99.だからって今すぐとは言えませんが
レイは笑おうとして、笑えない。ひきつった笑みをうかべた。
……こんなにはやく、帰れるってことがわかるなら。
レイのプロポーズを条件付きとはいえ、引き受けるんじゃなかった。
今更だけど、さっきの自分の返事が軽率に思える。
だって、異世界なのだ。
わけもわからず飛ばされて、帰りたいと思っていたけれど、正直、帰れないかもしれないとずっと思っていた。
「それで、その方法とは?」
レイがつとめて冷静に、フィリップ様に尋ねる。
その手は私から離れ、テーブルの上で固く握られている。
レイの手を握り締めて力づけたいという衝動にかられたけれど、私にはそんな権利なんてない。
この人をおいて、元の世界に帰りたいと願う私には。
だから私もぎゅっとテーブルの下で、自分の手を握り締めた。
私たちの期待と不安が入り混じった視線を受けて、フィリップ様はおっとりと首を横にかしげた。
「確か、簡易な魔法陣といくつかの香薬があれば可能だったと思います。術者はわたくしと…、ダイアモンドがいれば可能でしょう。ですが、少々お時間をいただきたいんです」
「時間…ですか?」
「ええ。わたくしとダイアモンドは、ここで少し調べ物があります。最近レイモンド様もお調べの魔獣の件です。こちらは詳しくは申せませんが、『塔』の事案ですので、優先させていただきます」
「それは……、もちろんです」
フィリップ様はおだやかな笑みをうかべたまま、揺らぎない。
その様は、とりつく島なんてなかった。
レイは私を見て申し訳なさそうにしつつも、フィリップ様の言葉にうなずく。
そして、私のほうを向いて、言う。
「美咲。フィー様は、この国で最も権威のある魔導士たちの機関『塔』の一員なんだ。ここで扱われる案件は国政に直結している重大事ばかりだ。特にフィー様が扱われるのは。すまねーけど、お前の件を先にしてくれとはいえない」
「……はい」
本音を言えば、今すぐに帰りたい。
帰らせてって、お願いしたい。
だけど、私だって一応大人だ。
自分のお願い事を通すために、頼る人の仕事に影響させるようなゴリ押しなんてできない。
あちらが私に手を貸してくださるのは、ただの好意なんだから。
ちっぽけな矜持を胸に、私はフィリップ様とレイに笑った。
「こちらこそ、お忙しいところお手をお借りいたしまして、申し訳ございません。ですが、元の世界に戻るためにご助力いただきたいんです。…よろしく、お願いします」
立ち上がって、深々と頭を下げる。
フィリップ様は、ただ静かに私を見ていた。
「ええ。……もちろんですよ」
読んでくださり、ありがとうございます。
ブクマもうれしいです。




