第14話 まなざしの先
「――ということが昨日あってですね。知合いの商人の方が護衛をさがしてるんですよ」
ここは冒険者ギルド『黒竜の咆哮』のカフェスペース。
俺はロザミィさんにゲーツさんを呼んできてもらい、相談を持ちかけていた。
「商人の護衛依頼か。日数と報酬はどれぐらいだ?」
「目的地の街までは馬車で5日ほどだそうです。護衛対象は依頼主のアンディさんと荷馬車で、報酬はひとりにつき金貨2枚を支払うと言っていました」
「ひとりにつき金貨2枚だって? 護衛依頼にしては破格の条件だな。それだけヤバイ積荷ってことか……」
そう結論づけたゲーツさんは、腕を組んで考え込んでしまう。
「ヤバイというか、積荷は貴族向けの商品なんですよ。いかんせん数が少ないもんだから、いま天井知らずに値が上っているそうです」
「ハッ、貴族どもの御用達かよ。気に入らねえな。そんなに欲しいならてめぇらで取りに来いってんだ」
「なに言ってるのよゲーツ。そんなことされたらあたしたち冒険者の仕事が減っちゃうじゃないの。それにマサキが説明したように依頼主は商人で、貴族じゃないのよ? ちゃんと聞いてた?」
悪態をつくゲーツさんに、ロザミィさんが的確なツッコミをいれる。
「そんなことはわかってるさ。ただおれは貴族どもが気に入らないだけだ」
「まーまー、ゲーツさん落ち着いて。貴族の皆さま方に依頼主のアンディさんが商品をすげー高く売りつける、って考えましょうよ。アンディさんってば儲ける気まんまんですから」
「うんうん、そうよゲーツ。マサキの言うとおりだわ! これは貴族たちから金貨をふんだくる、正義の商人を護る依頼なのよ!」
「そーなんです! わかってくれますかロザミィさんっ?」
「あ、あたりまえじゃないっ」
「ありがとうございます!」
俺はロザミィさんの手を握り、ぶんぶんと振る。
周囲の目が気になったのか、ロザミィさんは顔を赤らめていた。
「わかったわかった。マサキ、お前の話はわかったからロザミィといちゃつくのはふたりだけの時にしてくれ」
「やだなー、別にいちゃついてないですって。ねぇ、ロザミィさん?」
「そ、そそそ、そうよ! 別にいちゃ、いちゃついてなんていないわよっ。変なこと言わないでよねっ!」
「はぁ……ならそういうことにしといてやるよ。……それでマサキ、」
「はいはい、なんでしょう?」
ゲーツさんが真面目な顔を向けてきたので、俺もきりりと表情を引きしめる。
「この依頼、当然お前も受けるんだよな?」
「いやぁ、それがその……なんと申しますか……」
「まさか……お前は受けないつもりなのか?」
「ははは…………はい。残念なことに俺は受けれないんですよね」
「はぁ!?」
ゲーツさんが思いっきり顔をしかめる。
なんでだ!? って感じの顔だ。
そりゃ俺だって依頼を受けれるなら受けたいさ。
孤児院のキッズたちが丹精込めてつくったぬいぐるみだ。
最後まで見届けたい気持ちは強い。
しかし、いかんせん日本での俺はサラリーマン。
会社って鎖に繋がれた、哀れな社畜にすぎない。
大型連休でもないのに、馬車で片道5日間。往復10日もかかっちゃう旅に同行できるわけがない。
だもんだから、どんなにアンディさんに懇願されても、錦糸町での生活もある俺は首を縦にふることができなかったのだ。
「依頼主のアンディさんが俺を信頼して指名してくれたのは、すっごい嬉しかったです。でも、俺には10日もズェーダを離れることはできません。できない理由があるんです」
「……それでおれに――おれたち『ハウンドドッグ』に話を持ってきたわけか」
「はい。ゲーツさんたちハウンドドッグは、俺が一番信頼している冒険者パーティですからね!」
「チッ、おだてたってなにも出ないからな。……おいキエル、マサキに一杯持ってきてやれ。美味いヤツで頼むぞ」
「かしこまりました」
ウェイトレスとして働いているキエルさんに、ゲーツさんが注文する。
「お待たせしましたマサキさま。アーナハイム特産の火酒になります」
「キエルさんどーも。ありがとうございますゲーツさん。いただいちゃいますね」
「またなにかあれば呼んでください」
微笑みだけを残し、キエルさんが仕事に戻っていく。
別にゲーツさんをおだてたつもりはまったくなかったんだけど、俺のもとには上物のお酒が届けられてしまったぞ。
そのお酒を見たロザミィさんが、ただひと言、
「良いのがでてきてるじゃないのよ」
とツッコミを入れていたが、ゲーツさんは聞こえないフリをしていた。
ホント、ゲーツさんてばツンデレさんなんだから。ごちになります。
「マサキ、お前の話はわかった。自分の代わりにおれたちハウンドドッグに護衛を頼みたいんだな?」
「はい。それで……どうでしょうか? この依頼受けてもらえそうですかね?」
「それなんだがな……」
言いよどんだゲーツさんは、ロザミィさんと顔を見合わせると、深く、それはそれは深くため息をついた。
「悪いがハウンドドッグとしては受けれそうにない」
「ええっ!? そんなぁー」
「ごめんねマサキ、その……いまうちのパーティ、すこしやっかいな問題を抱えているの。それが解決するまでパーティとしての活動は控えることにしたのよ」
「やっかいな……問題?」
「うん、問題」
そう言って、ロザミィさんは困ったように笑う。
うーん、問題ってなんだろう?
まさかパーティ内でケンカとかしちゃったのかな?
よくある話だって、ムロンさんも言ってたしな。
となると、消去法で相手はゴドジさんか。
んー、でも人の好いゴドジさんがケンカするとは思えないんだけどなー。
「その問題を解決するのに俺も協力できますか? 俺にできることならなんでもしますよ!」
「ありがとうマサキ。でもね、マサキの力でも難しいかもしれないの……」
「そんな……」
ロザミィさんが申し訳なさそうにうつむけば、何かを思いだしてしまったのか、ゲーツさんが舌打ちをする。
なんだ? いったいなにがあったんだ?
「おいロザミィ、お前ゴドジにも声をかけたか?」
「もちろんよ。マサキから話があるからギルドへ来なさい、ってちゃんと伝えたわ」
「なら……そろそろ来る頃か」
「そうね。そろそろじゃないかしら」
ゲーツさんとロザミィさんが、なにやらふたりで話し込んでは頷き合っている。
「へ? ゴドジさんも呼んでくれたんですか?」
「ああ。マサキにも知っておいてもらいたくてな。それにさっき言った『問題』というのは、実はゴドジのことなんだ」
「ええ!? ご、ゴドジさんになにかあったんですか!?」
「そんな顔しなくても大丈夫よ。むしろ、あのロクデナシは心配するだけ損するんだから」
「同感だ。マサキ、ゴドジを見て殴りたくなったら殴ってもいいぞ。ハウンドドッグのリーダーとしておれが許す」
「そうね。あたしも仲間として許すわ。オーガのときみたくマサキのゲンコツをお見舞いしてあげてよ」
「え? え? ふ、ふたりともいったいなにを言ってるんです?」
俺がふたりにそう言ったときだった。
「わりぃわりぃ! 遅れちまったぁ!!」
冒険者ギルドの扉が勢いよく開かれ、ゴドジさんの声が聞こえてきた。
俺は振り返り、入口に顔を向けつつ、
「あ、ゴドジさん待ってま――」
と言いかけ、固まってしまう。
身も心もフリーズ状態に突入した俺は、驚きのあまりピクリとも動けない。
「フシュ~、フシュ~。あっついなぁ……急いできたから汗かいちまったぜぇ。おーいキエルさんよ、酒と食い物をくれ。どっちも山盛りで頼むぜぇ」
ドシンドシンと重そうな足音を響かせ、ゴドジさんが俺たちのテーブルに近づいてくる。
それを見て、ロザミィさんとゲーツさんが露骨に顔をしかめていた。
そんななか、俺はただただポカン。
「いようマサキさん! ひっさしぶりだなぁ!!」
満面の笑みを浮かべるゴドジさんは、
「ご、ゴドジさん……す、少し太りました?」
ものすげーデブになっていたのだった。




