127.この世界に来たことに意味なんてないかもしれませんが
もっといっぱいいろんなことを学んでおけばよかったと痛切に思う。
いろんな本を読んだけれど、少女小説がメインの私の知識は、偏っている上に曖昧だ。
自分の知識に自信がなくて目が泳ぎそうになる。
そんな私をレイは期待いっぱいに見つめ、
「俺のとこでも、もっと教育を推進してーんだよ。さすがにお前の世界みたいに、平民全員に歴史だの外国語だのまで教えるのは無理だろうけどよ。領民全員が文字が読めて書けて、簡単な計算くらいはできるようにしてーんだよな」
「読み書き算数、ですね。私の世界でも昔はその辺りが教育のメインだったみたいですよ」
江戸時代の寺子屋教育って、読み書き算盤だったよね?
江戸の町は当時としては世界的にも大都市だったから特殊事例かもしれないけど、民間教育メインで識字率80%近かったような…。
うろ覚えの知識をせっせと引き出しから引っ張り出して考えていると、
「マジで?やっぱりそこからだよなー」
レイはますます目を輝かせ、くしゃりと笑う。
うっ。その飾りっ気のない笑顔が眩しいです。
思わず見とれてしまうと、レイは私の視線に気づいて顔を赤らめた。
「悪い、興奮しちまってよー。…以前から、領民全員が文字を読めるようになればっていうのは考えていたんだよ。けどよー、そんなのはあり得ないって自分で思ってしまってたんだよな」
レイは気まり悪げに言う。
私には、文字は読めて当たり前のものだ。
もちろん子どもの頃はひらがなやカタカナだって覚えるのに努力したし、漢字なんかはいまだに手書きだと思い出せなくて困ることもしばしばだ。
計算だって、九九さえ怪しくて、七の段はたまに考え込んでしまう。
だけど読み書き計算は、私にとってできて当たり前のことだ。
もちろん知識としては、地球にだって識字レベルの教育さえおぼつかない国や地域があるってことはわかっている。
だけどそういった国は私には身近ではなく、知識としてわかっていても肌で感じたことがあるわけじゃない。
だから領民全員が文字を読めるようになれればいいというレイの夢は、ごくささやかなことに感じる。
「それくらい」簡単にできるだろうって、感じてしまう。
けれどレイにはそれはあり得ないような「夢」なのか。
「私、頑張ります」
私はレイの手をとり、毅然と言う。
「頑張って、いろんなことを思い出して、レイに伝えます。だから、やりましょう。いつかきっと。領民全員が文字を読めるように」
見つけた。
ここで、私ができること。
この世界に来た意味を自分で決められるのなら、私はここに来たのは好きな人の夢のお手伝いをするために来たのだと言いたい。
「きっと、レイならできます」
レイに向けた言葉は、自分でもわからない確信がまじっていた。
読んでくださり、ありがとうございます。




