第12話 ぬいぐるみの価値は
「そのご様子ですと……どうやらご存じなかったようですね」
ポカンとする俺とイザベラさんを見て、アンディさんがそう言ってくる。
「いや、だって……これぬいぐるみですよ? それを急に『宝石より価値がある』って言われても……いまいちピンとこないんですねー。イザベラさんもそう思いません?」
「ええ、困ってしまいますね」
俺とイザベラさんは顔を見合わせ、「あはは」と笑いあう。
膝のうえではリリアちゃんが、「リリアもこまっちゃうー」とほっぺを膨らませていた。
たぶん、リリアちゃんも俺たちに合わせたかったんだと思う。
「ふうむ。ならば順を追って説明いたしましょうか?」
「お願いします」
「わかりました」
アンディさんは頷くと、お茶をひと口飲んでからゆっくりと語りはじめる。
ぬいぐるみが宝石の価値を凌いだ、バカみたいなホントの話を。
「巡礼者が故郷に帰るさいに、この街でヌイグルーミィを見かけたのがきっかけでした」
「へー。巡礼者さんが」
巡礼者ってのは、神殿とか神さまゆかりの地とかを巡っちゃう旅人さんのことで、異世界じゃ割とメジャーな存在だ。
旅行感覚で巡礼しちゃう人から、数年がかりで各地を旅してるガチ勢までと、その幅はひろい。
まー、そんなこといったら日本でも『聖地巡礼』しちゃう人はいるけどね。
俺も中島に連れられて茨城の大洗まで行ってきちゃったし。
「はい。その巡礼者が家族への土産としてヌイグルーミィを譲ってもらったそうなのですが、別の町で巡礼者が持つヌイグルーミィを見かけた行商人が――――――…………」
アンディさんの話をまとめると、大体こんな感じだ。
ズェーダでぬいぐるみをゲットした巡礼者さんが、道中立ち寄った町で行商人に声をかけられ、交渉の末これを転売。
その行商人が所属する商会にぬいぐるみを持ち帰ったところ、商会長が高額で買取り、付き合いのある貴族にプレゼントしたんだとか。
商会長からぬいぐるみをもらった貴族は、ぬいぐるみを王家の娘――つまりお姫さまに献上したらしく、これがきっかけとなってぬいぐるみの価値がバカみたいに上がりはじめたのだ。
正真正銘のお姫さまが自慢げに抱っこするぬいぐるみを見て、他の貴族のお嬢さま方もぬいぐるみを欲しがりはじめ――
『ねえ、お父さま。アテクシのためにヌイグルーミィを探してきてくださいまし!』
『父上! わたくしもヌイグルーミィを抱きしめたいわっ』
『ねぇ、ダディ。ヌイグルーミィがあればプリンセスとお近づきになれると思いませんこと?』
的な親子の会話があったかは知らないけど、裕福な貴族の皆さま方はいま、娘のためにぬいぐるみを全力で探している真っ最中らしい。
そんでもってぬいぐるみに商機を見いだしたアンディさんは、情報を集めてズェーダに、そしてイザベラさんのもとまでたどり着いたそうだ。
「……というわけでして。是非ともヌイグルーミィを僕にお売りしていただければと思います」
アンディさんはそう言って説明を締めくくる。
「な、なるほど。ぬいぐるみにそんな価値がついてたなんて知りませんでした……」
「そうでしょうとも。富貴な身の方達は見栄っぱりな方が多いですからなぁ。珍しいものがあると飛びつかずにはいられないのですよ。もっとも、真っ先に飛びつくのは我々商人ですがねぇ」
アンディさんはそう言うと、おどけたように肩をすくめて茶目っ気たっぷりに笑う。
営業やってる俺からみても好感の持てる人当たりの良さだ。
「それでいかがでしょうかイザベラさん? 言い値で構いませんからヌイグルーミィを僕に売ってはもらえないでしょうか?」
テーブルに身を乗り出しすアンディさん。
言い値で構わないなんて、破格の条件だ。
なんとしてもぬいぐるみを手に入れたいのだろう。
「そうですねぇ……」
しかし、イザベラさんの反応は芳しくない。
困ったような顔をしているところを見ると、あまり乗り気ではないのかもしれない。
たっぷり悩んだ末、イザベラさんが出した結論は――
「申し訳ありませんが……お断りさせてください」
まさかのごめんなさいだった。
「な、なぜでしょうか? シュタイナー商会の名に懸けて納得のいただける額をお支払いしますよ?」
「わざわざ訪ねてこられたのにすみません。ですが……金額の問題ではないんです。ヌイグルミは――ヌイグルミは、お金を稼ぐために作っているわけではありませんから」
「そんな……」
信じられないとばかりに首を振るアンディさん。
わざわざ他の街からズェーダまでやってきたうえ、これ以上ないってぐらいの好条件を提示したにもかかわらず商談が成立しなかったんだから、そりゃーショックは大きいだろうな。
「せめて……理由をお聞かせ願いますか?」
「…………ええ」
人の好いイザベラさんが断るなんてよっぽどのことだ。
正直、俺もその理由を知りたい。
「わたしがヌイグルミを知ったのは、こちらにいるマサキさんが娘のためにヌイグルミを作ってくれたのがきっかけでした」
「ほお……。マサキさん、貴方もヌイグルーミィをお作りになられるのですか?」
「い、いやっ、おれはぶきっちょなんでヘッタクソなぬいぐるみしか作れないんですよ! イザベラさんが作ったのと比べたらもうっ、なんていうか、つ、月とゴブリンぐらい違います!」
アンディさんが飢えた獣のような鋭い眼差しを向けてきたので、俺は慌てて否定する。
「……ふうむ。それは残念ですなぁ」
「まったくです。俺も自分のぶきっちょさには残念極まりないですよ。そ、それよりもイザベラさんの話を聞きましょう。さあ、イザベラさん! 続きをお願いします!」
「え、ええ……」
俺に促されて、イザベラさんが話を続ける。
「娘はマサキさんが作ってくれたヌイグルミを『ペンちゃん』と名付け、毎晩一緒に寝ています。それはもう、とても幸せそうに」
「ふむふむ。確かにヌイグルーミィは抱き心地が良さそうですからなぁ」
「おじさん、ペンちゃんはね、ふわふわしてて、だっこするととってもとーってもきもちいーんだよ」
アンディさんに向かってリリアちゃんが得意げに言う。
「ふわふわですか?」
「うん! ふわふわなの! ……みたい?」
「おじさんにも見せてくれるのかい?」
「うん、いーよ。いまつれてくるねー」
俺の膝の上からリリアちゃんが飛びおり、自分の部屋に向かって駆けていく。
部屋にいたペンちゃんを抱っこして素早く戻ってきたリリアちゃんは、
「この子がペンちゃんだよ。リリアのたいせつなお友だちなの」
と言って、アンディさんに手渡した。
「ほほう。これがペンちゃんですか。確かにふわふわですなぁ。ふうむ、とても柔らかい…………ところで、これはなんの生き物なのでしょうか?」
アンディさんはペンちゃんを手に取りじっくりと見回したあと、そう遠慮がちに訊いてきた。
ペンギンを見たことがないアンディさんにとって、ペンちゃんは謎の生物にしか見えなかったんだろう。
いつぞやのムロンさんと同じ反応だ。
「その、と、鳥をイメージして作りました」
「鳥? 鳥ですか?……い、いやはや、なんと申しますか……か、可愛らしいですなぁ」
予想だにしなかった回答に、顔を引きつらせながらも褒めるアンディさん。
正にプロだ。
プロの商売人だ。
「でしょっ? リリアね、ペンちゃんのことがだーいすきなの!」
「うん、うん。可愛いお嬢さんにぴったりなヌイグルーミィですなぁ。ささ、お友達をお返ししますよ」
「ん」
ペンちゃんを返してもらったリリアちゃんが、「んしょ」と言って再び俺の膝によじ登ってくる。
それを楽しそうに見守っていたイザベラさんは、リリアちゃんの頭を優しく撫でていた。
「アンディさん、わたしはペンちゃんといつも一緒にいる娘を見て気づいたんです」
「気づき……ですか? いったい何にでしょうか?」
「ヌイグルミは娘の――幼い子供の友だちになってくれる、ということにです」
「友達に……」
「ええ、友だちです。家族と言い換えてもかまいません。わたしはヌイグルミを作ることで、家族をなくしてしまった子供たちの哀しみをすこしでも埋めてあげたいんです」
イザベラさんの言葉に呆然とする俺の服を、リリアちゃんがくいくい引っ張る。
「お兄ちゃん、おかーさんね、リリアたちといっしょにつくったヌイグルミをね、『こじいん』の子どもたちにプレゼントしてるんだよ」
「孤児院に?」
「うん。こじいんの子たちね、おかーさんにヌイグルミもらってうれしそうだったの!」
これは……つまりあれですか?
イザベラさんがヌイグルミを作ってたのは趣味なんかじゃなく、孤児院の子供たちに贈るためだったってことですか?
馴染みの雑貨屋さんにぬいぐるみを譲ってたのは知ってたけど、まさかそんなことまでしてたなんて気づきもしなかった。
イザベラさん、あなたはどんだけ優しいんですか。底抜けですか。
新年になると全国各地に高確率で現れる伊達さんもビックリな優しさじゃないですか。
不覚にも目頭が熱くなる。
「い、イザベラさん……それなら俺にも言ってくださいよ! 俺、いくらでも手伝いますから!」
「うふふ、ありがとうございます、マサキさん。でも、ダメですよ。これ以上マサキさんには甘えられません」
「なに言ってんですかっ。俺の方こそイザベラさんとムロンさんには甘えっぱなしですよ! だから――」
「マサキさん、」
イザベラさんが人差し指を立てて、俺の口にちょこんとあてる。
しーっ、ってことらしい。
「わたしはいまでも十分に甘えさせてもらってます。ですから、マサキさんの気持ちだけ頂いておきますね」
素敵な笑顔でそんなことを言われてしまっては、もうなにも言い返せない。
代わりに言葉を発したのは、アンディさんだった。
「イザベラさん、あなたは孤児院の子供たちのためにヌイグルーミィを作っていたのですね……」
「はい。そしてこれからも子供たちのためにヌイグルミをつくっていくつもりです」
「ふうむ……。ヌイグルーミィが何枚もの金貨にかわるとしてもですか?」
「ええ、おカネは生活できるだけあればいいですから」
ジャイアント・ビーとグリフォンの件で、俺やドーリアン一家の懐事情は潤いに潤いまくっている。
よほどの散財をしない限り生活に困ることはないだろう。
そう、ドーリアン一家は。
「うーむ」
俺は腕を組み思案する。
問題は孤児院の子供たちだ。
ぬいぐるみを持つ子供たちは、金貨をチラつかせられても果たして否と言うことができるだろうか?
仮に子供たちが拒否したとしても、ぬいぐるみの価値に気づいたまわりの大人たちが放っておくとも思えない。
盗難ですめばまだいい方で、暴力による強奪や、最悪イザベラさんの善意につけ込んでぬいぐるみを手に入れようとする輩だって現れるかもしれない。
純真無垢な子供を騙すなんて簡単だろうし、力づくで奪うなんてもっと簡単だ。
価値の高い物を手にすると、その価値に応じてリスクもでてくるもんだからなー。
「うーーーむ」
「お兄ちゃん、なにかんがえてるの?」
目をとじ眉間にしわを寄せて考えこんでいたからか、リリアちゃんが心配して声をかけてきた。
「んー、ちょーっと気になる心配事があってねー」
「しんぱいごと? どんなの?」
「うん、せっかくだから聞いてもらおうかな。あのね――――……」
俺はぬいぐるみの価値が急激にあがったことで起こりうる出来事をみんなに話した。
リリアちゃんがほっぺを膨らませてプリプリ怒れば、イザベラさんは口に手をあてて「まぁ」と驚き、アンディさんは「そのようなことが起きるかもしれませんなぁ」と難しそうな顔をしていた。
「という感じですかねー。ぬいぐるみのせいでかえって子供たちが危険な目に合う可能性もあると思うんですよ」
「マサキさん、なら……わたしはもうヌイグルミを作らないほうがいいのでしょうか?」
「いえ、そんなことはありません。やり方を少し変えるだけでいいんですよ」
「……やり方を?」
俺は大きく頷く。
問題を解決するだけじゃなく、みんなが得するナイスなプランをすでに考えついていたからだ。
「そうです。俺にいっこ考えがあるんですけど、聞いてもらえますかね? アンディさんにもぜひ聞いてもらいたいです」
「僕でよければいくらでも」
「お兄ちゃんリリアも! リリアもきかせて!」
「もちろんだよ」
みんなの視線が集まるのを感じながら、俺はナイスなプランについて語りはじめるのだった。




