120.馬鹿な男なんてキライですが
レイの馬鹿。
朝食に行く前なんて、ほんの数刻前のことだ。
なのにもう、いろんなことが激変している。
昨日からそんなことばっかりで、私の頭も心もおいつけない。
ここでレイに好きだっていわれて、結婚の話をして、抱きしめられて、キスをかわしたのが嘘みたいだ。
あの時は元の世界に戻れないかもっていう不安でいっぱいだったのに、レイとのことで幸せもいっぱいだった。
今は、その逆だ。
元の世界に戻れるかもっていう可能性はかなり強くなって嬉しいはずなのに、レイのせいで次々涙がこみあげてくる。
嘘つき。
だいじょうぶだって聞かれたのが嬉しかったって言ったくせに。
人に心配されることなんてないから、私が伸ばした手が嬉しいって言ったくせに。
そういうところも好きだって、言ってくれたのに…。
そりゃ魔獣に襲われるなんて単純なケースと、権力争いみたいな権謀術数な事案とはぜんぜん違うかもしれないよ。
だけどあんなに迷惑そうに、私の気持ちをはねつけなくたっていいじゃない!
心配なんて、相手のためにするものじゃない、自分の心が勝手に動いてしまうものだ。
だからレイは私の気持ちを受け取る義務なんてないし、私の心配を受け入れてくれないからって、私がレイを怒るのも筋違いだ。
だけど、この悔しくて悲しい気持ちをどうすればいいのかわからないよ。
レイの、傍にいたい。
元の世界に戻る私にはどうしようもないのに、その願いが静かに私の胸で主張する。
どうしようもないのに。
なんで、私はこんなところに来ちゃったんだろう。
爆発に巻き込まれて、気が付いたらここにいた。
異世界トリップなんて二次元では慣れっこだったから、目の前の現実に対応するのにいっぱいいっぱいで深く考えもしなかった。
異世界トリップにはふたつの型があると思う。
ひとつは、何かの指名を帯びて、異世界に召喚される人。勇者とか、巫女とか、そういう特別な人だ。
もうひとつは、たまたま何の理由もなく別の世界に飛ばされちゃった人。事故みたいなものかな。
で、私は考える間でもなく、後者だ。
元のスペックは平凡だし、こっちに来てからも魔王を倒してほしいとか世界を救ってほしいとか、なにも言われていないもんね。
事故みたいなもの。
そんなもののせいで、こんな苦しい気持ちにさせられるなんて。
「やってらんねーよ」
口汚い言葉をわざと口にだして、涙をふく。
あ、ていうかまだ顔も塗ってなかったんじゃん。
ノーメイクで、あのキラキラ集団の中にいたのか、私。
忘れていたとはいえ、勇者だな。
顔を洗って、超特急でメイクする。
メアリーがお茶を持って帰ってきたのは、その直後だった。
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