44.煩悩にまみれていますが
「じゃぁ、おうちにすんでいらっしゃるのは、お姉さまと弟さんなんですね?」
3人家族かぁ。
この広大なお邸に3人で住んでるって、怖くないのかな。
いま歩いている前庭だって、私ひとりだったら家まで歩いていくのいやなんだけど…。
人気のない場所って、なんとなく恐いよね。
「いや、ここに住んでいるのは、いまは俺だけだな」
「え」
「あの2人は、王都の邸にいるから」
「……ああ、そうですか」
王都にもお邸があるのか。
そりゃ、あるよね。
貴族なら、王都にもお邸があるのは想定の範囲内です。
国のお仕事とか社交とかは、王様のお城を中心に行われるから、貴族なら王都にもお邸があるのは当たり前だよね。
ここは、ブロッケンシュタイン家の領内のカントリーハウスってことか。
この広大さは、地方都市だからこそなのかもしれない。
……って、ここ、レイの一人暮らしってこと!?
「レイは、ここで一人で暮らしているんですか?」
ちょっと待ってよ、おい。
いくら広いお邸とはいえ、一人暮らしの男の家に泊めてもらうのは、どうなのよ。
一瞬、レイとならラッキーじゃない?
なんて考えてしまった自分がいやだ。
そりゃ、レイは、顔がよくて性格がよくて頼りがいのある男で、こっちにもちょっと好意がありそうで。
がっつり肉食な真似をして、捕まえられるっていうなら捕まえたいかもしれない。
もう一度あの腕に抱きしめられたい…なんて乙女な欲望も、一瞬、一瞬だけね、頭をよぎってしまった。
だけどそんなの頭で考えているからこその暴走だ。
現実に自分と照らし合わせてみれば、男の人とそんなことしたことない経験値が、私の心をすくませる。
だいたい出会ったばかりの、しかも異世界の男なんかと初体験とか、ありえないでしょ。
馬鹿な妄想をして赤くなってしまった頬を、こっそり手で押さえる。
ここが暗くてよかった。
こんな妄想、レイにバレたら爆死する。
「えっと、でも、レイはここにはたくさんの方が住んでいるんですよね……?」
まさかそれは私を連れ込むための嘘とかじゃないよね?
短い付き合いだけど、レイはそんな人じゃないって思うけど、問いかける声はちょっと不安が混じってしまった。
「ああ。さっきの門兵たちとかな。他にも大勢の人間が住んでるぜ?」
「あ、あ……。そういうことですか」
人が多いって、住み込みの使用人さんたちか!
なるほど、このお屋敷だもんね。
住み込みの使用人さんたちがいないほうが不思議だったわ。
「あ、もちろん女もいるぜ?」
「そうなんですか?」
「家政婦のハキさんとか、メイドたちとかなー。後で、おいおい紹介するな」
「はい」
人がいっぱい暮らしていると聞いて、安心したような、残念なような……。
いやいや、煩悩にまみれている場合じゃないよね。
私は、できるだけ早々に元の世界に戻るんだし!
それにしても、人が多いとひとつ不安なことが。
私、人の名前とか覚えるの、ほんと苦手なんだよね。
うまく順応できるかしら。うぅ。
読んでくださり、ありがとうございます。
ブクマも評価もうれしいです。




