2. 見知らぬ場所にいるのですが
「叫ぶな!奴らにきづかれただろうがっ」
目を開けると、真っ先に目に入ってきたのは、精悍な顔の美青年だった。
銀髪に淡い紫の目、真っ白な肌。
繊細なお人形のような美青年は、けれどその目に宿る強い光が、たおやかな印象を払拭している。
この目は、荒事に慣れた人間の目だ。
その彼が、焦ったように、私の口を手で押さえ、警戒するように前方を見ている。
一瞬で、ぼんやりとしていた頭が覚醒する。
さほど危険な地域には行かないとはいえ、何度も海外に旅行していれば、日本で平和に暮らしている時には出会わないような危険な出来事に出会うこともある。
何度かそんな目に会ううち、荒事になれた人間の雰囲気を見分けられるようになっていた。
目の前の男は、犯罪を職業にしている人間によくある崩れたような雰囲気はない。
警戒するようにあたりを探り、気配に耳をすませる表情は、ストイックな感じすらする。
とはいえ、彼が悪者でないという保証はない。
裏社会に生きる人間だって、上のほうの人間は、崩れた雰囲気なんてないものだってよく言うし。
ただ、今この場では、彼に従わなくてはならない、と本能が訴える。
それにしても、わけがわからない。
男に指示されるまま、声をこらし、気配をころし、身をひそめながら、周囲を観察する。
さっきまで、私がいたのは海にほど近い空港だった。
何度も利用しているのだ、立地だってちゃんと覚えている。
あの空港の周囲にあるのは、海、住宅、アウトレットモールやホテルだったはず。
日本を出るために飛行機が飛び立つ時目に入る、海の青と銀色にそびえたつビルの景色は、私のお気に入りだった。
なのに今、私の目の前に広がる光景は、どう見ても深い森の中だった。
高く生い茂った木々が太陽の光を遮り、あたりは薄暗い。
私の体が横たわっているのは、空港の冷たい床ではなく、落葉で湿った土の上だった。
それだけでもパニックになりそうだっていうのに、私の視線は、男のいう「食われる」の元凶をとらえてしまう。
こちらに目を向け、今にも飛びかかりそうに体をしならせる白い大きな犬……、というか狼?
163cmの私と同じくらいの大きさのその獣は、動物園で無気力に檻の中で寝そべっていた狼とはまったく違う、獰猛な視線をこちらに向けていた。
あ、死ぬわこれ。
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