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86.好きだけじゃ生きてはいけませんが

「違わねーだろ?」


レイは私の手を握りながら、言う。

その素っ気ないほど飾り気のない言葉に、胸が震えた。


「違うにきまっているじゃない」


レイが治めていたというこの土地や、このお屋敷の雰囲気を見れば、レイが頭のいい人だというのはわかる。

この土地に住む人々の生活をよりよくするために案を巡らせていた彼は、きっと私なんかよりずっと頭が回る。

気づいていないはずないんだ。


「私はここの世界の人間じゃないから」


「うん」


「ここにあるのは、私の身一つと心だけ。私のことを知る人はこの世界には誰もいないから、過去も私の記憶にしかない。いつ元の世界に戻るかわからないから、未来のことを考える必要もない。だから、いまの私の気持ちを口にしても、それはただそれだけの意味しかないんだよ」


「そうか?」


「そうだよ!だけどレイは、この世界の人じゃん。ダイアモンド様や弟さん、このお屋敷の人や、街の人。友達とか仕事仲間とかだっているでしょ!?」


「まぁなー」


「これから先、結婚とかもするでしょ?」


「ああ。そのつもりだぜ?」


頭の中がぐちゃぐちゃになりながら、レイに現況の確認をするように言う。

だけど勢いで吐いた「結婚」という言葉に、レイがあっさり同意したことが苦しい。


嫌だ。レイが他の人と結婚するなんて、そんなの考えたくない。

資格なんてなくても、心は素直だ。


だけどそんな自分の気持ちをあらわにするわけにはいかない。

私はすぐにこの世界からいなくなるんだから。

私はちょっと唇をかんで、泣きたい気分をごまかし、


「そしたらさ、その人だって嫌な気持ちがすると思うんだよ。レイが私と付き合ってたなんて…」


「は?」


胸の痛みをこらえていったのに、レイは首をかしげる。


「あ、ごめん。レイは好きだって言ってくれたけど、付き合おうとかは言ってないよね」


「いやいや、そうじゃなくてよー」


「私はただ、レイが異世界の人間と親しくしていたら、周りから奇異な目で見られないかなって思っただけで」


なんだよ。

好きって言ったくせに、付き合う前提で話しただけでそんなに怪訝な顔しなくてもいいじゃない。

じわりと涙が滲みそうになって、慌てる。

だけど私の涙に、私以上にレイが慌てて、焦ったように言う。


「いや、だからさ。結婚って、俺は美咲とっていうつもりだったんだけどよー」


「はい?」


「だからよー。……ああ、くそっ」


レイは頭をがりがりかくと、覚悟を決めたかのように片膝をついて私の目の前に座る。

そして私の手をとると、


「だからよー、美咲。俺と結婚してくれねーか?ってことなんだけどよ」


「はいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい?」


読んでくださり、ありがとうございます。


サブタイトルがネタバレになるので、

いちばん適したのがつけられない回再びです。

ほんとなら「プロポーズされましたが」にしたかったなー

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