94.お付き合いを始めてみましたが
区切りがいいので、ちょっと短めです。
レイはそっと私を抱き寄せる。
ちょっとだけ緊張しているような不器用な態度に、なんだか安心する。
私もあまえるようにレイの胸に頬を寄せると、レイの鼓動の音が聞こえた。
すごい音がしている。
レイは今日も昨日と同じく、白い詰襟の軍服を着ている。
かなり厚みのあるしっかりした仕立ての服なのに、その厚みを通しても、レイの鼓動の音は鮮やかに私の耳を打つ。
私を抱き寄せいてるレイの心臓は、どくんどくんという大きな音を立てていた。
人間ってこんなに大きな心臓の音がするんだ。
それに。レイは、私を抱きしめただけで、こんなにドキドキするんだ。
どうしよう。
ふたつの驚きで、私の頭はあまく酔ったように、麻痺していく。
あくまでも、私の第一希望は元の世界に戻ること。
だからレイとの関係は、あんまり深くはならないほうがいい。
少なくても、もっとこの世界で元の世界に帰る方法を探して、私の気持ちの整理がつくまでは。
そう理性では思っているのに。
私はレイの背中に手を伸ばし、ぎゅっと抱き付いた。
「……なぁ」
「ん?」
レイは私の髪を撫でながら、すこし低い、かすれた声で言う。
「キスしていい?」
私の頬を指の腹でなぞるようになでながら、レイが耳元で囁く。
速攻かよ。
いま思いを確認しあったところで、即ソレですか。
あー、まー、レイも26歳ですし?
こちとら本日から30歳ですし?
お互いいい大人なんだし、キスくらい簡単にしちゃうよね……って、そんなわけあるか!
そういうのの耐性は、年齢ではなくて、経験値の差で決まると思うんだ。
つまり、私相手にソレは、早すぎなんだよ!
なんかさぁ。やっぱりこの人、手がはやいんじゃないの。
なんでそういうこと、さらっと訊いちゃうかなぁ。
疑惑を抱くのは、私が疑り深いからじゃなく、たぶん経験値の違いだと思うの。
私の常識では、キスはもっとよく知り合ってからです!
だがしかし。
私は返事のかわりに、レイの胸から顔をあげ、レイの目を見上げる。
レイは緊張と期待のこもった眼差しで、私を見つめている。
私を乞うその視線をぞんぶんに味わって、私はそっと目を閉じた。
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