第13話 ヌイグルーミィ工房
ぬいぐるみを求めてズェーダまでやってきたアンディさんが、イザベラさんのもとを訪れてからひと月が経った。
「一同ちゅうもーく! これから俺が話すことをよく聞いてねー」
「「「はい!」」」
木箱のうえに立つ俺の前にはいま、下は5歳から上は14歳までのキッズたちが集まっていた。
みんな少し痩せていて、所々ほつれたり穴があいたりした、ボロッちい服を着ている子が多い。
俺やイザベラさんがズェーダにある孤児院に声をかけ、集まってもらったキッズたちだ。
「今日からみなさんには、この……『ぬいぐるみ』というものを作ってもらいます。みんな『ぬいぐるみ』は知ってるかな?」
俺の掲げたクマのぬいぐるみを見て、何人かのキッズがコクコク頷いている。
きっと、イザベラさんにぬいぐるみをプレゼントされた子たちなんだろう。
よく見れば、頷いているのは女の子が多かった。
「ぬいぐるみを作るのは難しくありません。みんなで協力すればすぐに作れるようになります」
「「「はい!」」」
キッズたちからやる気に満ち溢れた声が返ってくる。
みんな真剣な顔をしていて、ふざけている子はひとりもいない。
5歳ぐらいのちびっ子ですら、俺の言葉を一字一句聞き逃すまいと集中していたのだ。
でも、それも当然かもしれない。
なぜならこの計画には、キッズたちの未来がかかっているからだ。
イザベラさんの話によると孤児院は領主や教会が運営していることが多いそうなんだけど、運営資金は常にかっつかつで、子供たちにご飯を食べさせるのが精いっぱいなんだとか。
しかも、こっちで成人と認められる15歳になると、孤児院を出ていかないといけない決まりらしい。
孤児院出の少年少女が就ける仕事は少なく、多くの場合が不当に安い賃金で働かされているそうだ。
親の庇護なく育つには、ちょいとばかしこの世界はハードモードすぎる。
ブラック企業許すまじ!
キッズたちに明るい未来を!
てなわけで、俺は孤児院のキッズたちにぬいぐるみを作らせることで自立支援をしようと考えたのだった。
「10歳までの年少組はリリアちゃんのところ、11歳と12歳の年中組はソシエちゃん、そして13歳と14歳の年長組はイザベラさんのところに集合してくださーい」
「「「はい!」」」
俺の指示のもと、広い倉庫に集まったキッズたちが3つのグループに別れる。
年少組は生地を染めたり綿をほぐす単純作業。年中組は生地を型紙どおりにカットするちょいムズ作業。
そんでもって年長組が、生地を縫い合わせてたりバランスよく綿を詰めたりする仕上げ担当。
これは、役割を分担することで効率よくぬいぐるみを作るのが目的だ。
手始めにぬいぐるみを量産し、それをアンディさんに買い取ってもらう。
そこで得た利益から、材料費やぬいぐるみ工房として借りた倉庫の費用などを引き、残った分はキッズたちのお給料として支払う予定だ。
おカネさえあれば、キッズたちも将来の選択肢が増えるというもの。
そのためには、なんとしてもこの計画を成功させなきゃね。
「べつに焦らなくていいからねー。ゆっくり覚えていってねー」
「「「はい!!」」」
この計画にアンディさんが乗っかってくれたのは僥倖だったな。
材料の仕入れや倉庫を借りる手続きまで、一手に引き受けてくれたからだ。
まあ、商人にぬいぐるみを売るときはアンディさんを優先する、って条件付きだったけど。
でもそのおかげで、俺とイザベラさんはキッズたちを集めることだけに注力することができた。
これだけの人数が集まったんだ。
あとは技術さえ習得しちゃえば、安定してぬいぐるみを生産することができるだろう。
なんだったら、いっそオーダーメイドに対応しちゃってもいいかもしれない。
異世界の材料で作ったぬいぐるみは庶民の皆さま方用、錦糸町から持ち込んだフェルトやビーズを使ったぬいぐるみは貴族の皆さま方用、ってな感じに。
う~ん、夢がひろがるな。キッズたちの夢もひろがってるといいな。
「どうもどうもマサキさん。いよいよヌイグルーミィ工房が動き出しましたなぁ」
「おっと、アンディさんじゃないですか。見学ですか?」
後ろからアンディさんが声をかけてきた。
ズェーダの宿屋に長期滞在中のアンディさんは、こうして頻繁に倉庫に顔を出してくれている。
たぶんキッズたちのことを気にかけてくれているんだろう。
俺がデンジャラスフックをキメたどっかの悪徳商人とは、ドえらい違いだぜ。
「ええ、僕もお手伝いさせてもらっている以上、これは新規事業のようなものですからねぇ。意識しないようにしても、どうしても気になってしまうんですよ」
「あー、なんとなく俺にもわかりますねー。事業を立ち上げるってワクワクしますもんね」
「おやおや、マサキさんは商人の気質もお持ちでしたか?」
「ははは、自分で商売しようなんてまったく思わないんですけどねー」
「うーん、もったいない。マサキさんなら良い商人になれそうなのに」
「いやいや、商売の才能ないからムリですって」
「あっはっは、なにをおっしゃいますか。マサキさんに商売の才能がなければ、ただの倉庫だったこの場所が工房になってなどいないでしょうし、そもそも僕もお手伝いしようとは思いませんでしたよ」
「えー、そうですか?」
「もちろんですとも! いまいるこの場所がヌイグルーミィ工房となり、子供とはいえこれだけの人数がマサキさんに従っている。それこそがマサキさんに商才のある証ですよ!」
アンディさんは興奮したようにそう言うと、キッズたちに優しい眼差しを向ける。
「どの子も頑張っていますなぁ」
「ええ、そうですね。最初はへたっちょなぬいぐるみが出来上がると思いますけど、みんな真剣に、まじめにやってますから、すぐに売り物として価値のあるぬいぐるみを作れるようになると思いますよ」
「楽しみですねぇ。ああ、そうですマサキさん、」
ふと何かを思い出したのか、アンディさん顔をこちらに向ける。
「はい、なんです?」
「ぬいぐるみが出来上がったら、少しマサキさんにご相談したいことがありまして……」
「相談……? ああ! そういえばまだぬいぐるみの卸値について話し合ってませんでしたね。しまったー。どうしましょうか? なんだったらいましちゃいます?」
「あっはっは、勘違いさせてしまったようですがそのことではありません。それと買い取り金額はマサキさんにお任せしますよ。マサキさんは信頼に足る人物ですからなぁ。僕に損をさせないと信じていますしねぇ」
「うわー、なんかめっちゃ高評価されちゃってますね。照れちゃいますよ。でもありがとうございます」
「僕も商人なんてやっていますが、こう見えて所属する商会の利益と同じぐらいには、子供たちの将来も気にかけているんです」
アンディさんめっちゃ良い人なんですけど。
これで騙されてたら人間不信になる自信があるぞ。
「んー、となると『相談したいこと』って、いったいなんの事ですかね?」
「マサキさんとはじめてお会いした時にも言いましたが、ヌイグルーミィには宝石に勝る価値がございます」
「ああ、そんなこと言ってましたね」
「宝石よりも価値のあるヌイグルーミィを別の街に運ぶとなると、やはり危険も出てきます」
「……確かに」
なんせ宝石より高い値がついているんだ。
もし輸送するって情報が知られたら、盗賊団や山賊、詐欺師に強盗なんでもござれ。
絶対にぬいぐるみを運ぶ馬車をキメ打ちして狙ってくるに決まってる。
「そこで! 僕はシュタイナー商会の商人として、マサキさんにヌイグルーミィの護衛を依頼したいのです!」
「ご、護衛ですって!? 俺がっ?」
「そうです! マサキさんにお願いしたいのです!」
アンディさんは頷くと、俺の手をとって期待に満ちた眼差しを向けてくる。
「聞きましたよマサキさん。あなたがこの街でも有数の冒険者だと!」
熱い眼差しを受けながらそんなことを言われちゃった俺は、
「……わーお」
と言い、顔をひきつらせるのだった。




