68.ありがとうでは足りませんが
ハキさんが口にしたのは、さっきまで俎上にあがらなかった部屋の名前だった。
そういやさっき、どこの部屋を利用するかでもめていたんだよなぁ。
またもめたら、まだ休めないってことで。
あー、もう。どうでもいいからベッドで横になりたいよぅ。
他人の家にお世話になるんだから、不満そうな顔なんてできない。
だけど体も精神的にもくったくたで、私はレイがそのラナンキュラスの間で了承してくれるよう祈る。
ダイアモンド様は、ハキさんの提案に満足そうにうなずくと、
「いいね。レイもそれでいいでしょ?」
「ああ。ラナキュラスの間なら、俺の部屋からも近いしな」
レイは大きくうなずき、バドーさんを見た。
バドーさんはいつの間にかソファから立ち、壁際に控えていた。
バドーさんはハキさんにしたのと同じように、レイにも小さくうなずいた。
レイは嬉しそうにダイアモンド様と目を見交わす。
「よし。じゃぁ決まり。美咲さん。私のお隣の部屋だから、なにかあったら遠慮なく声をかけてね」
どうやら、皆さんの意見がまとまったようだ。
ダイアモンド様は私に手を差し伸べてくださったので、その手をとって、ソファから立ち上がる。
うー。いったん休憩したせいか、ますます体が重く感じる。
ほんともう、限界が近いかも。
このまま寝てしまいたい。
「俺の部屋は、ダイアモンドが使っている部屋の隣だから、美咲の部屋の隣の隣だぜー。……案内するから、一緒に行こう。ハキさん、すぐに部屋に行ってもかまわないか?」
ふらりとよろけた私の肩を支えながら、レイが尋ねる。
ハキさんは頼もしくうなずいてくれた。
「お部屋は、もうご用意できています。私はなにか暖かい飲み物をご用意いたしましょう」
「ありがとう。美咲。行こうか」
レイはそういうと、ゆっくりと誘導するように私の肩を押す。
ふらふらと着いていきそうになり、私はあわててその場に踏みとどまった。
「待って、レイ」
レイが立ち止まり、私のほうへ体を向ける。
私は一歩退いて、四人それぞれと視線をあわせ、深々と頭を下げた。
「レイ。ダイアモンド様。バドーさん。ハキさん。ありがとうございます。お世話になります」
顔をあげると、バドーさんとハキさんは困惑を職業的無表情で押し隠している。
レイは私を暖かい目で見守ってくれていて、ダイアモンド様も楽しそうに微笑んでいる。
こちらの世界では頭を下げるのには、大きな意味を持つってわかっていて、また頭を下げちゃった。
さっき門兵さんたちを困惑させたことを思うと、自己満足かもしれない。
だけど感謝の気持ちを表すのに、これ以上の表現が思い当らなかった。
読んでくださり、ありがとうございます。
ブクマも嬉しいです。




