第9話 錦糸町のリリア
リリアちゃんの火照った体を冷やすため、扇風機の前に座らせる。
服は洗濯機に放りこんだから、かわりに大きめのTシャツを着せといた。
リリアちゃんにはぶかぶかだったけど、ゴムひもで腰の辺りを軽くしばると、ワンピースに見えなくもない。
俺も部屋着に着替え、キッチンに向かう。
さて、なにを作ろうか?
冷蔵庫を開けてはみたけれど、大したものは入っていない。
「この材料でつくれるのは……アレぐらいしかないか。よし!」
俺は気合を入れると、キャベツとエリンギを取りだした。
キャベツは、一枚一枚はがしてからくるくる巻いてせん切りにする。
エリンギは軽く水洗いしてから、ざく切りに。
次に冷凍庫から明太子チューブとピザ用チーズを取りだして解凍。
解凍を待ちながら切り餅をサイコロ状に切って、ついでに乾燥エビも用意しておく。
そして鍋でつくった出汁を小麦粉と混ぜ合わせて生地をつくり、ソースで味をととのえる。
仕上げとばかりに、大きめのボウルに具材と生地を入れ、箸でかき混ぜて完成。
これで準備はOKだ。
「リリアちゃーん、ご飯にしようか?」
「んー。ごはん?」
ホットプレートを用意する俺に、リリアちゃんがトロンとした目を向けてくる。
どうやら睡魔と闘っている真っ最中らしい。
「そう、ご飯。だから寝ちゃダメだよー」
「ん、わかった。リリア寝ないよ」
そう言う顔は陥落寸前だ。
さっさとつくりはじめちゃおう。
「いまつくるからね」
ホットプレートが十分に温まったのを確認してから、油をひき、まずは具材だけを取りだして炒めはじめる。
「お兄ちゃん、なにつくってるのー?」
リリアちゃんが不思議そうな顔をする。
「ふっふーん」
俺はドヤ顔をしながら、火の通った具材を丸状に土手をつくり、残った生地を土手の中に流し込みながら答えた。
「これはね、『もんじゃ』っていうんだ」
俺がつくっていたのは、下町名物もんじゃ焼き。
生地が煮立ってグツグツしはじめたので、ヘラで具材と一緒に混ぜ合わせる。
お餅とチーズがいい感じにとろけてきた。もう少しで出来上がりそうだな。
美味しそうな匂いが部屋を満たしている。
「もんじゃ……? ふーん……なんか、げぼみたいだね」
ヘラを持つ俺の手が止まる。
――げぼみたいだって?
さすがは純真無垢な子供。
もんじゃ焼きを食べる時の禁句だって、あっさりと破ってくれる。
でもまあ、もんじゃ焼きの見た目って、たしかにちょっとアレだからね。
リリアちゃんがそう思ったのも、仕方がないことだ。
ならここは、実際に食べてもらいますか。
「はい、できたよ」
取り皿にもんじゃを盛りつけ、リリアちゃんの前に置く。
箸は使えないだろうから、かわりにスプーンを用意しておいた。
「で、俺のぶんもっと」
自分の分も盛りつけ、手を合わす。
「いっただっきまーす!」
「……いただき……ます」
久しぶりのもんじゃに興奮気味な俺とは違い、リリアちゃんのテンションは低くかった。
もんじゃの見た目がアレすぎるせいだろう。
なかなかスプーンを握ろうとしない。
「さあリリアちゃん、騙されたと思って一口食べてみなよ」
「う、うん」
恐る恐る、といった感じでリリアちゃんはもんじゃをすくい、口に運ぶ。
その瞬間、
「――ッ!? おいひい!!!」
リリアちゃんの顔に、笑顔が咲いた。
ふっふっふ、どうだ? おそれいったか!
下町育ちの母親に仕込んでもらった、もんじゃ焼きだ。
月島の有名店にだって、負けない自信がある。
「おいしい! お兄ちゃん、コレおいしいよ!」
「でしょー?」
フーフーしながらもんじゃを食べるリリアちゃん。
それを見届けてから、俺ももんじゃを口に運んだ。
明太子のピリ辛と、トロトロになったお餅とチーズが絶妙なハーモニーをつくりあげている。
特製チーズ餅もんじゃは大成功だ。
俺は冷蔵庫からビールを出し、リリアちゃんにはオレンジジュースを渡す。
もんじゃにはビール。子供にはジュースだ。
「これなにー?」
「それはね、オレンジジュースっていって……まあ、飲んでみなよ」
「うん。ごくごくごく……あまーいっ!!!」
リリアちゃんは、あっという間にオレンジジュースを空にしてしまった。
ひょっとしたら甘い飲み物を飲んだのははじめてなのかもしれないな。
「お外はキラキラしてて、ご飯はおいしくて、お水はあまくて……リリアもうここにすみたーい!」
リリアちゃんは、「きゃはは」と笑いながら床を転がりはじめる。
あ、テレビ台に頭ぶつけた。ちょっと痛そうだ。なんか涙目になってるし。
このあと、俺とリリアちゃんはもんじゃをきれいに平らげた。
リリアちゃんの目がしょぼしょぼしてきたので、新しい歯ブラシを空け、歯を磨いてあげる。
まぶたが重そうになったタイミングでベッドに運ぶと、すぐに可愛らしい寝息が聞こえてきた。
ジャイアント・ビーに捕まって、森を走って逃げて、ジャイアント・ビーに囲まれたかと思えばこっちに来ていたんだ。
リリアちゃんにとって、今日は目まぐるしい一日だったに違いない。
「おやすみ、リリアちゃん」
「すー……すー……」
「さて、」
リリアちゃんが起きないよう静かに扉を閉め、俺はパソコンに向かった。
転移魔法で向こうに戻っても、ジャイアント・ビーの巣の目の前だ。
またすぐに囲まれてしまう。
「ジャイアント・ビーめ……いまにみてろよ」
なら、対策を考えなくちゃいけない。
そのためには、蜂の性質をしらなくちゃな。
俺はネットを開き、蜂について検索をかけるのだった。




