9.運がいいのか悪いのか謎ですが
いちど泣き始めると、なかなか涙は止まらなかった。
私は膝を抱えて、思いっきり泣いてしまう。
「ふっ、うえっ、うううう」
30歳近い女が、木のうろに隠れて泣いているって、それなんてホラー?って感じだけど、観客は誰もいないから許してもらおう。
だって、頭は混乱して、ぐちゃぐちゃだ。
命の危険にさらされていたからいったん棚上げしていた疑問と不安が、一気に胸を駆け巡った。
だって、だってだよ?
私はこのカフェオレを買った時は、まだ空港にいて。
ロンドンでの旅行に胸を弾ませていて。
いろいろな日常の不安はあっても、命の危険を肌で感じることはあまりなかった。
なのに、直後に空港で爆発に巻き込まれ、目を覚ましたら、大きな獣に食べられそうになっていて。
いる場所も、どこかわからない森の中だし、見知った人は誰もいない。
……それに。
棚上げして見ないふりしていた不可解な出来事は、まだある。
さっき男がふるっていた剣は、銀色に発光していた。
そんなの子どものおもちゃ以外、私の常識の中ではありえない。
あんな大きな獣を倒すのに、銃を持ち出さないっていうのも、現代ではありえないと思う。
テレビとかで未開の奥地の猛獣狩りを見ていても、ライフルを持っていたはず。
それにあの男は流暢な日本語を話していた。
それだけなら、彼が日本語が上手なだけかもしれないけど。
さっきは聞き流したけど、「魔獣」って言ってなかったっけ…。
ほんのわずかな時間にありえないほど移動して、その世界はたぶん私の常識ではありえない因果律で形成されている。
その状況が、私の頭はひとつの答えを主張していた。
(ここ、異世界じゃないの……?)
まっとうな大人が考え付く結論じゃないかもしれない。
ここが異世界かもなんて考えるのは、私の海外旅行以外の趣味は少女マンガや小説を読むことだからかも。
最近、異世界トリップや転生モノにはまっていたからなー。
だけど、今の私の頭では、その結論しか思いつかない。
「はー……」
バッグからタオルハンカチを取り出し、顔をふく。
泣くってデトックス効果あるよね。
思いっきり泣いたら、ちょっと落ち着いた。
いつまでも泣いてるわけにもいかないしな。
鏡を見ると、案の定ひどい顔になっていた。
マスカラが流れて、目の周りは真っ黒。
ファンデーションは涙でまだら。
やばいやばいやばい。
こんな顔を人に見られるとか、ありえない。
美形すぎるさっきの男の顔が脳裏にうかんで、私はバッグから化粧ポーチを取り出した。
目の周りのメイクをオフして、コンシーラーやファンデを塗り直し、ついでにマスカラも。
アイシャドーとチーク、リップも塗り直していると、なんとなく気分が浮上する。
「私って、けっこう運がいいよなぁ」
爆発に巻き込まれたり、異世界に飛ばされたかもだったり、獣に襲われたりしたのは、運が悪いことだと思う。
でも助けてもらったし、今も無事だし。
それに助けてくれた人が美形でチートで優しいとか、それどこのヒロイン?って感じだよねー。
いや本気で調子に乗ってるわけじゃないけどさ。
でもこの状況で、頼れる人がいるって、ほんとうに運がいいと思うんだ。
はやく、帰ってきてほしいな。
不思議なことに私は、彼が獣にやられたり、ましてや自分を見捨てていくなんてことは考えなかった。
信じろと私に言った彼の言葉は、私の心にしっかりと根付いていた。
読んでくださり、ありがとうございます。
ブクマとか、小躍りしています。