88.立場の弱さを思い出しましたが
私のため息に、レイの緊張が増すのを感じる。
「昨日、ずっと考えていたんだ。本当にお前を元の世界に帰していいのかって」
おいおい。
いいも何も、帰りたいんですけど?
「……もう、協力はしてくれないってこと?」
声が、震える。
誰の許可もいらない。
私が帰りたいんだから、帰るんだ!って言いたい。
だけど帰れるあてなんかなく、ここでの生活もままならない。
私は、彼に逆らえない。
今更ながらに、自分の立場の弱さを思い知る。
レイは目を閉じて、私から視線をそらせる。
今までずっと私に誠実でいてくれた人の逃げるような態度のせいで、不安はますます現実味を帯びる。
張りつめた沈黙の後、レイは「いや」と首を振った。
「できることなら、帰ってほしくない。だけど、美咲を帰すための努力は全力でする。……今は、まだ、そのつもりだ」
「今は、まだって……」
「悪いんだけどよー、先のことは約束できねぇよ。今だって、昨日は帰すつもりだったのに、もう前言撤回だぜ?……一応よぉ、今は美咲に、元の世界に戻る手段を用意してやりたいって思ってるんだよ。で、そのうえで、俺と一緒にいる未来を選んでほしいって思ってる」
「なにそれ。私の今までのすべてより、レイを選べってこと?」
「勝手だよな。けど、……そう思ってくれてもかまわねーよ」
「じゃぁレイのすべては私のものってこと?」
私は、涙のこみあげてくる目で、レイを睨んだ。
レイは唇をかんで、「すまない」と目を伏せる。
「それはできねーよ」
「だよね!レイには家族も、しなくちゃいけないこともあるもんね!ここの世界の人間なんだから。なのに私には、自分の居場所を捨てろって言うの!?」
「ここに!新しい居場所を得てくれねーかって言ってるんだよ…!」
こんなの八つ当たりだ。
レイが私を元の世界に帰すつもりがあろうがなかろうが、私が元の世界に帰れる保証なんてない。
そもそもレイには、私を元の世界に帰す義務なんてないんだ。
あるのは、ただ彼の善意だけ。
なのに、わかっていても、私は泣きながら叫んでしまう。
レイはそんな私のセリフを遮るように、苦痛に満ちた声で叫んだ。
「くそっ……」
レイは吐き捨てるように言うと、私をぎゅっと抱きしめた。
このまま流されて誤魔化されるなんて嫌だ。
私はレイの胸をバンバンこぶしで叩いて、その腕の中から逃れようとした。
けれど日々鍛えている騎士と、ひきこもり気味の女では、力の差は歴然としている。
逃げるなんて、できなかった。
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