8.勘違いしちゃいそうですが
「すぐ片付けてくる。しばらくここで待ってろ」
森の奥深くにいると思っていたのに、男が言っていた通り、案外森の出口は近かった。
あれだけタイムロスしたのに、私たちは獣に追いつかれることなく、森を出られた。
男は森のはずれの大木のうろに私を隠し、自分はすぐにもと来た道へ戻ろうとする。
「気をつけて、いってらっしゃいませ」
木のうろの中に隠れて座ったまま、私はそう言って、頭を下げた。
必死で走ったせいで、喉が痛く、声はかすれていた。
男は私の顔をじっと見つめ、そして一瞬、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。
「だいじょうぶだからな」
私が座っているから、男は上から覆いかぶさるように、私の頭を抱きしめるような姿勢だった。
私よりずっと背の高い彼の顔がすぐ隣にあり、耳に息がかかる。
かっと顔が熱くなった。
「はい。信じてます」
頼りないところばかり見せているせいだろう、繊細な少女に対するように、男の声音は優しい。
私は勘違いしないよう自分に言い聞かせながら、気丈を装って応えた。
男は「ああ」とうなずくと、うっすらと笑う。
目と目があう。
その優しげな視線に気恥ずかしくなり、ぎこちない笑みをうかべると、男は私の頬を指でそっと触れた。
びくりと体が震える。
男はすぐに手を離し、うろの前から姿を消した。
しばらく木のうろから顔をだし、じっと男の歩いて行ったほうを見ていた。
彼の姿が見えなくなったところで、私はすっぽりとうろの中へと戻った。
大木のうろの中は、ひんやりとして暗かった。
だけどさっきからの刺激の強い出来事につかれていた私には、心地よい空間に思えた。
「のど、乾いたな」
なんとなく声にだして言いながら、私は肩から斜めにかけていたショルダーバッグを探る。
空港に行くまでの電車の中で飲んでいたミネラルウォーターを取り出し、ごくごくと喉を潤した。
人心地ついたところで、バッグの中をもっと探る。
機内持ち込み用にまとめたバッグの中は、厳選された必要なものがぎっちりと詰められていた。
いちばん上に無造作に入っていたのは、飛行機のチェックインとかの手続きを待つ時に飲もうと、空港についた時に買ったペットボトル入りのカフェオレだった。
「まだあったかい……?」
指先にふれるペットボトルは、まだほんのりと暖かかった。
外で獣と戦っているだろう男に申し訳なく思いながら、私はペットボトルのキャップを開ける。
そしてカフェオレに口をつけると、だいぶぬるくなっているものの、まだ温かさの残ったあまいカフェオレが喉を下っていった。
その瞬間。
糸が切れたように、私の目から涙が零れ落ちた。
読んでくださり、ありがとうございます。
毎回書いていると定型文っぽいですが、いつもほんとに嬉しいです。
ブクマもありがとうございます。