかサファリパーク的なとこにも行く予定なんで、野生のクマが出たりとか、サファリパークのトラやライオンが突然襲いかかってきたら怖いなーって、そんな感じの理由ですよ」
「……“ホント”だろーな?」
「ホントです」
「……わかった。てめぇを信じるぜ。だが、“一個”だけ言っとくゾ」
「な、なんでしょー?」
「もしもてめぇに“敵”がいるってんなら、かち込む前に俺に“ひと声”かけろよ。そしたら俺がてめぇの敵をすぐに塵にしてやっからよぉ」
「……わーお」
「くっく、“話”は以上だ。ついてきな。てめぇが探してる車に“ピッタリ”なのがある」
「は、はい!」
俺は武丸先輩について行き、店舗の隣にあるガレージへと移動する。
「これだ」
武丸先輩がそう言ってガレージのシャッターをあげると、中には真っ赤な車が鎮座していた。
軽自動車ながら街乗りには似合わない武骨なデザインは、明らかに荒れ地を走破することが目的で作られたことを物語っている。
「た、武丸先輩、この車って……ひょっとして――」
「お? てめぇも知ってるのかマサキ? そーよぉ、コイツは俺に“若さ”ってのは“振り向かないこと”だって教えてくれた漢が乗っていた車よぉ」
武丸先輩は昔を懐かしむような顔をして、オフロードなマシンのボディを撫でる。
「マサキ、俺はなぁ、あの漢が“振り向くな”っつってたからどこまでも突っ走っていったんだ。くっくっく、おかげでずいぶんと“はしゃいじまった”けどよぉ」
「……驚いた。まさか武丸先輩もあの銀ぴかヒーローを知っていたなんて……」
しかもやんちゃしてた原因だってんだから、二重にビックリだぜ。
「こいつは“小せぇ”が、どんな場所でも走れる。冠水した道路や浅い川、“ギャップ”の多い荒れ地、軽いから“ランクル”が走れねー雪山だってコイツなら走れる。それこそ“道”を選ばねぇ。どーよマサキ? てめぇの要求にコイツは“ピッタリ”じゃねーか?」
「そうですねー……」
確かに道を選ばないってのは魅力的だ。
なにより銀ぴかヒーローが地球で乗ってたマシンだしね。
ただひとつ問題があるとすれば……。
「武丸先輩、これって4人乗りですか?」
「そーだ。つめりゃ5人は乗れるだろーが、コイツは“軽自動車”だからなぁ。“警察”に捕まりたくなきゃ4人までにしときな」
「ですよねー。うーむ、どうするかなー」
「くっくっく、マサキ、てめぇの考えていることはわかってるぜぇ。コイツじゃ“荷物”が運べねー、そう言いたいんだろ?」
「あれ? ばれちゃってました?」
「てめぇの考えていることぐらい俺には“お見通し”よぉ。安心しな。ちゃんと“考え”てあっからよ」
そう言うと、武丸先輩は不敵な笑みを浮かべたままガレージの奥を指さす。
「マサキぃ、“アレ”が見えっか?」
「あれは……リアカー……ですか?」
「くっくっく、リアカーなんかじゃねぇ、アレは“カーゴトレーラー”よぉ」
武丸先輩が指さす先。
そこには、両サイドに車のタイヤがついたコンテナがあった。
武丸先輩の言葉を借りるなら、あれはカーゴトレーラーという名の荷車らしい。
「あのカーゴトレーラーを引くのにけん引免許はいらねぇ。普通免許で引っぱれんだ。しかも500キロまで積めてよぉ、“耐久性”も俺が保証するぜぇ」
「おおっ! それはすごい!」
どーせメインで運ぶのはぬいぐるみなんだ。
500キロもあったら十分すぎる。
なんならジャンボリー化したゴドジさんも一緒に運べちゃうぞ。
「どーよマサキ?」
そう訊いてくる武丸先輩に、俺は笑顔で右手をさし出す。
「武丸先輩! あの車でお願いします!!」
「くっくっく、そうこなきゃな。ならこれで“商談成立”だな」
武丸先輩はそう言って笑うと、俺の右手を強く握るのだった。




