第15話 肉体のエリート
筋骨隆々でバッキバキのボディビルダーのようだったゴドジさんの体は、いまや、
「いや~、暑くてかなわねーぜぇ」
現在はプロレスのリングでご活躍中の元スモウレスラー、バケボノ選手みたいな常軌を逸した肉体へと変貌をとげていた。
ひと言で言うなら、ものすげぇデケェ。
平然と「カレーは飲み物」とか言われても納得してしまいそうなボディ、すなわち肉体のエリートだ。
「よいしょっ……とぉ」
ゴドジさんの座ったイスが、ミシミシと悲鳴をあげる。
全盛期のボボサップでさえ160キロあったから、これぜったい200キロ近くあるよね?
日本に連れ帰ったら横綱間違いなしだ。
「ろ、ロザミィさん、」
「なに?」
「その……ご、ゴドジさんのこの変わりようはいったい……?」
俺の質問にロザミィさんが深いため息をつく。
ゲーツさんなんかは不機嫌さを隠そうともしていない。
「マサキ、前にさ、みんなでグリフォンを捕まえたじゃない」
「え? ええ。たしかに捕まえましたけど……それが?」
「報酬はひとり金貨500枚ぐらいだったかしら? あたしたちのようなレベルの冒険者にはものすごい大金だわ」
「うーん、たしかに」
正確にはひとりあたり金貨480枚。
日本円にするとだいたい2億4千万円。一生ニートできちゃうぐらいの大金だ。
「あたしはギルドに預けてほとんど手をつけてないんだけどね、その……」
「おれらと違って、ゴドジのバカは好きに使っちまってるのさ」
言いよどむロザミィさんの言葉をゲーツさんが引き継ぐ。
なるほど。やっと納得がいったぞ。
つまりゴドジさんは、大金が入ってきたせいでだらしない生活をしてしまっているわけか。
そりゃー、ビッグなボディにもなるよね。
「ひっでぇなぁ、ふたりとも。カネは使うためにあるんだぜぇ? 使わねーほうがカネに失礼ってもんよぉ」
「おれはお前に座られたイスにこそ同情するよ」
「おっほぉーっ! ゲーツもたまには面白れーこと言うじゃねーかっ」
ゴドジさんが愉快な体をプルプル震わせて笑う。
そんなゴドジさんとは対照的に、ロザミィさんとゲーツさんは冷ややかな目を向けていた。
「あのー、ゴドジさん、」
「んん、どうーしたマサキさん?」
「ちょっと見ない間にだいぶジャンボリーな肉体になってますけど……ぶっちゃけその体でもモンスターと戦えたりします?」
「あったりまえだぜっ! 体がでかくなった分、おれの一撃は破壊力が増したからなぁ。いまならオーガと殴り合ったって勝てるぜぇ!」
「おお! それは頼もしい!」
「だろぉ?」
「なに言ってるのよ。ぶくぶく太って素早さも体力もないいまのあなたなんか、ゴブリンにだって勝てるわけないでしょうが。あなたの膝にあたしが何度ヒールかけたと思ってるのよ!? いいかげん痩せなさいよね!!」
俺に向かってドヤ顔をキメるゴドジさんを見て、ついにロザミィさんがキレた。
ってーか、膝にヒールって相当でしょ。体重を支え切れてない証拠じゃないですか。
「そうだぞゴドジ。『戦える』って言うから森まで連れてったのに、森に着いたとたん『膝が痛い』とかほざいて動けなくなったのはどこのどいつだ?」
「そーよ! おかげであの日はなにもしないで帰ることになったんだからね! わざわざ依頼を受けて森までいったのに!」
「いやぁ……あ、あの日はちょいと調子が悪かったんだよ。そ、そう! 膝の古傷がよぉ――」
「あなたの膝に古傷があったなんて初耳だわ」
「付き合いの長いおれも初耳だな」
「…………」
ゴドジさん、ボッコボコだ。
言葉でふたりにボッコボコにされてる。
「チッ……。あー、悪いなマサキ。見ての通りだ。ゴドジがこんなだから、いまパーティとして依頼を受けることができないんだ」
ゲーツさんがすまなそうに言ってくる。
前衛を任されているゴドジさんがいないとなると、たしかにパーティとして機能しなくなるだろう。
そもそも3人ていうギリギリの人数だったわけだしね。
「なら……うん、仕方ないですね。アンディさんには他の冒険者をさがしてもらうことにします」
「ごめんねマサキ。ゴドジ、あなたも謝りなさいよ」
「わーってるよぉ。マサキさん、その……すまねぇ」
「いやいや、気にしないでくださいよ。ほら、ゴドジさんもそんな顔しないで」
「でもよぉ……」
「いやホント大丈夫ですって。それに、もともとは俺にきた依頼だったわけですしね。むしろ、俺こそみなさんに甘えちゃってすみませんでした」
俺は3人に頭を下げた。
ハウンドドッグに依頼できなかったのは残念だけど、レコアさんやムロンさんに相談すれば腕のいい冒険者を紹介してくれるはず。
アンディさんにはなんとかそれで納得してもらおう。
「みなさん、今日は話を聞いてくれてありがとうございました。ゴドジさんのダイエットが成功したら、また冒険に誘ってください」
「ああ。ひと月でゴドジを動けるようにするから、それまで待っててくれ」
「ちょっと待ってくれよゲーツ! いくらなんでもひと月は無理――」
「期待してます。ゴドジさん、がんばって!」
「マサキさんまで……」
ゴドジさんがしょんぼりして途方にくれてしまう。
会社の同僚が言ってたけど、太ってしまうのは自分を甘やかしてしまうかららしい。
ならば、ここはゴドジさんの友人として、俺もゲーツさんみたく厳しく接しなくては。
「残念だったわねゴドジ。明日から毎日修練所に通いなさいよ」
「いやいやロザミィさん、ここは『今日から』ですって」
「くくく、だってよゴドジ? なんならおれから兄貴に頼んでやろうか? 兄貴のことだ、きっと一日中稽古をつけてくれるぜ」
「…………わーったよ。痩せる……痩せるからよぉ、ムロンの旦那は勘弁してくれ……」
「ならさっさと修練所にいってきな」
「はぁ……。よっこらしょっと」
ゴドジさんは渋々といった感じで立ちあがると、ものっすごい重い足取りで修練所(冒険者ギルドに併設されてる)へと消えていった。
それを見送ったあと、
「じゃあなマサキ」
ゲーツさんは受付嬢のレコアさんを口説きに席を立ち、
「マサキ、あたしたちも行きましょう」
俺とロザミィさんは冒険者ギルドを後にするのだった。
夕焼けに染まった街を、ロザミィさんと並んで歩く。
これから夜を迎えようとしている酒場からは、早くも喧騒が聞こえてきていた。
「あーあ、マサキと一緒に旅してみたかったなー」
夕日を見つめたまま、ロザミィさんが呟く。
「ですねー。俺もみんなで馬車に揺られながら他の街にいってみたかったですよ」
「マサキがゴドジの代わりにハウンドドッグに入ってくれれば受けれたのに……。ホント、残念だわ」
「俺もです。くっそー、向こうで仕事がなければなー」
「ふふ、行ったり来たりして、マサキは大変ね」
「いやー、俺はけっこー楽しんでるんですけどね。ただ、どーしても時間が……。さすがに馬車で5日間の距離はきびしーです。往復で10日もかかっちゃいますから」
「……そっか。それもそうよね。はぁ……こっちの世界にも『クルマ』があればいいのになぁ」
ロザミィさんがこぼした何気ないひと言に、俺はハッとする。
「車……? ロザミィさん、いま『車』っていいましたっ?」
「えっ? い、言ったけど……急にどうしたのよ?」
「ちっくしょう! その手があったかっ! ロザミィさん、ありがとうございます!!」
そうだよ。なんでいままで気づかなかったんだろう。
移動に時間がかかるってんなら、こっちに持ち込んじゃえばいいんだよ。
荒野を疾走する、オフロードなマシンを!




